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2。
授業が終わり、放課後を告げる鐘が鳴る。そうなると、部活や帰宅する学生たちがぞろぞろと動きはじめる。そのなかに六の姿もあった。
ただ、まわりとちがうのは他の学生が複数人で行動をともにしているのに対して、六は一人でいるということであった。
小中高一貫校であるギネヴィア学園には、クラス替えという概念がない。よって、十数年間以上も同じ顔ぶれで授業を受けるということになる。
そんなわけで高等部となると、人間関係がほとんど固まってしまう傾向にあり、六のような中途組はどうしても浮いてしまうのであった。ましてや、六の場合は目つきが悪いという相乗効果も相まって、話しかけてくるクラスメイトもほとんどいない。
だからといって、六からも積極的にクラスメイトと仲良くなろうという行動もないので、どちらも平行線というのが現状であった。
「アークライトさん」
六は教室からでる途中、シンディーのいる席に立ち寄って話しかける。
「宇尾海くん、どうかしたの?」
「これ、いわれてたプリントなんだけど」
そういって、シンディーに差しだしたのは一枚の紙であった。
「こういうのはクラス――アークライトさんの方針?」
渡した紙には、六の自己紹介が書かれていた。もちろん自筆である。
「ええ、そうよ。言葉で自己ピーアールするのが苦手な人もやっぱりいるし、それに後々にも残っていくものだから、話のタネに活用できると思って」
「へえ、いろいろ考えてるんだな」
六が感心したようにいうと、シンディーは謙虚な笑みを浮かべる。
「まあね。これでもクラス委員ですから」
クスリと笑うシンディーは、六が思わずはっとするほどに可愛らしかった。クラスの誰かが一年B組で一番の美少女だといっていたが、この笑顔にはその評価に十分納得できるだけの説得力があった。
「ところで、宇尾海くんはこれから帰り?」
「いや、これから研究所さ。ちょっと、まだ整理しなきゃいけないんだよ」
「そうなんだ。頑張ってね」
「ありがとさん」
六はシンディーに「それじゃあ」と告げると、教室の外へ向かっていく。すると、シンディーが「宇尾海くん」と呼びとめる。
「二、三日後にはクラス全員分のを載せて製本したのを配れると思うから、楽しみにしていてね」
「ああ、わかったよ」
六はふり返ってシンディーに手をあげると、教室をあとにした。
3。
「君が宇尾海六くんですね?」
教室の外にでると、六は背後から声をかけられる。なんとなく聞き覚えがあるような、ないような、そんな声であった。
「はい。そうですけど、あなたは?」
そこに立っていたのは四十過ぎほどの男であった。白衣姿に、七三わけの髪型に、フレームなしメガネの三拍子がそろったイカにもな男である。
「私はクラー・ケン。この学園で生物を担当している教員です」
クラーに握手を求められ、六もそれに応える。
「たしか、クラー先生といえば、ムーンウォールでイカの養殖の研究をなさっている方でしたよね。以前、論文を拝見させていただきました」
「それはそれは。まさか、私の論文まで読みこんでいるとはね。宇尾海くんは勉強家なんですね」
「そうですか? 結構注目されている分野じゃないですか。もし、イカの養殖がムーンウォールで可能になれば、食の幅が広がるっていわれてますし」
どちらかというと、自分の研究に関係のある分野や、先進的な考えの論文は目を通すように心がけているのであって、それを勉強家といわれると困り果ててしまう六であった。
「それなら、君だって大したものでしょう。その若さで学会に発表した論文が認められるなんて、どこにでも転がっている話じゃないからね」
「といっても、まだ成果をだしたワケじゃありませんから。実践と効率化の課題が残っています」
それには時間とお金をかけなければならない。幸い、六にはギネヴィア学園というスポンサーがついており、その二つに関しては問題ないといえた。とはいえ、いつまでも成果をださなければ話はべつになる。この三年間である程度の成果をださなければならない。それが六にとって、学園生活における最大の課題であった。
「ははは。君はなかなか謙虚なようですね」
「そうでしょうか? 自分ではわかりません」
六がそんな返答をすると、クラーはいきなり大声で笑いだしはじめる。六にはなんとなくその理由がわかって、それでもどうすることもできず、頬を掻くしなかなかった。
「おっと、失礼。ムーンウォールの第一線で活躍している人材であっても、まだ十代の若者なのだと実感させられましてね」
クラーは平謝りで詫びてくる。だが、六もべつに怒ったわけではないので、「気にしないでください」と返した。六も、このような扱いをされるのはしょっちゅうのことだったので、対処にも慣れていたのである。
「宇尾海さーん」
しばらく六はクラーと談笑をしていたら、少し離れたところから自分を呼ぶ声に気がつく。
振り返ってみると、そこには優雅な佇まいで歩いてくる穂乃華の姿があった。
「どうやら、長話が過ぎたようですね。私はここいらで失礼しましょう」
「では」とだけ告げて、クラーはそそくさと去っていった。それをボーッとした表情で見送っていると、入れ違いのような形で穂乃華が話しかけてくる。
「先ほどまで、お話されていたのはどなた?」
「クラー・ケン先生。生物の先生らしい」
「そうなんですか」
聞いてきた割に、穂乃華はあまり感心のなさそうな反応である。だったら、どうして聞いてきたんだと思ったが、それをあえて口にまでだす気にはなれなかった。
「宇尾海さんはこれからお帰りですか?」
「いや、これから研究室に行くつもりだけど」
ひょっとして、自分の今日の予定を聞きたかったのだろうか。穂乃華の態度を見ていたら、そんな風に思ってしまう。
「でしたら、ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか? お互い、積もる話もあるでしょうし」
そこまでいわれて「なるほど」と、六は納得する。どうやら、穂乃華は自分に話があるようだ。
「オレは構わないけど……。貴咲さんは生徒会役員なんだろ。そっちはいいのか?」
「今日はお暇をいただきましたので、大丈夫ですよ」
穂乃華がにっこりと柔和な笑みを浮かべる。彼女に惚れてしまう大半の男は、きっとこの笑顔にやられているのにちがいないと、六は確信する。
「あれ、あなたたち揃いも揃って、なにやってるの?」
思わず六が声の方向へ顔を向ける。すると、そこにいたのはひょっとしなくてもフェイであった。
しばらく視線を交差させながら立ちすくむ三人。
こうして、役者は揃ったのである。
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