05 手紙
放課後、キャンパス内のベンチに一人で腰掛ける遥斗の姿を柚希は見かけた。
少しは前向きに考えられるようになれた。
だが、簡単に自分に根付いた人見知りの性格は変えることは出来ない。
今はまだ少しずつ、といった所だ。
そんな知り合いの少ない柚希にとって遥斗はまだ話せる方の相手だった。
何をしているのか興味を持った柚希は静かに遥斗の方へ近づく。
足を組み、膝の上に乗せたノートとにらめっこ。
時折、天を仰ぎ困ったように顔を歪める。
持ったペンは手持ち無沙汰なのかクルクル回していた。
「何してるの?」
「わっ! びっくりさせないでよ」
「ごめん。……便箋? 今時、手紙なんて珍しいね」
遥斗が持っていたノートに見えたのは便箋だった。
覗き込むとすぐに隠したがまだ白紙。
遠くから見えた姿を考えれば、何を書くのか悩んでいたのが分かる。
遥斗の元へ花音から手紙が届いた。
本当に来るとは思っていなかった反面、花音が書くと言ったのなら、いつか届くだろうとも心の中で思っていた。
嬉しいことに間違いないが、困ってるのも事実だ。
「誰? 友達……な訳ないか。友達だったら普通スマホだもんね。親御さんとか?」
「……」
「?」
何かを話そうと開いた遥斗の口が何もしゃべることなく閉じた。
柚希は不自然な仕草に見えた。
相手が誰かを答えるのに、ほんの一瞬だけ間があったんだ。
「……友達だよ。まだスマホどころか携帯も持ってないんだ」
「えー、ホント? 珍しいね」
「だよね」
確かに花音は友達に間違いないだろう。
だが、遥斗は小さな嘘をついたような気になっていた。
「ラインか、せめてメールなら面倒臭くないけど、手紙ってなると返事って困るよなー」
「あー、なるほど。確かにそうかもね」
花音からの手紙は然もない内容だった。
元気にしてますか?
変わりないですか?
後は、自分の生活環境の変化の報告。
それでもがんばってる、そんな様子が記されていた。
返事に困るのも仕方ない。
それを読んで何と答えていいのか、遥斗には分からなかった。
それこそラインでもあればスタンプ一つで誤魔化せる。
手紙で返事をするというのは実に厄介なことだった。
そして、手紙には書いてなかったが、きっと離れ離れだった彼氏とも楽しく過ごしていることだろう。
◇ ◇ ◇
――高校三年生の文化祭の日。
花音が彼氏を迎えに行った後、遥斗の元へ二人はやって来た。
「あの、何かすいません。本当は花音も受付係だったみたいなのに一人でやらせちゃってるみたいで……」
「いや、全然。大丈夫っすよ。だから二人で楽しんで来て下さいよ」
「ありがとうございます」
真面目そうな、というより真面目な好青年だった。
二人は阿吽の呼吸で会話を交わし笑顔が絶えない。
初めてだというのに、途中遥斗にも気さくに話を振ってくる。
文化祭とはいえ、在学生以外が居れば目立つ状況だった。
現に行き交う人が物珍しそうに視線を送っている。
にも関わらず、二人は周りの目を一切気にする素振りがない。
人の目を気にしがちな遥斗とって、堂々とした態度に映っていた。
「じゃあ、遥斗君。またあとでね」
「あいよ」
遥斗は二人が見えなくなるまで、その姿を見つめていた。
不思議な空間が二人に存在するような気がした。
自分の入り込む隙間はやはりなかったと痛感した瞬間だった。
◇ ◇ ◇
花音は遥斗にとってどんな存在なのだろう。
その逆に、遥斗は自分が花音にとってどんな存在なのだろう。
その疑問はいつになっても遥斗の心の中で解決出来ないでいた。
まだ花音を想っているのだろうか?
告白も出来なかった気持ちは宙ぶらりんのまま遥斗の心に今も燻っていた。
「どうしたの?」
「ん? あ、いや、だから何て返事書こうかって」
「何でもいいんじゃない? こっちでの出来事とか」
「……そうだよな」
さっき一瞬、答えに間があった。
それが何かを物語ってる。
本当に友達なのだろうか、そんな疑惑が柚希の頭の隅にあった。
例え本当だとしても手紙を出し合う友達とは、いったいどういう関係なのだろう。
柚希の疑問は膨らんでいた。
恐らく男性ではないだろう。
とすれば女性。
益々関係性が気になる所だ。
そんな眉を顰めながら思考を巡らす柚希の表情で、遥斗は何を考えてるのか察するのは簡単なことだった。
素直過ぎるのも難点だ。
「この前言ったのあるでしょ?」
このまま詮索されるのも面倒だと感じた遥斗。
仕方なく手紙の相手である花音のことを話してしまおうと思った。
「将来……のこと?」
「そう。あの話を俺にしてくれた人なんだ。手紙の相手って」
「えー、そうなんだ」
柚希に話したことが、自分の言葉ではなかったことに遥斗は引っ掛かりを感じていた。
人の言葉を借り、然も調子良くアドバイスしてしまった自分に納得がいってなかった。
「実は全部聞いた話の受け売りだったんだよね」
まるで敬うように真剣に耳を傾けた柚希に遥斗は申し訳ない思いをずっと抱いていた。
自分は人に助言出来る程、出来た人間ではない。
そして、今後過度な期待を持たれては困ると思っていた。
「人から聞いた話を偉そうに言っちゃったからさ。悪いって思ってたんだ」
「ううん、そんなことないよ。それでも私に言ってくれたのは鳴海君だから。あれで、私は救われたんだよ」
「救われたって、大袈裟な……」
「ううん、ホントにそうだよ。感謝してるんだ」
「……」
素直にお礼を言われると、まるで自分が認められてるように感じられる。
いつも否定してばかりしていた自分が肯定されているんだ。
人に影響を与えるようなことを言った覚えはないし、もちろんしてる気もない。
それでも実際、柚希は遥斗の言葉に救われていた。
まだ他人とそれ程深く付き合ったことない遥斗は馴れていなかった。
感謝される、ということを。
恥ずかしいような、くすぐったいような、味わったことのない感覚が遥斗の中に走っていた。
「そういえば、サークル行かない? 学習サポートの割り当てとか、やり方教えるって先輩に言われてたよ」
「あ、そうだった。行こうか」
手紙の返事は、今あったことを花音に知らせよう。
遥斗はそう思っていた。
こんな自分でも花音のお陰で人の役に立つことが出来るようになった。
花音の言葉に救われた自分が救う側になった。
それを伝えたかった。
「うーん」
「どしたの?」
「手紙の内容って何がいいんだろうって、私も考えてたけど、ホント難しいね」
遥斗のことなのに自分のことのように柚希は頭を悩ます。
お人よしな所に遥斗は笑みを零していた。
「大丈夫だよ。書くこと、何となく決まったから」
「えー、そうなんだ。何て返事するの?」
「それは言えないなー」
「いいじゃない。教えてよ」
本音で言い合えば、自分のことを相手に伝えることが出来、相手のことも理解していける。
遥斗は花音から教えられたことを思い出していた。