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02.婚約成立したのに牽制するの?

 フェルナン殿下は穏やかな笑みを浮かべ、私へ手を差し伸べた。先ほど支えてもらった後、自由になった手は胸元でもじもじと落ち着かない。分かっているわ、これは淑女への礼儀だもの。この手の上に私の手を……重ねればいい。


 単純なことで、何度も騎士やお兄様のエスコートを受けたことがあるのに、照れて真っ赤になった。手も赤い気がするから、首や耳も真っ赤かも。私の倍ちかくある大きな手は、ところどころに節があった。ごつごつしていて、お父様やお兄様の手とは違う。


 騎士団の人みたいだわ。そう思いながら手を重ねた。温かい。じわりと伝わる温もりに口元が緩んだ。


「愛らしいお方で嬉しく思う。このような形ではなく、どこかの宴で出会いたかった。いや、それでは誰かに奪われてしまうな」


 こんな幼い王女に、そんな求婚の言葉は不要なのに。ただ連れていける立場で、私のことを思いやって気遣いを口になさるなんて。やっぱり素敵な人だわ。作り笑顔を捨て、満面の笑みで会釈した。


「ありがとうございます、私もフェルナン王弟殿下と縁が繋がり、嬉しく思います」


 本心だけど、社交辞令だと思ったみたい。フェルナン殿下にとって、私は恋愛対象外の子どもだもの。困ったように眉尻を下げたのに、笑顔は崩さなかった。殿方って、ご夫人やご令嬢方より表情が豊かなのかしら。


 両親や兄姉へ挨拶を行い、フェルナン王弟殿下は私の婚約者となった。いえ、私がフェルナン殿下の婚約者として隣国へ赴くのね。一応、婚約の許可を取りに来た形式を整えたのだ、と教えてもらった。政はよく分からない。どちらでも同じじゃないの?


 それぞれに部屋へ引き上げ、私は婚約者のフェルナン殿下とお茶の席が設けられた。黒髪に琥珀の瞳をもつフェルナン殿下は、用意された椅子が窮屈みたい。大きな長椅子を用意させ、私と並んで座ってもらった。正面にお母様が同席する。


「この子は末っ子なので、甘え癖がありますの」


 幼いのだからと牽制するときの言い方ね。前にも他国の使者に同じような言葉を使っていたわ。なぜ婚約者にそんな牽制が必要なのか、私は首を傾げながらお母様を見つめる。表情が険しく感じられ、フェルナン殿下は苦笑いを浮かべた。


「姫はまだ蕾、花開くまで見守る覚悟はあります」


 王族の言い回しは独特だ。言質を取られたら大変だから、幾通りにも読み取れるよう言葉を濁す。私もその話し方は学んでいるけれど……今のは「幼い姫だから、大人になるまで手出ししません」で合っている? お母様は「甘える年齢の姫に無茶しないわよね」と釘を刺したって意味ね。


 読み解きながら、用意された茶菓子に手を伸ばす。ところが普段の椅子から移動したせいで、テーブルが遠かった。飛び降りたら届くけれど、淑女として問題だわ。迷って手を引っ込めようとしたら、フェルナン殿下がお皿を引き寄せてくれた。


「無作法で申し訳ない」


 自分が取るためと言い訳しながら、ご自分の膝にお皿を置いた。ちらりと上目遣いで窺うと、笑顔で差し出される。一つ、焼き菓子を手にした。


「ありがとうございます」


 綺麗なオレンジ色のジャムは、日差しを浴びてきらきらと輝く。フェルナン殿下の瞳の色に似ているわ。甘酸っぱい香りを頬張り、私は猫の尻尾のように足を揺らした。これは癖で、嬉しかったりすると出てしまう。お行儀が悪い所作を、お母様が視線で咎める。でも……フェルナン殿下は笑顔だし、大丈夫よね。

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