「あたらしい魔法のはなし」
夕方。お茶の間のテレビの前で、食事を終えた七人の家族たちがいた。祖父母と思われる二人はお茶をすすり、父親らしき男は酒を呑みはじめ、母親らしき女性がそそぎ役をしている。その大人たちの視線の先には、長男らしき子供と二人の妹がテレビの前を陣取っていた。
『皆さんに、重大なお知らせがあります』
白黒のぼけた映像に映っていたのは、いま巷をにぎわしているアイドルであった。清楚で知性的な雰囲気が評判の……名前はなんであったか。たしか、貴咲なんたらという少女である。貴咲といえば、日本でもあらゆる分野で名を轟かせる豪族の性である。その家名は古くは平安、いや平城までさかのぼるとかいわれている。
『もうすぐ魔法の使いかたが大きく変わります』
そういって少女が右手を掲げると、その手から光をほとばしらせながらトランプのカードのようなモノが出現する。
それを見て、テレビを見ていた子供たちが「おおー!」と感嘆の声をあげる。
『これはカルドといって、これからはこれを使って魔法の使うようになります』
少女は説明をしながら、近くにあったテレビにカルドを挿入する。するといきなりテレビがついて、映像が流れはじめる。
『これまで魔法を使うには、呪文を唱えることが必要でした。ところが、このカルドを利用すれば、このように呪文がなくても魔法道具が使えるようになるのです』
長男が『スゲー!』と感嘆する。二人の妹はテレビにでているアイドルの女の子のことばかり話している。
『しかも、このカルドは身分証明書としても利用できます。つまり、これさえあれば公共のあらゆるサービスを受けることができ、しかも決してなくすことがありません』
少女はテレビからカルドを引き抜くと、カルドは光になって霧散していく。かと思ったら、また少女の手にカルドが現れる。
『これはマナで作られたモノでして、使用者が望めばいつでも取りだせるものなんです』
少女は少し移動してカルドを少し離れた場所にある的に向ける。と同時、カルドから雷が矢のような勢いで放出され、的を貫いた。
『もちろん、通常の魔法も呪文なしで使えるようになります』
デモストレーションを見せられ、少年たちの感情は最高潮まで高ぶる。妹たちはテレビの中にいるアイドルの少女に「格好いいーっ!」と叫んでしまう始末であった。
『さて、カルドを手に入れる手段ですが、まずは最寄りの精霊の塔まで行きます。そうしたら、受付の人が用件を聞いてくると思いますので、「更新にきた」といっていただいたら、それでほぼ完了です。あとは精霊の塔にいる係の人が手続きのすべてやってくれるでしょう。尚、未成年のかたは保護者の同伴が必要になりますので、気をつけてくださいね』
少女は、はじけるように朗らかな営業スマイルを浮かべる。この笑顔に多くの男は心を奪われ、女は憧れを抱かずにはいられなくなる。
『皆さんもカルドを手に入れて、私とおそろいになりましょうね』
その言葉に触発されて、子供たちは「自分たちもカルドが欲しい」と両親におねだりをはじめる。
アイドルが歌を歌いはじめるのを尻目に、両親は顔を見合わせて嘆息する。祖父母は、相変わらずお茶をすすっている。
このとき、七人家族は思っていただろうか。それから百年後、月に人間が暮らしているなどと。
アーカイブの内でこれがひょっとしたら最後の長編かもしれません。
はじまるよーくらいのノリでじっくり不定期に行いますのでよろしくお願いします。
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