04 迷って立ち止まって
さっきまでオドオドしてた柚希が突然生気を取り戻したように目を輝かせていた。
必死だった。
遥斗は困惑する。
あの時のアドバイスは自分の言葉ではなかったからだ。
花音の言葉をそのまま柚希に伝えただけ。
人の力を借りてる過ぎない。
「いや、あれは、俺が言ったんじゃないんだけどな」
「え? でも、鳴海君が?」
「まあ、そうなんだけど……」
どう説明していいか困っていた。
回りくどい説明は逆に更なる面倒ごとになりそうだ。
仕方なく遥斗は話の本題に切り込み始めた。
「長瀬さん……は、親に言われて大学入ったの?」
「……うん」
「他に別な理由はなかった? だってさ、もっと違う大学もあっただろうに、何か理由があってここを選んだとか?」
柚希は答えに戸惑う。
本当のことを話したら、もっと引かれそうな気がしてたからだ。
実はくだらない理由が存在していた。
誰も自分を知らない遠くの場所に行きたかった。
知ってる人のいない所へただ逃げたかった。
それが良かったのかどうかさえ分からない。
柚希にはそうするしかなかった。
そうすれば自分が変われるような気がしてたんだ。
あの頃のままの自己主張のない自分。
時間が経っても環境を変えても中身は結局何も変わってない。
すぐに自己嫌悪に陥る。
落ち込む柚希の表情を見て、また良からぬ地雷を踏んでしまったのか、と遥斗はため息をつく。
自分が何故こんなカウンセリングのようなことをしなければならないのか、と。
「無理に急がなくてもいいんじゃないかなってことだよ」
「無理にって?」
言葉を選びながら遥斗は話し始める。
こういうことは本来苦手な部類だ。
「目的や目標があって大学に来た人もいるでしょ? 例えば、資格取りたいとか、なりたかった仕事の為とか?」
「うん」
「それとは違って何となく入学した人とかもいるじゃん」
「そういう人もいるの?」
「いるよ。俺だってそうだよ」
「鳴海君も?」
「そう。俺はただそこそこ有名で自分の入れそうな所、ぐらいで選んだだけだから」
柚希には意外な事実だった。
誰しも目的や目標があって進学先を決めるものだと思っていたからだ。
そもそもそんな曖昧な理由で選ぶ人だっている。
「だから、大学で勉強して学んで、自分のやりたいことを見つける、とか」
「なるほど」
「見つけても途中で違うって思ったら止めて、また探せばいいだけだし。とりあえずやってみたら意外と自分に合ってて好きになる、なんてこともあるでしょ?」
遥斗の説明はしっかり柚希の心に入っていた。
モヤモヤしてた霧のような悩みが晴れていく。
「……そっか。そうだよね。うん、きっとそうだ」
たったこれだけの言葉で納得する柚希を見て遥斗は少し呆れていた。
単純な人だ。
つくづくそう思った。
でも、否定も出来ない。
思い返せば自分もそうだったから。
偉そうにアドバイスしてる今の自分が笑えてくる。
「それよりもさ、酒飲んで休んだこと反省した方がいいよ」
「……分かってる。でも、あれは――」
柚希は途中で言葉を止めてしまった。
遥斗は何故止めたのか不思議がる。
理由は簡単だ。
先輩に言われたから飲んだ、そう言おうとしていた。
また自分の意思で行ったことではないと示してる。
いつも他人のせいにしてしまうことがクセになっていた。
柚希にとって、そこがまずは改善していかねばならないことだ。
「結構、面倒臭い人なんだね、長瀬さんって」
「そ、そんなことな……。そうなのかな?」
「そうなんじゃない?」
「……そこは嘘でも違うって言って欲しかったな」
「はははっ。ごめん、気効かなくてさ。でも、おかしくて。はははっ!」
遥斗の穏やかな笑みを見て、柚希は最初に抱いていた良くないイメージがなくなっていた。
実際、話してみるとみないとでは違うものだ。
こんな些細なことでも、こうして試さないと分からないことだらけなんだ。
人付き合いとは簡単なようで難しい。
「そうだ。今日の講義のノート見る? 試験に出るって言ってた所だけど」
「えー、そうなの? えっと……いいの?」
「……そうだな。コーヒー一杯でどう?」
「ん。分かった」
周りの言うことに振り回され、迷ったり立ち止まったりする時もあるだろう。
誰の助けも借りずに自分の意志で踏み出す勇気は柚希にはまだない。
それでも、何の為にここにいてこうしてるのか。
そして、これからどうしたいかの答えは自分で見つけて行くしかない。
柚希は少しずつだが自分の意思で新しい一歩を踏み出そうとしていた。




