06 希望ある未来へ
「お疲れ様、休憩入って。遥斗君も柚希も」
「うっす」
「はーい」
この日は中学生の学童支援をするボランティア。
無償で勉強を教えていた。
いざ子供に教えるとなると難しいものだ。
それでも先輩方々の指導もあり、少しずつだが馴れてきている。
教師になろうとか、子供に携わる仕事に就きたいとか、そんな目標は二人にはまだない。
今は色々なことを学んで試してみることが重要だった。
「人に教えるって結構難しいね」
「こっちが分かってても、相手が分かってくれないとな。どう説明していいかっていうのが特になぁ」
自分が丁寧に説明してるつもりでいても、相手がどう思ってるのか、どう感じてるのか、判断するのは難しい。
遥斗は人付き合いにも通じる所がある気がしていた。
これも一つの発見だ。
やらなければ分からなかったこと。
毎日が勉強だと思っていた。
ボランティアという自分の時間を割いてまですること。
いざやってみると大変な所がある。
先輩に誘われたという柚希にはとりあえずの理由はあった。
何となくと聞いてはいたが、遥斗には他にも何か目的があって入ったのではないだろうか、柚希はそんな疑問を抱いていた。
「鳴海君は何となくでこのサークルに入ったんだよね。ホントにそれだけの理由だったの?」
遥斗は目に見えて顔を歪めた。
実は触れて欲しくない部分でもあった。
花音の進学の目的でもあった福祉関係の仕事。
遠からず、ボランティアには通じるものがあるような気がしていた。
それがどういうものなのか単純に知ってみたかった。
遥斗の本当の理由はそんな所だ。
遥斗の決断にはまた花音が関わっていた。
自分で決めた訳ではない。
この前柚希には調子のいいアドバイスをしておきながら自分はこの有り様。
それを柚希には言い難い気がしたのが顔を歪めた原因だった。
話さない遥斗を柚希は追求することはなかった。
誰しも言いたくないことがあるだろう。
柚希にもあったように……。
「子供達、みんな喜んでたね。何か嬉しかったなー」
「確かにそうだな」
「この間のおじいちゃんやおばあちゃん達も笑ってくれてたし。このサークル入って良かったって思うよ」
柚希の話すことに遥斗も頷けた。
誰かの為になること。
それはとても充実感のあることだった。
何の目的もなく生きてたと思ってた。
その自分が今は人の役に立てることをしている。
花音に出会わなければ、きっとこんな考えを持たなかったかもしれない。
上辺だけの付き合いを好んでた過去。
今では馬鹿らしいとさえ思える。
だが、過去は変えられなくても未来は変えられるんだ。
そして、この頃遥斗にはふと思うことがある。
自分はいつまで花音のことを考えてるのだろう、ということだ。
確かに自分を変えてくれた。
それに依存するように花音にすがってる気がしてならない。
だから思う。
もしかしたら自分はまだ花音が好きなのだろうか、と。
「俺さ、ずっと好きな人を引きづってる気がするんだよね」
不意に口に出してしまった。
「え? 何? どうしたの、急に?」
「あ、いや、何となく誰かに聞いて欲しくなっちゃって。聞いてくれる?」
「何も言えないかもしれないけど、私で良ければ……」
遥斗の突然の話に柚希は驚いた。
だが、それは柚希も分からなくはなかった。
柚希も和弥のことを簡単に吹っ切ることが出来なかったから。
遥斗は自分がずっと心に秘めてたことを、花音との関係を知らない柚希がどう感じるか聞いてみたくなった。
「俺って、今は少しはマシになったけど、人付き合いがあんまり好きじゃなくてさ」
まだ短い時間だが、柚希は自分が接してきた遥斗のイメージとは違う気がした。
謙遜とは違うが、遥斗自身がそう感じてるだけで実際はそうではない。
自分が思う自分と、他人から見える自分に大きな差異があるものだ。
「私はすっごい人見知りだから人のこと言えないけど、鳴海君はそんな風には見えなかったよ」
「でも、そうだったんだよなー」
遠慮もなく自分の思うことを話してくれた柚希に遥斗は感謝していた。
遥斗もまだ浅い付き合いだが、柚希の人見知りな所を知ってる。
人との付き合いが苦手な所は自分と似ている部分がある。
だからこそ柚希に話していたのかもしれない。
「いつも上辺だけのって言うのかな? そんな付き合いだけしてて。それが間違ってるって教えてくれたのが、この前の手紙の友達なんだ」
「そうなんだ。その人のことが好き……なの?」
「自分でも気づかない内に好きんなっててさ。でも、そいつには彼氏がいて……。結局、告白どころか何も言えないまま卒業になっちゃったんだ」
柚希は話を聞いた瞬間、遥斗の境遇を自分と重ねた。
「……分かる。分かるよ!」
「え? な、何が? 突然どうした?」
柚希自身も気持ちを伝えられないまま別れた和弥の存在がある。
だから、遥斗の気持ちは全く分からないことでもない。
だが、今も引きづってるという遥斗とは少し違った感覚を持っていた。
「私もね、告白出来なかった相手がいたの」
「そっか。どんな相手だったの?」
「幼なじみっていうか、腐れ縁っていうか、ずっと一緒にいた奴なんだけどね。でも、全然好きだって思ったこともなかったの」
「それがどうして?」
「そいつに彼女が出来た時、ようやく気づいたの。あー、私って好きだったんだーって」
「そっか。今はどうなの?」
「今? どうかな? 好きだったけど――」
柚希が話の途中で突然止まった。
遥斗は何が起こったのか分からなかった。
――好きだった?
柚希の中で過去になっていた。
時折、思い出すようなことはあっても、もう胸がチクチクする痛みはなくなっていたことに今更気づく。
「どうした? 急に?」
「……ううん。何でもない」
「?」
「でね、卒業式の後、フラれてもいいから告白だけしよう、とか思ってたんだ」
「したの?」
「ううん。出来なかった。でも、今はしなくて良かったって思ってる。格好悪いじゃない」
途中、何故止まったのだろう。
遥斗の疑問は残るが、似たような経験が二人の気持ちを分かり合えさせてくれた。
誰でも苦い恋愛は得てしてあるものだ。
そもそも柚希にとっては思い出したくない記憶だったはずだ。
だが、他人に、しかも笑いながら話せるようになっていたことに柚希自身が驚いていた。
いつの間にか立ち直ってる自分に……。
「時間が掛かったけど、私は吹っ切れたのかもしれない。鳴海君はまだ好きなんだよね? 手紙の人のことが?」
「好き? よく分かんないんだよなー。でも、まだ好き……なのかな。もうどうしようもないんだけど」
「きっと好きなんだよ」
「そうか?」
「話聞いたらね、そんな気がする。でもさ、好きだけど向こうには相手がいて、だからって明日から違う! なんて急に切り替えられないもんね」
それは柚希の何気ない一言だった。
「……」
きっと人の頭の中は、それ程きっちり仕切られてない。
曖昧で複雑な感情が絡む。
好きな人に相手がいたからといって、すぐに割り切れるものではないんだ。
「……そっか」
結局、遥斗は自分自身のことなのに分かってない理由はそういうことだ。
自分の気持ちを隠して自分を嘘で納得させていた。
本当は誰かに肯定して欲しかったのかもしれない。
まだ花音への想いが残ってる自分を……。
「私はちょっとずつだけど、忘れられた気がするよ。時間が解決してくれる、っていうのかな?」
過去の自分を振り返るのが怖い時もあった。
気がつけば愛想笑いで逃げ、これは仕方のないことだと諦めていた過去。
いつも自己嫌悪に陥り、間違いだと気づいても後悔するだけだった。
それを思うと今の自分は前に進めてる。
人に委ねず、自分で決めることの大切さを柚希は知ったから。
「じゃあ、俺もその内忘れられるかもな」
「うん、そうだよ。鳴海君なら大丈夫!」
確かに人見知りだが、誰にでも裏表なく接する柚希を遥斗は自分にないものを持ってる人だと思えた。
きっと一人で考えていたら辿りつけなかった答えだった。
遥斗は柚希に話して良かったと思えていた。
遥斗が秘めていたのはきっと思い出だ。
重ねた時間の分だけ思い出は増えていくものだ。
遥斗の思い出の記憶は、これからも積み重なり、そして書き換えられてく。
その時、いつか花音とのことも良い思い出だった、そう思える日が訪れるだろう。
「そういえばさ、前から思ってたんだけど、タメなんだから苗字じゃなくて良くない? みんなにも名前で呼ばれてるし」
「それ言ったら私もなんだけど」
「おーい、お二人さん。そろそろ始まるよー」
「あ、はーい。今行きます」
「あれれ? 何々? あんた達って、いつの間に……」
「違います! 変なこと言わないで下さいよ、先輩」
「そうっすよ。全然そういうんじゃないっすから」
人生とは思い通りにいかないことの方が多い。
それでも日常はやって来る。
明日のことですら何が起こるか分からない。
考えれば苦しくなり嫌になる日もあるだろう。
大事なのは自分がどうしたいかという気持ち。
そして、それから逃げないことだ。
「じゃあ、行こうよ、鳴――」
柚希は言いかけた言葉を止めた。
遥斗も気づいた。
恥ずかしそうに照れてる柚希がもう一度自分を呼ぶのを知ってて待ってる。
意地悪そうに笑ってる遥斗に柚希は少し顔を顰める。
分かってて、遥斗がそういう態度を取っていると気づいてるからだ。
本音で言い合える仲になった二人。
言葉を交わさなくても通じ合えるのが、その証拠だ。
「行こうよ。は、遥斗君」
「……行きますか。柚希さん」
きっと二人はこれから前を向いて歩いて行けるだろう。
将来には、まだまだ希望に満ち溢れた未来が待ってるのだから。
最後まで読んでいただきありがとうございました!