1-8
「イカカカカカッ。十分ジャスト。時間を守れる人は好感が持てますねぇ」
「いってろよ。アンタみたいなのに好かれても、こっちは全然嬉しくないぜ」
イカエビルがニタニタした笑みを浮かべながら、こちらを見てくる。六はそんな視線を切り返すかのようにイカエビルを睨めつけた。
「それにしても……。君の開発した強化服はなかなかファンタスティックだね」
イカエビルはフェイと穂乃華の服装を見て、そのような評価をくだした。人を見下したような視線は、それが褒め言葉などではなく、皮肉であることをひしひしと語っていた。
「B級ホラーのモンスターみたいなヤツにいわれたくねえよ」
六はすかさず切り返す。
「お二人さん、これから簡単に強化服の扱い方について――」といいながら、六がフェイと穂乃華のいるの方へ振り返ったときである。
「あれ?」
先ほどまで、フェイの隣には穂乃華がいたはずである。のにも関わらず、いたのはフェイのみ。これはどういうことかと六が首を傾げていると、フェイが無言で空のほうへ指を指す。
「貴咲穂乃華なら、さっき空高くに跳びあがっていったわよ」
「全体的に身体能力が向上してるから、跳んだり跳ねたりするときは気をつけろよといいたかったんだが……、遅かったか」
それ聞いた六は心底悔やんだようすで、空を仰ぐ。
「で、これからどうするの?」
「どうするもなにも、降りかかる火の粉は振り払ってもらわにゃならん」
「つまり、この小っ恥ずかしい服装を着て、あのヘンなのと戦えってこと?」
フェイは自分の着ている服を指さしながら、六を一瞥する。
「現状、それ以外にやることあるか?」
逆に問いただされ、フェイは大きくため息をつく。穂乃華への対抗心から強化服とやらを着てみたが、どうやら貧乏くじを引いてしまったらしい。そんな自分を嘆かわしく感じてのため息であった。
――しかし。と、穂乃華はイカエビルのほうへチラリと向ける。
「まあ、アレを放っておいて世のため人のためになるとは思えないし……」
とも思うフェイであった。
これはべつに正義感とかからではなく、あのイカエビルに対しての嫌悪感からくるものであった。こんなことにならなくても、街中であんなのが歩いていたら蹴りの一発でもお見舞いしているだろう。そうやって、フェイは少しずつイカエビルと戦う動機づけを自分でしていく。
「やるしかないようね」
静かに、だが、凛とした口調でフェイはたしかにそういった。
「ふふん。まさか、お嬢さんがこの私に挑戦すると?」
フェイは返答に言葉は使わず、イカエビルと対峙することで、その意志を示す。
「面白い! ならば見せていただきましょう、その強化服の力とやらを!」
イカエビルは「イカカカカカッ」と笑いながら、十本の足を展開して、フェイに襲いかかる。だが、フェイは攻撃を避けようとはせず、むしろその渦中へとまっすぐ飛びこんでいった。
「イカッ!」
イカエビルの足の一本がとうとうフェイを捉えて伸びてくる。だが、フェイは不敵に笑みを浮かべながら、その足を両手で掴み取り、そのまま屋敷の壁にめがけて投げ飛ばした。
イカエビルはその勢いのまま、壁に激突すると呻き声をあげて、そのまま地面へずるずると落ちる。
「な、なんなのこれ……」
信じられないとばかりに、自分の手を握ったり開いたりしてみる。
「なんていうか、力が体の底からみなぎってる感じだわ」
それを自覚すると、今度は不思議と気持ちも高ぶりはじめ、目の前にいるイカエビルに対して、さらに闘志が湧いてくる。
「ぎゃー! ウチの壁がーっ!」
その後ろで六がそんな風に叫んだような気がした。が、気がしただけである。
いまのフェイにとって、なにが壊れようと知ったことではなかった。そんなことより、この服を着て出来ることをもっと知りたい。そんな探求心で頭は支配されていた。
「た、頼むから、もっとまわりのことを考えて――」
そういって、六がフェイの肩に触れようとすると、フェイは面倒くさそうに六の腕を払いのける……だけのつもりだったのだが、なぜか六は後方に吹き飛んで巨木に激突していた。しかし、フェイに悪びれたようすはなく「ふん」と鼻を鳴らして、またイカエビルのほうへ向き直るのであった。
「安心しなさい。全部壊れる前にアイツを倒せばオールオッケーよ!」
相当に支離滅裂なことをいいながら、フェイは「うふふ……」と不気味に笑みを浮かべて、一歩ずつイカエビルに近づいていく。
そんなフェイの気配を察知してか、先ほどまで倒れていたイカエビルがゆらりと立ちあがりはじめる。
「なかなかやりますね……。どうやら宇尾海六の研究とやらは本物のようだ」
立ちあがりながら、体についた埃を複数の足で払っている。なかなか器用なことをするイカだと、フェイは思った。
「しかぁし! 強力であるということは、逆に扱う者に高い技量を要求するということ……。お嬢さんにその技量が果たして備わってますかな?」
イカエビルはニヤリと笑い、それと同時に視界からその姿を消してしまう。
本当に消えたと思ってしまったフェイだったが、それがすぐに誤りであることを思い知らされる。
まばたきするような刹那であった。イカエビルが突然、目の前に現れたのである。
「なっ!」
驚愕するフェイ。そのせいでたじろいでしまい、そこに一瞬の隙が生じる。イカエビルはその瞬間を見逃さなかった。
「戦う相手から目を離さない。戦いの基本ですよ」
イカエビルは優しく語りかけてきたかと思うと、フェイに足払いをして体勢を崩し、そのまま複数の足で彼女の体を絡め捕り、そのまま宙へ放り投げる。
「次は空中戦といきましょうか!」
イカエビルは「イカカカカカッ」と笑いながら、上空のフェイにめがけて跳びあがる。
「くっ」
フェイが呻き声をあげる。足が地面についてないのでは、体勢も整えようがない。新型の強化服といえど、さすがに飛行能力とかはないということらしい。
「さあ、まずは耐久テストだ!」
イカエビルは「イーッカッカッカッカッカッ――!」という掛け声とともに、十本足を駆使してパンチ(キック?)のラッシュでフェイに猛攻を加える。
体勢の整わないまま、しかも空中では手も足もでない。フェイはイカエビルの攻撃をただ耐えるしかなかった。
「イカ――ッ!」
イカエビルが決めるが如く、張り叫ぶ。それと同時にフェイの体を足で絡め捕り、地面へ向けて一直線に叩きつける。
地面に叩きつけられたフェイの周辺では、地響きが発生し、その余波でクレーターも作られる。
「相手を空中に投げ飛ばし、拳の乱舞を浴びせ、最後に空中から地面に叩きつける大技。これぞイカエビル流秘技――『イカ刺し流星群』!」
イカエビルは自分の披露した技を懇切丁寧に解説する。だが、肝心の聞かせるべき相手は地面のなかに埋もれてしまっていた。
「おっと失礼。どうやら、やりすぎてしまったようです。大丈夫ですか、お嬢さん?」
そんなフェイをいたわるように声をかけるイカエビル。といっても、それは声音だけの話で、その表情は完全に勝利の美酒に酔いしれていた。
実際、フェイは話しかけられてもピクリとも動こうとしない。どうやら、先ほどの衝撃で気絶してしまったようである。
「気を失いましたか……。しかし、戦士に情けは不要。ここらでトドメを――」
イカエビルがうつぶせで倒れているフェイに足を一本差し向けたときである。
空に一条の光が瞬いたかと思うと、そのままイカエビルに向かって一直線に落ちてくる。
「イカッ?」
そういったときには、既に遅かった。イカエビルの胴になにがしかの強い衝撃が生じ、体ごと地面にめり込まされる。
「あの~。もう、ウチを壊さないでほしいんだけど……」
六の母親がそんなことをいっている気がするが、とりあう者は誰もいなかった。
「ふぅ。なんとか帰ってこれました」
先ほどの衝撃で立ちこめる砂煙のなかから、可憐な声とともに現れたのは穂乃華である。
「イ、イカカカカカ。先ほどの攻撃はちょっと痛かったですよ」
砂煙をかきわけ、イカエビルがのろのろと立ちあがる。苦悶の表情を浮かべる姿に、先ほどの一撃が決して小さいダメージでないことを証明していた。
「それはそれは。でも、痛くないとダメージにならないので」
穂乃華は笑みを絶やさない表情でイカエビルに向き直る。
「いいますね、お嬢さん。ですが、先ほどの一撃はあくまで不意討ち。次はそう簡単にいきませんよ」
イカエビルがニヤリと笑みを浮かべると同時に、穂乃華から笑みが消え失せる。
次の瞬間――。
イカエビルの口から白い液体が発射される。慌てた穂乃華は横に飛び退こうとする――が、勢いが余りすぎて近くにあった木に激突してしまい、その木をそのままなぎ倒してしまう。
「痛……」
強化服で防御力まで強化されているとはいえ、痛いものは痛い。フェイは赤くなった顔をさすりながら、呻き声をあげている。
「イカカカカカッ。私の特製イカスミ攻撃をかわしたのは賢明な判断といえましょう。ですが、力を十分に御しきれていないようでは、私の相手は務まりませんよ」
そんなことをしている間にも、イカエビルは少しずつ穂乃華のほうに近づいてくる。だが、先ほどのダメージがまだ残っており、そのせいで動作がどうしても緩慢になる。
「ふんっ!」
イカエビルが足を振りあげ、穂乃華の腹にめがけて横一文字に薙いだ。防御が間に合うはずもなく、その一撃を諸に受ける穂乃華はたまらずに後ろへ吹き飛ばされる。
穂乃華は小さく弧を描きながら、重力に引きつけられるようにして、そのまま地面に叩きつけられる。
「自分の能力を顧みず、強化服の性能に頼るだけの戦いかたでは私に勝てませんよ。よく覚えておきなさい」
ボロボロになりながら、それでもなんとか立ちあがろうとする穂乃華。気がつけば、そこはフェイが気絶している場所でもあった。どうやら二人とも同じ場所に集められたということらしい。
「まあ、これから私に××××される方々にいっても無駄なことでしょうがね」
イカエビルは「はっ」という掛け声とともに、中空へバレリーナよろしく回転しながら舞いあがる。
「喰らいなさい! トドメの一撃、名づけて『イカドリル』!」
緩やかな回転は、やがて嵐のような乱気流になってイカエビルを包みこみ、その言葉どおりドリルのような形を成していく。
そして弧を描きながら、狙いを穂乃華たちがいる場所に定めて――突撃をはじめた。
「イカカカカカッ!」
笑い声と空気を食い破る音が反響しあい、ノイズを走らせる。それは集中力を奪い、聴く者に絶望感を与えた。
(当たる!)
思わず目をつむる穂乃華。
瞬間、風が頬を掠めていく。だが、不思議と痛みはなかった。
どういうことかとおそるおそる目を開けてみると、穂乃華は自分がまったくの無傷であることに気がつく。
「やはり、未完成の技を調子に乗って使うべきではなかったかーっ!」
上空を見あげると、突風となったイカエビルが天へ高く飛びあがっていく姿が見えた。
よくわからないが、助かったらしい。そう思って、安心した穂乃華は意識が遠のいていくのを感じるのであった。
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