1-1~2
1。
月の都と呼ばれるムーンウォールにも桜が満開に咲き誇る季節。ギネヴィア学園高等部は入学式の日である。
入学式がはじまるまで、新入生は講堂の外で待たされるわけだが、その集団のなかにひときわ目を引きつける少女――フェイ・バーナルの姿があった。
ウェーブのかかった金髪は腰まで伸びて、たなびくたびに金色の風を吹かせる。強い意志を発する瞳は深緑色を湛え、目鼻のくっきりした顔立ちは凛とした印象をあたえる。それでいて、愛嬌を忘れていない表情は不思議としかいいようがない。
制服のスカートから見える脚は黒タイツに覆われ、スラッとした長い足がより引きしまって見える。全体的に肉づきのいい体つきは健康的で、それでいて驚くほどに均整のとれたプロポーションである。
多くはフェイとすれ違うと思わず足をとめて、彼女に視線を奪われることだろう。男は一瞬で恋に落ち、女は羨望を抱く――はずであった。あったというのは、いまの彼女を見て、それはあり得ないだろうということである。
笑顔の一つでも浮かべていれば自然と誰かが声をかけてきたのかもしれないが、いまのフェイはふくれっ面で、いまにも暴発しそうな、そんなおっかない姿である。
もし、いまの彼女に誤って肩でも触れるものなら――。
「失礼」
謝ってきた少年を睨み返す始末である。だが、今度はフェイが驚く番であった。
「なにか?」
フェイがずっと見つめてくるのが気になって、少年が問いかけてくる。だが、少年の問いに、フェイは答える素振りは見せない。いや、そもそも先ほどの問いかけが耳に届いてなかったのかもしれない。
(なんて目つきの悪い……)
フェイが心のなかでつぶやく。少年はフェイより五~六センチ高いくらい。姿はどこにでもいそうな、平凡なプロポーションだ。だが、問題はその目つきであった。メガネはかけているものの、そのつりあがった細めの目があたえる印象は最悪だった。
「ご、ごめんなさい。なんでもないわ……」
心身ともに高ぶっていたフェイだったが、少年の目つきに思わず身の危険を感じ、頭を下げた。
少年は「はあ……」と答えると、間もなく人混みのなかへ消えていった。それにあわせて、外にいた入学生たちは急に慌ただしくなり、人の流れも流動的になる。おそらく入学生の入場がはじまったのだろう。
――もうすぐ入学式がはじまる。
そう思うと、フェイはしめつけられるような思いにさせられる。その瞳に本来彼女に宿っているはずの強い意志は感じられない。
そして、彼女がため息をつくと同時、開会を告げるラッパの音が講堂から響いてくるのであった。
2。
入学生が講堂に入場するとともにファンファーレが鳴る。その音を聞けば、先ほどまで友人とお喋りしていた学生の表情も自然と引き締まる。返って、緊張のあまりに顔が強ばる者まで出てくる。一見、入学式とは誰もが真面目な表情で挑むものかと思われがちだが、実はよくよく観察してみると、その表情というのは非常にバリエーションに富んだものであるということがよくわかる。
そのなかに貴咲穂乃華の姿があった。腰までまっすぐ伸びている艶やかな黒髪。柔らかい印象の瞳は深い藍色を湛え、小さな唇、丸みのある顔つきは人形のようで愛らしい。その控えめな体型、身長も、まわりは彼女の美的特徴と捉えており、その特徴と相まってか不思議と人々から視線を集める。
まさに『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』という言葉がよく似合う少女であった。
しばらくして入学生一同の足音がピタリとやむ。それは全員が各々の席についたことを示していた。
それから『一同、着席』という号令があり、それにあわせて舞台に袴姿をした初老の男がのぼってくる。ちなみに彼は貴咲源太郎。穂乃華の祖父にあたる人物で、ギネヴィア学園の理事長を務めている。
まずは理事長の式辞からはじまり、次は在校生たちの校歌斉唱、続いて生徒会長から祝辞、そして入学生代表である穂乃華から答辞という流れになっている。
入学生代表で挨拶するということで、彼女なりに緊張をしていた。もちろん、そんなことを表情に出す気はない。というか出せない。彼女は、まわりが自分を何事にも動じない人であるという認識を持っていることをよく知っていた。そんなものはイメージの一人歩きでしかないが、同時にまわりはそういう人物像を自分に期待しているということでもある。
なにより十数年かけて、そんな自分を作りあげたのは他ならぬ自分である。他人の願望に応えるは、自己の願望に応えることと同義であった。
間もなく生徒会長の祝辞が終わろうとしていた。生徒会長の名は貴咲樹。彼は穂乃華の兄である。
兄の祝辞が終わり、『入学生、答辞。代表、貴咲穂乃華』と自分の名前が呼ばれる。こうなったら、あとはやれることをやるだけだ。穂乃華は「はい」と澄んだ声を式場内に響きわたらせる。
一歩を踏みだすとき、ふと不機嫌そうな表情を浮かべた少女が目に入る。フェイ・バーナルであった。
穂乃華とフェイは幼稚園からの付き合いになる。しかし、不思議とフェイの笑顔というものを見た記憶がない。穂乃華が見るフェイの表情というのは、いましているような不機嫌なものが圧倒的に多い。ときには、あからさまな敵意を向けられることだってある。しかし、フェイのその感情の所在について、穂乃華はまったく心当たりがなかった。
壇上を見あげると、生徒会長で兄の樹がジッと待っていた。そんな兄の視線に引きよせられるようにして、穂乃華も壇上へ一歩ずつのぼっていく。
壇上へたどり着き、樹とあらためて顔をあわせる。すると、彼は誇らしげな笑みを浮かべて、穂乃華を出迎えた。穂乃華より、頭一つは大きい樹は彼女がよく知る兄のはずであったが、その姿がいつもより大きく感じられた。
「答辞――」
答辞を述べながら、これからの学園生活に思いを馳せてみる。それを考えるだけで、穂乃華の心は不思議と躍るのであった。
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