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04.愛称は特別な気がするわ

 大好きになった人と暮らすために引っ越す。家族に会えなくなるわけじゃないわ。だから泣く必要はないの。自分でそう思うのに、涙は次から次へと溢れた。最初は瞬きで誤魔化そうとしたけれど、溢れて流れて、ハンカチで拭いた。


 目の周りが腫れて痛い。それでも涙は止まらなくて、しゃくりあげながら窓の外を眺めた。視察に同行したり、夏は避暑に出かけた。その時に見た景色が、徐々に変わっていく。知らない大きな橋や街並みが見える頃、ようやく涙が止まった。


 ずずっと鼻を啜ってしまい、慌ててハンカチで顔を隠す。恥ずかしい。同じ馬車に乗るフェルナン殿下は、気を悪くしていないかしら。こんな子どもでごめんなさい。しゃくりあげながら謝ろうと思うも、話したら舌を噛みそう。


「よい家族に恵まれたのだな。強引な婚約で申し訳ない」


 呼吸を整える私に、フェルナン殿下が悲しそうなお顔をされた。私のせい? 首を横に振って、違うのと訴える。伝わってないようで、馬車の中で立ち上がった。ぐらっと揺れて、倒れながらフェルナン殿下に抱きつく。


「っ、ごめ……さい」


「どうした?」


「いや、じゃな……の」


 嫌じゃないわ。婚約は私も望んだことよ。ただ今まで家族と離れたことがなくて、寂しくなっただけなの。何度もつかえながら、時間をかけて説明した。面倒臭いだろうに、フェルナン殿下は最後まで聞いて頷く。理解したと言われ、安心したら眠くなった。


 寄りかかってはダメ、そう思うのに体が傾いていく。フェルナン殿下の大きな手が私を支え、腕の中に倒れ込んだ。


「泣くと疲れる。ゆっくり休むといい」


 ぶっきらぼうな口調なのに、すごく温かい。大切にされているみたいに感じるわ。表情が柔らかくなるのが自分でもわかった。返事をしたつもりだけど、伝わったかしら。目を閉じて、温かなフェルナン殿下の体温に寄りそった。







 ガタンと馬車が揺れて、目を覚ます。フェルナン殿下のお膝に頭を預けていたようで、慌てて起きあがろうとした。


「起きたのか、少し待て」


 止められて待つ私を、フェルナン殿下は抱き起こした。それから当たり前のように横向きに座らせてくれる。フェルナン殿下のお膝の上だ。ぱちくりと瞬きして、左側のフェルナン殿下を見上げる。


「あの……」


「どうした?」


 当然のようなお顔をなさるから、尋ねる私がおかしいのかな? と心配になった。もしかして、モンターニュ国の婚約者同士は膝に座るのかも。私の勉強不足かもしれないわ。指摘したらいけない。


 整ったお顔に、少し髭があることに気づいた。伸び上がれば届きそうな距離にある顎に手を伸ばし、途中で慌てて握り込む。いきなり触れたら失礼だわ。


「お膝、重くないですか?」


「まったく。姫は軽すぎて不安になる」


 女性に重いって言えないわよね。馬鹿なことを聞いてしまったわ。それより、姫という呼び方が気になった。婚約者なのに他人行儀だと思う。


「あの、姫じゃなくてアンと呼んでください。そのほうが嬉しいわ」


 距離が近づく気がする。家族しか呼ばない愛称を提案すれば、フェルナン殿下は「わかった」と微笑んだ。それから顎髭を指で弄りながら、私に問い返す。


「アンは私をなんと呼ぶ気だ?」


「フェルナン殿下です」


「ふむ。アンは私の婚約者だ。今後はエルと呼ぶのはどうだ?」


 エル……フェルナン様と呼ばせていただければ十分なのに、愛称を許されるなんて。笑みが溢れた。


「はい! エル様」


 様もいらないと言われたけれど、歳上だし夫なのだから付けさせてほしいわ。

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