代役の歌唄い聖女は、魔界の者に好かれる
趣味は創作小説投稿、さんっちです。ジャンルには広く浅く触れることが多いです。
常日頃から災害は隣り合わせですね。でも、そんな災害から守ってくれる存在があったら・・・?
この世界の裏には魔界と呼ばれる世界があり、そこには魔物や魔人が存在するとされる。奴らは災いを呼び、人間の世界に来ると、人々を苦しめる恐れがある。その魔物を抑えるには、聖女による「聖歌」が必要だ。聖歌を歌う聖女は「歌唄い聖女」と呼ばれ、この国でとりわけ重要視される人物。
聖歌も歌唄い聖女も、国において神聖かつ崇高なるもの。魔物や魔人からこの国を守るという、重大な役目を果たすからだ。そのため、選ばれた人間しか担ってはいけないのが決まりだ。勝手に聖歌を歌うことも、偽の聖女とも名乗ってはいけない。もしこの決まりを破った者には、重い罰を受けることになる。
正式な聖女をいたぶり、偽の聖女として聖歌を歌ったと見なされた、今のアタシのように。
アタシはジュリイ・ミノザ、正式な歌唄い聖女のメリア・モルゲータ様に仕える侍女だ。元々は歌唄い聖女・・・というか歌うことに楽しさや憧れを持っている女。いつかは歌唄い聖女に選ばれ、聖歌を歌うことを夢見ている。侍女として働く傍ら、夜な夜なこっそりと聖歌を練習するほどだ。
聖女の侍女はとりわけ厳しい。作業も多くて体力がキツいし、作法も厳重で精神的に大変だ。それでもアタシは歌唄い聖女を目指し、ずっと努力し続けてきた。それなのに、何故罪人扱いされたのか・・・。
全ての始まりは1ヶ月前のこと。深刻そうな顔をしたメリア様から、相談を受けた。
ーーー喉をやられたらしくて、聖歌が歌えないの。
ーーージュリイ、聖歌の練習をしていたと聞くわ。貴女、代役をしてくださらない?
今まで歌唄い聖女の代役なんて、前例がない。というかそれは国の決まりに反するのではないか、と1度は断った。でも歌唄い聖女の不在こそ、国にとって大きな混乱となってしまう。貴女なら出来ると、何度も強く言われてしまい・・・断れなくなってしまった。
でも正直、これはチャンスだと胸が高鳴ったのも事実。代役とはいえ、夢だった歌唄い聖女になれる。メリア様の病気が治るまで、アタシは聖歌を歌い続けた。・・・あくまで「代役」として。
それが数日前、アタシは牢に送られた。聖歌の途中で「やめろ!」と王子が急に割り込んできたから、何かと思うと・・・隣には、涙目になるメリア様のお姿。どうしました?と尋ねる前に、王子はアタシを指差し、大声で言いつける。
ーーージュリイ・ミノザ。貴様には、聖女を名乗り聖歌を歌う資格はない!!
ーーー己が何をしているのか、分かっているのか!!
勿論、選ばれてもないのに聖女を名乗り聖歌を歌ったことは、決まりに反する。でもそれは、具合の悪いメリア様に頼まれたから。この部分に関しては、メリア様が周知させていると考えていた。でも・・・思ってもいない言葉が、メリア様の口から出る。
ーーー貴女、初めから聖女の座を狙ってたのでしょう!?
ーーー私を毒で殺して、歌唄い聖女を奪おうとするなんて・・・許されることではないわよ!!
王子の話によると、1ヶ月前からメリア様が召し上がっていた水(正確には水の入った入れ物)の中に、体を弱らせる毒が見つかったという。飲み物を運ぶのはアタシの役割だ、そして代役とはいえ聖女として歌う姿。「聖女に毒を盛って殺しを企み、自らが歌唄い聖女になろうとした悪女」に映るには、充分すぎた。
毒を入れた記憶は当然ない。だけどアタシが怪しいという証言が飛び交い、身に覚えのない証拠を出されて・・・力のない侍女の弁解は、一切聞かれることはなかった。
結局王子達はアタシを罪人と断定し、地下牢へ閉じ込めた。そして今に至る。
さっきも言ったけど、聖女を偽ったりするのは大罪だ。このまま牢の中で一生を終えるか、見せしめとして処刑されるか・・・未来はこの2つしかない。そろそろ判決が下される頃かな。
アタシはただ、歌が好きだっただけなのに。歌いたかっただけなのに。どうしてこうなったんだろう。罪人として扱われること、誰も信じてくれないことに、アタシは限界だった。
・・・嘆きばかりも嫌だ。少し気持ちを落ち着かせようと、歌を口ずさむ。見張りの兵も近くにいないし、歌うには絶好の機会だった。
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侍女として働いていると、鼻歌だけでも注意されてしまう。ある意味、牢の中はそういったところは自由だ。好きな歌を好きなだけ、邪魔にならないように口ずさめる。今の絶望を誤魔化すには丁度良かった。
そういえば・・・夜に練習すると、いつも誰かが1輪の花を差し入れてくれてたっけ。人目付かない裏口でそっと歌うと、気付かない内に置かれているんだ。この辺りじゃ見かけないような、四季折々の花。誰だろう、誰か聞いてくれているのかな。でも侍女がそんなこと安々と聞ける立場じゃないから、特に気にしなくていいや、って認識だけど。今となっては、あの花が見たいな・・・なんて思ってしまう。
「ん?」
ふと、視線を感じた。格子の向こう側を見ると、そこにいたのは・・・犬?でも、紫色の毛並みの犬なんて見たことがない。まさか・・・魔物!?そう思った瞬間、その魔物らしき動物が、こちらに向かってきた。格子に飛びつくと、目を大きく見開き、舌をハァハァと出し始めた。
「な、何だお前!!」
思わず声を出してしまう。すると犬(?)は、アタシの問いに答えるかのように、小さく鳴く・・・いや、喋る。
「・・・なぁ。もしかしてオマエ、夜によく歌ってた人!?」
突然の質問に、アタシは一瞬ポカンとした。取り繕い方も分からず、とりあえず正直にうなずくと「やっぱり!」と犬(?)は嬉しそうにはしゃぐ。
「オイラ、ずっと聴いてたんだ!あの歌声、凄い綺麗で心地よくて好きだったんだよー!!もっと聴きたいと思ってたら、ここ数日は歌ってくれなかったじゃん?どうしたのかなーって思ってたらけど・・・ようやく見つけた!」
犬(?)はポチと名乗り、魔界のとある主に仕える下級魔物だと説明した。よく人間界の見回りをするが、ある時からアタシの歌を気に入ってくれたという。見回りの際は、毎回のようにこっそり聴きに来てくれていたらしい。
今まで魔物は凶暴とか、人間の敵であると強く言われてきた。魔物と人が長く争った伝承もあるらしく、見ても絶対に近寄らないように強く言われている。でもコイツにはそんな素振りはない。それにアタシの歌が好きと言ってくれるなんて・・・・・・魔物でも、嬉しかった。歌を誰かに褒められたのは、初めてかもしれない。
「でも、ジュリイはどうしてこんなところにいるの?こんなに寒いところにいたら、風邪引いちゃうよ」
「・・・・・・アタシ、悪いことをしたって勘違いされてるから」
久しぶりの会話で、警戒心もなかったらしい。アタシはつらつらと、これまでの経緯を話した。聖女の代役として聖歌を歌ったのに、周囲からは乗っ取ったようにされたこと。聖女に毒を盛った犯人として疑われていること。今後はずっと閉じ込められるか、処刑されるかしかないこと・・・・・・。
「ひどい、人間ってそんなことするんだ!許せない!!」
話を聞くと、ポチはかなり怒ってるようだった。ここから出すよ!と必死で格子を噛み砕こうとするが、頑丈に出来ているのかびくともしない。それでも諦めずに何度も試みるが、結局駄目だった。騒いでいる内に、何だ何だと遠くから誰かの声がする。・・・マズい、このままじゃポチは駆除される。コイツはここから逃がさないと。
「ポチ、早く逃げないと捕まる。あんまりココには来ちゃダメだぞ」
「で、でも!」
「下手したら、魔物も捕まったりやられたりする。何も悪いことしてないんだから、お前は早くここから出るんだぞ。でも、アタシのために怒ってくれたのは嬉しかった」
「・・・・・・分かった」
渋々納得してくれたようだ。そのままポチは、来た道を引き返そうとする。すると何かを思い出したかのように、こちらを振り向く。
「・・・・・・オイラだけじゃ、無理かもだけど。きっと、必ず!!」
ポチはそう言うと、まるで風になったかのように駆けていった。最後の言葉とその必死さに、アタシはその後ろ姿をただ呆然と見る。そういえば何でポチの奴、アタシの名前知ってたんだろう。偽の聖女が現れた事実が広がってるのかな・・・。
気付くとポチがいた場所には、どこかで見たことあるように、1輪の花がそっと置かれていた。
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魔界・・・いわば人が住む世界とは違い、主に魔物が住む世界。歌唄い聖女がいる国はとりわけ魔界への境目が薄く、時より魔物が人間の世界へ迷い込む(侵入する)事例が多い。そのため人間の世界では聖女の力により、魔物の侵入は抑えているとされる。とはいえ聖女がいようがいまいが、簡単に行き来できるのが現状だが。
下級魔物のポチは、慌てて主の元へ戻っていた。彼女の元に辿り着き、大体の事実は把握したのだから。
「ヴェル様、ヴェル様~!やはりヴェル様が睨んだ通りでした」
ヴェルと呼ばれた人物・・・正確には魔人ヴェルニストは、玉座から立ち上がる。その表情は、怒りに満ち溢れていた。
「近頃、あの国で妙な混乱を感じ取っていたが・・・そういうことか」
「はい、ヴェル様が気にしていた女性・・・」
ポチの言葉に、ヴェルは「それ以上言わんでいい!」と叫ぶ。その顔は少々赤く染まり、どこか慌てているようだった。
魔人ヴェルニストは、魔界の中でもかなりの武人として名高い者だ。魔力もさることながら、剣技においては右に出るものはいないとされる。肉体は人間の男、多少整えたヒゲに短髪と、見た目は30代後半の男性。しかし実年齢は既に数百年を超えている。性格はぶっきらぼうで、無愛想。いつも不機嫌そうな顔をしているため、周りからは恐れられている存在だ。
しかしポチは知っている。この主は自分の思いを上手く出せない、不器用な人物であることを。
「ともかく、ここままだとジュリイは無実なのに酷い目に遭います!なんとかして、助けないと!ヴェル様の思いも・・・」
「だぁー、そういう部分は割愛で良かろうが!・・・確かに、まぁ、彼女には一目惚れをしているが・・・・・・」
1年以上前、ヴェルニストは歌唄い聖女が不在の時を狙い、人間の世界へ足を踏み入れた。彼にとって人間の世界のモノは、暇つぶしのための娯楽でしかない。聖女の聖歌も何もかも、当時はそう考えていた。しかしある時、彼はジュリイの歌声を聴いたのだ。
薄汚れた侍女の衣服を身につけ、過酷な仕事で真っ赤になった指先や身体。それでも楽しそうに歌う娘。一目見て、胸の高鳴りを感じた魔人。・・・名前も知らないその娘のことを、ヴェルは気にかけるようになってしまった。それからポチに協力を求め、彼女のことを追うように調査していったのだ。
どんなに過酷な環境でも、自分の好きなこと、叶えたい夢を持ち続ける娘。憧れ、安らぎ、愛情・・・彼女に対し、様々な感情を抱いていく。しかし魔人が直接干渉すると、「魔物や魔人=悪」という認識が強い世界では、彼女も魔人を強く拒絶するだろう。だからヴェルはこれまたポチと協力し、ずっと彼女の歌を応援し続けた。夜な夜な歌う彼女へ、綺麗な花を贈り続けたのだ。
今回の偽の聖女騒動も、彼らはすぐに真実に辿り着いている。彼女は無実、むしろ被害者であることにも。それでも国は近々、彼女を処刑するという決定を下したのだ。
「処刑には、王子や歌唄い聖女も同伴すると。つまり、聖女による聖歌はこの時にはない」
「それって、つまり・・・境目の結界が緩むってことですか?」
ポチの問いにヴェルニストは小さくうなずくと、どこか無邪気にニヤリと笑う。それは何かしらの考えを企んでいる合図のようだった。
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偽の聖女を粛正し、この国の神聖を護る・・・・・・。
アタシの処刑は、そういう意味合いがあるらしい。天へ昇る素質のない生命は、地に落ちるべきというお告げがあったらしく・・・アタシをこれから、奈落の谷へ突き落とすという。空は結構黒い雲が多くて、天候も怪しくなってきている。完全に見せ物になった処刑には、多くの人々が偽の聖女が消える瞬間を待ち望んでいるみたいだ。強い谷風の向こうで、罵詈雑言が入ってくる。
「早く突き落とせ!」
「この国の面汚し!」
「早く消えろ!」
どうやら見物客の声みたいだ。そしてその少し遠くでは、王子と聖女であるメリア様が、睨み付けるような目でその瞬間を待っていた。
「お前のせいで、我が国の神聖な歌唄い聖女が穢された!この罪は重いぞ!!」
「ジュリイ、あなたは許されない罪を犯した!さっさと消えなさい!」
同じように、アタシを拒絶する言葉。もう周囲は既に、アタシの死を待ち望んでいるだけだった。
・・・・・・もういい、疲れた。アタシには無実を証明できる手段もなくて、真犯人も見つからなくて。裁判も一方的に進められたし、誰もアタシの声には耳を傾けてくれなかった。アタシの言うことなんて誰も聞いてくれないんだ。真実を話しても聞いてくれないのなら、意味がない。ずっと練習してきた歌も、誰か聞いてくれなきゃ意味がないように。
「・・・・・・さぁ、偽の聖女に裁きを執行しろ!!」
嫌だ、もう聞きたくない!頭の中にすら響いてくる暴言、それに心が耐えられなくなって、思わず目を閉じてしまう。逃げるように、アタシは谷底へと飛び込んだ。
・・・・・・なぁ神様、どうか頼むよ。誰にも信じられずに、好きなことも出来ずに終わったんだ。どうか、どうか・・・・・・次の人生は、もっとマシにしてくれよ・・・・・・!!
バキィイイイッッッッ!!!
谷底から、強大な黒い雷が湧き上がってくる。刹那、何かに抱きかかえられて空へ上がっていくアタシの体。・・・宙に浮く男に抱えられていると気付いたのは、しばらくしてからだった。地上のざわめきが、雑音のように耳に入る。
「何だ何だ!?」「魔人じゃないか!?」「どうしてここに・・・!」と、戸惑いの言葉ばかりだ。「魔人を攻撃しろ!」という王子の声も聞こえたけど、兵達は別の魔物・・・ポチの対処に追われてしまっているみたいだ。武器を壊されたらしく、防御くらいしか出来てない。
男の腕の中でアタシは、呆然と彼を見つめていた。色んなことが起きすぎて、何が起きたのか分からず何も話せないでいた。けれど、ふと彼から渡されたのは・・・1輪の花。真っ白で綺麗な、花だった。・・・花を渡す?もしかして・・・・・・。
「・・・あ、アンタは」
ようやく出せた擦れた声で彼に問う。彼は不機嫌そうな顔のまま、それでいて心配そうに、アタシを見下ろしている。
「間に合って良かった。怪我はないな?」
「え、う、うん・・・・・・助けて、くれた?」
男は肯定として、ニッコリ微笑んでくれた。そんな様子から取り残された王子とメリア様は、アタシ達に対し怒号を浴びせる。
「ほぉ、偽の聖女め。今度は魔物や魔人に対して干渉を求めるのか。さらに罪を重ねたな!」
「ジュリイ、貴女はいくら罪を重ねれば気が済むの!?」
そんな、違う・・・!アタシがそう答えようとすると「黙れ」と男が威圧感を出して2人を黙らせた。
「我らは我らの意志で、この娘を助けたに過ぎない。勝手な想像はやめてもらおう。それ以上彼女への無駄口を叩くのなら・・・大量の血が流れることになるぞ」
その言葉に、周囲の空気が凍りつく。アタシを抱えていながら、彼が本気なのは伝わってきた。王子達もそれを察したようで、互いに目配せをして距離を取る。その様子を見て男はニヤリと笑うと、再び王子に声をかける。
「・・・なら1つ取引をしよう。この娘の処刑を取りやめろ」
「何を言ってるの!?彼女は罪人よ、神のお告げで処刑は確定しているわ!そんなことをしてご加護がなくなれば、どうなると思っているのかしら!?」
・・・・・・メリア様から直接言われると、改めてショックが隠せない。
「タダでは嫌だ、と。では・・・・・・この娘は我らが貰おう。その暁には、貴様らの国から魔物どもの介入は一切消させてもらう」
邪魔者は消せる上に、魔物の侵入がなくなるという、人々にとっては良いことしかない取引。当然王子たちは、快く受け入れてくれた。それは、アタシがこの国から呆気なく見放されたことを意味する。
「ではさらばだ」と男が言うと、ポチはすぐさま攻撃を止める。そして・・・小型犬ほどだった姿が馬くらいになると、そのまま宙を駆け抜け、アタシ達を背中に乗せてくれる。そして処刑場から、あの国から、あっという間に離れていった。
事実だけ見れば、アタシは見捨てられた。国のために、魔物に売られた。
でも不思議と、怖くない。むしろ、嬉しかった。アタシのことを助けようとしてくれた人がいたことが。アタシのことを、信じてくれていることが。
「・・・・・・ありがとう、アタシを救ってくれて」
思わず呟いてしまった感謝の言葉。それに彼は「礼などいらん」とぶっきらぼうに応えた。
「いや~、良かったです!計画が成功するか不安で、昨夜はヴェル様でも一睡も出来なかったみたいですが・・・お体を壊さなくて!」
「うがぁあ!それは良い、黙ってろポチ!」
和やかな会話に、クスッと笑ってしまった。男はコホンと咳払いをすると、改めて自己紹介をしてくれた。
「突然のことで済まなかった、1つずつ説明しよう。私はヴェルニスト、かの国近くの魔界に住む魔人だ」
「ジュリイ様のお姿や歌に一目惚れして、花とか色々贈ってました!」
ポチの台詞に、ヴェルニストは「ど、堂々と言うな!」と赤ら顔でツッコミを入れた。魔界にある彼の拠点へ行くまでの途中で、ヴェルは色々教えてくれる。
「今回の偽の聖女騒動も既に把握している。貴様は嵌められたのだ」
「は、嵌められた?」
「そうだ。元凶はメリア・モルゲータ、彼女は都合良くお前だけに汚名を着せた。面倒な執務を怠けようと、選ばれていない者を聖女とし、聖歌を歌わせたのはメリアだろう。しかしそれが明らかになれば、お前だけでなくメリアまでもが糾弾される。
だから病気気味だったことを毒を盛られたことにし、ちゃっかり他の使用人を買収して、お前を“聖女に毒を盛って殺しを企み、自らが歌唄い聖女になろうとした悪女”に仕立てたのだ。自分への被害をもみ消し、今後の聖女の立ち位置を守るためにな」
そ、そんな!じゃあアタシは、利用されたっていうのか?愕然とするアタシに、ヴェルは言葉を続ける。
「メリアの狙いは、お前を悪者にして全ての罪を押し付けること。そして偽の聖女を裁くことで、改めて王子と国の頂点に立つことだろう。まぁ、私がお前を連れ去ったことで、形は違うとも果たされたろうな。今頃奴らは安堵しているだろう、偽の聖女がいなくなった上に、魔物が消えたことに。
だが・・・・・・アイツらは、真実を知らぬようだな。後悔してももう遅い」
どういうことだ?とつい尋ねると、ヴェルは再びニヤリと笑う。「直に、奴らは痛いほど分かる」と不思議な言葉を告げて。
○
偽の聖女を裁き、メリアは有頂天になっていた。面倒事を押しつけた邪魔者だけでなく、国を脅かす魔物までいなくなるなんて!自分には汚名など1つもない、面倒な歌唄い聖女の任務も軽くなる、相思相愛の王子と共にいられる。全て良い方向に進んでいる、なんて素晴らしいの!と。
「これで王子とずっと一緒ですね」
「あぁ、そうだな。近々婚約披露をしようと思う」
そんな幸せ絶頂な2人に、「王子!聖女様!」と兵士達が慌てて駆け寄ってきた。せっかくのムードを邪魔され、メリアはムッとする。
「何だ、そんなに慌てて」
「た、大変です!近くの川で洪水が発生し・・・川近くの村や町に被害が出ているとのことです!」
「しかもその勢いは留まるところを知らないらしく、このままでは我が国に甚大な被害が出る可能性があります!」
「なっ!?」
メリアは青ざめる。それに合わさるかのように、「王子!南方より緊急連絡です」と、さらに別の兵士がやって来た。
「一体どうしたと言うんだ!」
「先程、我が国の南方で地震が発生し、多くの家屋が倒壊したとの知らせが!」
「じ、地震!?」
その後も次々と、地震による火事やら洪水による土砂崩れやらが報告されていく。多くの災害が、一斉に国を襲っているのだ。
おかしい、明らかにおかしい。この国は神の加護を持つ聖女の聖歌があるのだから、災害など滅多に起こらないというのに!同じタイミングで、幾つも災害が起きるだなんて・・・・・・!
「聖女がいるというのに・・・災いを呼ぶ魔物を追い払ったというのに・・・何故、このようなことに?」
王子もメリアも、異常事態に冷や汗をかくことしかできなかった・・・・・・。
○
「・・・・・・魔物が、あの国を天災から守っていた?」
「そう、それが真実だ。魔物や魔人の持つ力は、他の災いを防ぐ役割を担っていた。故に聖女の聖歌は、魔物の侵入を防ぐモノではなく、天災から国を守る魔物たちへの感謝の意を示すものだった。故に魔物が消えれば、加護も消える。
しかし時代が進んで伝承が歪曲し、いつしかあの国の人間は勘違いをした。魔物や魔人は害悪な存在だと。これからあの国の人々は天災と向き合い、生きていく必要があるな」
そんな、それじゃアタシのせいで皆苦しむんじゃ・・・。そう思っていると、ポチが会話に入る。
「ジュリイ、元々人間は、天災と向き合って生きる生き物なの。あの国が特殊すぎただけ、そろそろあの国は変わらなくちゃいけないよ」
ポチの言葉に、アタシはそうなのか・・・と思うしかなかった。あの国で生まれ育っただけだと、知らないことが多いんだな。
「・・・そろそろ魔界だ、しっかり捕まっていろ!」
風圧を強く感じ、アタシは思わず目を閉じた。すると次の瞬間には、何かが通り抜けたような感覚があった。そして目を開けると・・・・・・そこは魔界だった。
でも、思ってたのと全く違う。絵本で見たような黒い雲に枯れた大地、おどろおどろしさなんか一切なかった。空は青いし木々は色づいている。アタシがいた森と何ら変わらない。空気も息苦しいとかそういうのではなく、なんだろう・・・心が落ち着く?ここは本当に、アタシが住んでいた世界とは別次元の場所なのか?って思うくらいだ。
「ジュリイ、これからはお前の好きなままに生きろ。お前の夢なら応援する、我々はいつでも味方だ」
「え、ヴェル様!ヴェル様の家にお迎えするんじゃ・・・」
「馬鹿者!ジュリイの気持ちを考えずに決めることなど出来るか!」
2人のやり取りを見て、つい笑ってしまう。あぁ、コイツらに出会えて良かった。きっと彼らがいなかったら、アタシは今頃牢屋の中か谷底で息絶えていたんだろう。
離れたくない、信じてくれる人の側にいたい。その思いが、言葉に乗る。
「・・・・・・アタシは、ここにいてもいいか」
「勿論だ、ようこそ我が家へ。歓迎しよう、ジュリィ」
アタシは涙を浮かべながら、ヴェルに抱きついた。彼も優しく抱きしめてくれて、それが余計に嬉しくて泣き続けた。
これは魔界に迎えられた、歌好きな少女の物語。
fin.
読んでいただきありがとうございます!
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