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リリース!  作者: あかつきp dash
第二章 「強敵! その名はスルメイカ!」
12/25

2-4

 ギネヴィア学園は、ムーンウォールができると同時に建てられたというだけあって、広大な土地を有している。だからといって、すべての保有地を十分に活用できているわけではなく、余剰地も過分に存在していた。


 その余剰地は主に学園の東側の部室棟のそばがそうであり、普段は木々が生い茂るちょっとした森になっている。

 六の研究所はその余剰地に建てられており、赤レンガで組まれたこぢんまりした建物がそうであった。

「結構、広いのね」


 研究所内に入るなり、フェイがそんな感想を口に漏らした。

「ま、強化服の研究するんだから、広いってことに越したことはないんだけどな」


 普通教室くらいの広さがある室内には、奥に長机と本棚があるくらいで、それ以外のモノが見当たらない。だからこそか、余計に室内がだだっ広く感じられる。


「今年、中途入学した特待生のために研究所を建てたという話は聞いてましたけど、それって宇尾海さんのことだったんですね」

 穂乃華が感心したように、何度も頷いている。

「へえ、目つきが悪いのは伊達じゃないのね」


「……目つきが悪いのは関係ないだろ」

 皮肉にしか聞こえない一言に、六は睨みをきかす。

「で、どんな理由で特待生になったの? 特待生ってことは学園から直接スカウトがきたってことでしょ」

「スカウトの理由はオレの論文さ。ちょっと前に書いた論文がたまたま学会で注目されるようになってな。そこでギネヴィア学園がオレに目をつけたんだよ」

「論文? なにを書いたの?」


「『身体能力強化服とセーラー服』って内容の論文なんだが――」と六がいいかけると、フェイは瞬時にまわれ右をして、研究所を立ち去ろうとする。


「ちょっと待て。お前、なんか誤解してないか?」

 フェイの肩を掴んで、六が慌てたようすで問いただす。

「離しなさいよ! この変態!」


 フェイは六の手を払いのけると、怯えるように後ずさる。

「自分の嗜好を論文で正当化して、それを女の子に着せようとするなんて普通じゃないわ。あんな短いスカートのセーラー服を着せられて、こっちは恥ずかしかったんだからね!」


「あのスカートの短さは動きやすさを重視したまでだ。跳んだり跳ねたりするのにスカートが長いと動きにくいだろ?」

「どうだか。信じられないわ」


 軽蔑の視線を送ってくるフェイを、どう説き伏せようかと六が眉間にしわを寄せていると、少し離れたところにいた穂乃華が「宇尾海さーん」と呼びかけてくる。

「……どうかしたか?」

 六はフェイとの話を一旦中断して、穂乃華のところへ駆け寄っていく。それを見ていたフェイも多少の葛藤をしながら、とうとう六のあとをついていく。

「これ、なんですか?」


 穂乃華が差しだしたのは、Y字型の十五センチほどの長さをした金属製の棒であった。

「それはスタンガンだ。充電さえしてればカルドを挿入しなくても使用できる型でね。ちょっと研究で使えないかと思って買ったんだよ」


「そうなんですか」

 穂乃華は興味津々の表情で、あちこち角度を変えながらスタンガンを観察している。

「扱いには気をつけてくれよ。大人の象でも一発で気絶させるくらいの威力はあるんだからな」


 注意を促すが、穂乃華から返ってきた返事は「は~い」という軽いものだった。

「ったく……」


 悪態をつきながら、部屋の奥から六はホワイトボードを引っぱりだしてくる。

「とりあえず、どこでもいいから座ってくれるか?」


 促されて、フェイと穂乃華はキョトンとした表情で見合わせると、適当にそこらへんにあった丸イスに腰かける。

 それを確認すると六はせき払いをして、ホワイトボードにマジックで『強化服について』という表題を流暢な筆運びで、大きく書いていく。


「さて、お二人さんから質問が山ほどあると思うから、まずはそれから聞こうか」

 六が問いかけてみると、フェイと穂乃華は一斉に声をあげながら挙手をする。二人とはいえ、さすがに女の子である。あまりのけたたましさに六は思わず耳を塞いでしまった。


「……まずは貴咲さんからどうぞ」

 聞こえたかどうかはわからないが、穂乃華を指さして指名する。すると、穂乃華は元気よく「はい!」と返事をして、立ちあがった。


「三匹の目つきの悪い妖怪について――」

「却下」

 六は穂乃華に皆までいわせずに、言を遮る。それに穂乃華は不満そうに頬を少し膨らませながら、抗議をしてくる。


「まだ、なにもいってないのに……」

「聞かれても答える気なんてないんだから、却下でいいんだよ」

 フンと鼻を鳴らしながら、視線を穂乃華からフェイに移して「バーナルさんの聞きたいことは?」と訊ねる。


「昨日のことを詳しく聞きたいわ。強化服やらイカエビルやらで、こっちはまだ混乱しているんだから」

 フェイの質問に、六はしばらく顎に手を当てながら考えこむような仕草を見せる。ようやく口を開いたのは数秒ほど時間が経過したあとであった。


「昨日の件については、実はオレもすべてを把握したわけじゃない。特に、あのイカエビルに関しては、オレもよくわかってないんだよ。わかってるのは、アイツとオレは何故か対立関係にあるってことくらいだ」


「ホントになにもわかってないのね」

 フェイは呆れるような眼差しを六に向ける。「ほっとけ」と返したくなる衝動を抑えながら、六は話を次に進めることにする。


「とりあえず、イカエビルのことはあとだ。それより、強化服についてだが……」

「まさか、また着てくれとかいわないでしょうね?」


 フェイは「絶対にイヤ!」という表情で、態度を現してくる。六は「オレはまだなにもいってないぞ」と思う反面、着てくれないことを残念に感じる気持ちも所在していた。


「わたしは全然構いませんよ」

 その一言に六とフェイの視線が声の主に釘付けになる。その声の主はもちろん穂乃華であった。

「あなた、本気でいってるの?」


「本気も本気。大マジですよ」

 フェイが顔を引きつらせながら聞いてくるも、穂乃華はコロコロとした相変わらずの笑顔で答えるだけであった。


「着てくれるのは助かるんだけど、本当にいいのか?」

「はい。なんだかんだで、わたしは楽しめましたから」


 そんな価値基準で物事をあっさり決めていいものかと、六の脳裏に疑問がかすめるのだが、申し出はやっぱり魅力的であったので、なにもいわないことにした。


「それで、バーナルさんはどうするんだ?」

 とりあえず、六はフェイに再確認をとる。穂乃華がやるというのだから、フェイにも心変わりがあるかもという、若干の期待を寄せて。


「……とりあえず、あなたの話を聞いてから考えるわ。べつにそれからでも遅くはないでしょう?」

 望んでいた答えは返ってこなかった、それでも六は頷いた。この件に関しては、特に強制するつもりはさらさらなかったからである。


「それじゃ、そもそも強化服がなんなのかについてだが、その前に強化服についてどこまで知識があるか教えてもらえないか?」


 六の質問に返ってきた答えは、二人とも「あまり、よく知らない」ということだった。それに対して、六はとくに驚くことはなく、強化服について一から説明をすることにした。


 その強化服の特徴についてだが、以下のようなことがあげられる。


 一般的に認知されている強化服というのは〈服〉というよりは〈着ぐるみ〉といったほうが適切であるということ。これは耐久性や使用者の安全などを考慮した場合に避けられない事項で、多機能化すればするほどマンモス化する傾向にあったのが現状である。


 では、強化服はそこまでしてなにを追求するものであるかということだが、結論からいってしまえば〈身体能力の強化〉に尽きる。


 身体能力が向上すれば、あらゆる作業の効率化はもちろん、福祉から兵器産業まで、幅広い業界で有効活用ができるという期待があるからである。


「じゃあ、オレの開発した強化服のなにが画期的なのかだが、説明は至ってシンプルだ。要するに、高性能でコンパクトな強化服を創るための理論を構築したんだ」


 そういって六はホワイトボードにセーラー服の絵を描いていく。即興にしてはなかなか上手いと、フェイはさりげに感心してしまった。


「セーラー服のタイにマナを集めて凝縮する。それから、凝縮されたマナはスカートの部分に停滞し、必要に応じて放出されるという仕組みだ。


 尚、タイはリボン状だとマナの吸収率が向上し、リボンにブローチなどをつけておくとマナの凝縮力がよりあがることまでが実践されている」

「……それってすごいの?」


 そこまで説明しても門外漢であるフェイや穂乃華には、もう一つ伝わらなかったようだ。だからといって、六が呆れる態度を見せないのは強化服の研究分野が一般の人々にはどのように認知されているかを熟知しているためであった。


「強化服ってのは兵器でもあるんだよ。だから、コンパクトで高性能なのものってのは、それなりに需要があるのさ」


 このあたりはすごいとかよりも、ビジネスに繋がるかどうかが重要になってくる。金にならないものにスポンサーは寄りつかないという現実があるのだ。


「そんなものなのね……」

 感心したような素振りで相づちを打つフェイ。その割にはあまり関心がなさそうである。そんなフェイの表情を見て、六は次の話に移ったほうがいいかもしれないと思った矢先である。


「宇尾海くんはいるか?」

 ドアを蹴破るような音とともに、研究所のなかに一人の男子学生が息を切らせながら飛びこんでくる。

「お兄さま?」


 そういったのは穂乃華である。彼の来訪は彼女にとって想定外のことだったようで、首を傾げるような仕草で、「お兄さま」を見入っていた。


「あれ、生徒会長じゃないですか。そんなに慌てて、どうしたんですか?」

 それは六も同じことで、この突然の来訪者には思わず目を丸くしてしまう。もしかして、今日に出会う約束をしていたのだろうかと、自分の頭のなかを勘ぐってみるのだが、出会う約束をした記憶は隅まで探しても思い当たらなかった。


 六が生徒会長と呼んだ男子学生の名前は貴咲樹。ギネヴィア学園高等部三年生にして、現生徒会長を務めている。容姿端麗な佇まいに、文武両道を地で行くという絵に描いたような完璧超人である。


 また几帳面なところがあり、制服も尺を測ったようにきっちりと着こなす性の人物だ。しかし、いまに限ってはなりふり構わずに取り乱したようすで、制服の裾は泥だらけだし、髪も風に当てられボサボサになっている。これはただごとではないと、すぐに推測できた。


「宇尾海くんにぜひ頼みたいことがあってね。こうして、僕が直々に出向かせてもらった」

 樹はボサボサの髪を直そうともせず、神妙な表情で六と向かいあう。その空気に気圧され、六は思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。


「頼み、ですか?」

 樹はなにもいわずに、コクリと首を縦にふる。

「いま、グラウンドで妙なヤツが暴れている。そいつを可及的速やかに、君が開発したという強化服を使って片づけてほしいんだ」


「『片づけてほしい』っていうのは、穏やかじゃありませんね。いったい暴れてるのはどんな手合いなんですか?」


 強化服というのは基本的に兵器である。また、世間一般でもそのように認識されていると思って間違いない。そんなものを使ってまで、鎮圧しなければならないようなヤツが学園で暴れているというのだ。学生としての立場であれば関わり合いたくないようなあいてであるが、研究者の立場としてはぜひともお目通りを叶いたい相手であった。


「イカ――、イカというらしい。いま、グラウンドで暴れているのは、そういう名前の生物らしい。まあ、僕もあまり詳しくないんだが……。とりあえず、おかしな生物なことは確かだ」


 樹はこめかみを押さえながら、悩ましい表情を浮かべている。どうやら前代未聞の相手を前に、かなりの苦慮を強いられているらしかった。


 六も「イカ」という言葉の響きに、昨日のことがリフレインする。

「なんかイヤな予感がするな……」


 といってみたものの、それはひょっとしたら予感と呼ばないかもしれない。いってしまえば、確信に近いなにかであった。


 要するに、グラウンドで待っているのは、六にとってあまり嬉しくない手合いだということだ。しかし、一方では強化服を実戦で使えるまたとないチャンスでもあった。これが六にとってどれほど魅力的な誘惑かは想像に難くない。しかも、目の前にいる樹は六にとって一番のパトロンなのだ。これは彼の目に自分の成果をさらす絶好の機会でもある。リスクも大きいが、見返りも十分に期待ができた。


 ――いや、しかし。誘惑に釣られようとした六の胸中に、慎重な考えがむくむくと伸びてくる。強化服をしようしたのは昨日の今日だ。簡単なメンテナンスはしておいたが、それでも調整が十分だとはいい難い。このまま使用するには、少し不安要素が多いような気がする。樹には悪いが、ここは辞退すべきかもしれない――ふと、そんな風に考えてしまう。


 差し当たっては、やるか、やらないか。六の胸中で二つの相反する考えが互いに火花を散らしながら、ぶつかりあっていた。


 そして、ついに辞退しようと決心して、宣言しようとしたときである。

「んっ!」


 思わず言葉が詰まる。ある誘惑が一気に押しあげ、それが六の口を拘束したのだ。かわりに漏れたのは「ふふふ」という不気味な笑みだった。

「……やりましょう」


 六の研究者としての好奇心は、石橋を叩いて渡るという行為をあっさりと踏みにじる。結局、実戦で使える誘惑には勝てなかった。


「やりましょう! 実験のため……いえ、学園の平和のために一肌脱ごうじゃありませんか!」

 六は樹に熱い視線を送りながら、彼の手を強く握りしめる。

 交渉が成立した瞬間であった。

お読みいただきありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。

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