誠とミクのデートは、すみだメタバース水族館で
春は恋の季節。そして、嵐の季節でもある。
「誠! GWにふたりで観光しましょう!」
突然、横田誠の部屋に押しかけて、ミクは言った。
「観光?」
「あたし、日本に来たの初めてだし。いろいろ観て周りたい」
「いいよ。どっか行きたいところある?」
「浅草。スカイツリー。水族館。もんじゃ焼き」
「何日にしようか?」
「いつもでいいよ。誠の都合に合わせる」
「誠。GWにふたりで観光しませんか」
突然、横田誠の部屋に押しかけて、小松彩は言った。
「観光?」
「私、日本に来たのが初めてなので、いろいろ観て周りたいです」
「いいよ。どっか行きたいところある?」
「高尾山へ行ってみたいです」
「何日にしようか?」
「いつもでいいです。誠の都合に合わせます」
最初の嵐はミクによって巻き起こる。GWに突入する最後の夜。みんなで食事をしながら突然、言った。
「誠。今度のデート、楽しみだね」
それまで和やかだった夕食の卓が、一瞬で凍りついた。
凍りついた場を打破する口火を切ったのは、陽子だった。
「デート?」
「そうなんです。今度、誠とデートするの」
「へー。どこに?」
「浅草とかスカイツリーとか水族館とか」
「ふ~ん」
陽子はギラっと、誠をにらむ。空気を察して、キャンディが言う。
「ミク。そういうことをここで言っちゃだめ」
「なんで?」
「デートっていうのはね、秘め事なの」
「秘め事」
「ふたりだけのね」
「もしかして、やらかしちゃいましたか。あたし」
「やらかしちゃったねー。盛大に」
「ごめんね、誠」
「楽しみなのは俺も同じ気持ちだから」
「やった」
彩は平静を装っているが、内心、穏やかじゃない。彩以上に動揺しているのが、陽子だ。
お兄ちゃんが女の子でデート!? しかもミクさんと? いやいや、ちょっと待ってよ。ミクさんがあたしの義姉になるの? ミクさんはお兄ちゃんの正体を知らなさすぎる。ミクさんが可愛そう。これは、なんとかせねば。
彩はこの気持ちを、るるに愚痴った。
「誠くんが、ミクちゃんとデートするそうです」
「なにそれ? 彩ちゃんともデートの約束、してるよね。二股じゃん」
「正直、妬けます。でも、私と誠さん、正式にお付き合いしてる訳ではありませんし」
「そんな弱腰じゃダメだよ。彩さん、誠さんが好きなんでしょう」
「はい」
「だったら、デートなんか許しちゃダメ」
「ミクちゃんに悪いし」
「どうしてライバルに引け目、感じるかなあ」
「私と誠さんのデートもあります」
「そこで挽回する?」
「はい。してみせます」
「その心意気や良し。応援してるから」
「ありがとう」
話は、るるから陽子に飛び火する。
「お兄ちゃん、彩さんともデートの約束してたの!?」
「そうだって」
「二股じゃん。信じられない。ちょっと、お兄ちゃんに文句言ってくる」
「待って。彩さんは、自分で挽回するって」
「大丈夫かなあ」
デート当日。誠とミクは、ふたりそろって家を出て行った。
玄関から出てきたふたりを、物陰から覗き込む、陽子とるる。
「変なことしないよう、監視しなきゃ」
「行きましょう」
ふたりは、誠とミクの跡をつける。
最初にやって来たのは、浅草、雷門。
「誠。あの、提灯みたいなのなに?」
「たんなる提灯じゃない? ごめん、詳しくない」
門の左右に、風神と雷神。
「これは知ってる。阿吽でしょ」
「阿吽とは違うかな。風神と雷神。風の神様と、雷の神様」
「八百万の神っていうんでしょ」
ふたりは仲見世通りへ歩いて行く。
その後ろを、陽子とるるがつけている。
「何話してるのかな」
「わかんない」
「ねえ陽子。これはなに?」
「雷門だよ。あっ! 早く! 見失っちゃう」
仲見世通りで、お土産見物。
人形焼きや、げんこつせんべい、酒のおつまみ、惣菜、団子、おもちゃ。見ているだけで飽きない。
ふたりで仲見世を見ながら歩みを進め、宝蔵門をくぐると、本堂が見える。
道の真ん中で、もくもくと煙が立ち上っている。
「誠、あれは?」
「常香炉。あの煙を身体の悪い部分に当てると、良くなるって」
「それじゃ、全身、浴びに行こう!」
ミクはニコニコしながら、小走りで行く。
常香炉に着くと、人の見よう見まねで、煙を頭や身体に掛ける。
「ミク、後ろ向いて」
後ろを向くと、背中にも煙を掛ける。
「あたしもやってあげる」
ふたりで、煙の掛けあいだ。
「なにあれ。バカップルじゃん」
「彩さんにはとても見せられない」
本堂で賽銭を投入し、お祈りをする。
ミクが柏手を打とうとしていたのを、誠があわてて止める。
「お寺は、神様を祀る神社と違って、仏像が祀られているから、柏手は厳禁。手を合わせて、静かにお祈りしよう」
「わかった」
ふたり、静かに手を合わせる。
隅田川の川岸に出る。
水面に太陽が反射して眩しい。すみだリバーウォークを歩きながら、穏やかな水面に目をうつす。ミクが欄干にもたれかかって、真下を眺める。
「魚、いるかな~」
誠はそっと後ろに忍び寄り、両脇で身体を抱えながら、落とすようなしぐさをする。
「キャ!」
「あははは」
「ひっど~い」
「バカップルが過ぎる」
「お兄ちゃん、なにやってんだよ」
東武線の線路下は、とうきょうスカイツリー駅まで、さまざまな店舗が軒を連ねている。
飲食店は、すみだコーヒー、すみだラーメン、すみだ茶、すみだクラフトビア、すみだホットドッグ、もんじゃ焼きなどなど。
ファッションは、すみだ染め、すみだ編み、着物、浴衣、帯、下駄、すみだワンピース、すみだブラウス、すみだTシャツ、すみだバッグ、すみだサンダルなど。
インテリアは、江戸切子、番傘、扇子、日本刀まで売っている。
「あたし、日本刀見たの、初めてです」
「俺も初めて」
「日本刀まで売ってるなんてすごい」
「アニメや漫画のおかげで、海外からの観光客に人気だからね」
「でも、日本は銃とか刀とか禁止だよね」
「外国からの観光客が、お土産に買って帰る分には問題ないらしい。っていうか、外貨獲得のために、推奨してるよ」
そして、ひときわカットが光り輝く、江戸切子。
「綺麗…」
「買う?」
「うん」
「どれにする?」
「この、ペア」
「ペア?」
「あたし用と、誠用ね」
誠は、ちょっと顔を紅く染める。
ふたりでもんじゃを食べる。離れた席で、陽子とるるも、もんじゃを食べる。
スカイツリーの展望台に上り、富士山を観て、すみだメタバース水族館へ。
水族館に入ると、ふたりの周り、360度が立体的に奥行きのある海の中へ。ふたりは、砂地に波紋の広がる海底を歩く。海面から太陽の光が差し込み、海の中を碧く照らし、海底にきらきらと反射する。ふたりの周りを色鮮やかな魚が泳ぎ、大きなサメや、小魚の群れが大きな塊になって、横切って行く。手を伸ばせばつかめそうなところまで近づいたと思うと、あっという間に、海の藍の奥へ泳ぎ去ってしまった。
館内アナウンスが流れる。
『すみだメタバース水族館へようこそ。これからあなたたちを、地球の海の中へ誘いましょう』
海底の砂地から、チンアナゴやニシキアナゴが顔を出し、海流に乗ってやって来るプランクトンを食べている。突然、全てのアナゴが一斉に砂の中へ潜った。そこに、大型のブダイが悠然と泳いで行った。
砂地を進むと、色鮮やかなサンゴ礁が現れる。
サンゴの周りでは、赤、青、黄に彩られた小さな熱帯魚が泳ぎ、エンゼルフィッシュやカワハギもいて、イソギンチャクの中にはカクレクマノミがかくれんぼ。
『私たちは、太平洋のサンゴ礁にやってきた。サンゴ礁は色鮮やかな魚たちの楽園だ』
ふと、ふたりに影が落ちる。見上げるとそこには、オニイトマキエイの群れが、悠然と泳いでゆく。
場面は突然、底深い大海へと変わる。
『ここは、太平洋の真ん中』
遠くから、クロマグロの大群がやってきて、猛スピードでふたりの周りを駆け抜け、遠くへ泳ぎ去って行った。そのあとを、ジンベイザメがゆっくりと横切ってゆく。水面近くを、マッコウクジラの群れが、潮を吹きながら力強く泳いでゆく。群れは子供を連れた5~6頭。力強く、一呼吸すると、頭を真下に逆立ちして、一気に深海へ潜ってゆく。ほの暗い海底の奥底へ消えて見えなくなるまで。
『マッコウクジラを追ってみましょう』
辺りはどんどん暗くなってゆく。
『さすがに人の目では、なにも見えません。ちょっとだけ、明かりを点けましょう』
辺りは、淡い緑色の濃淡で照らされ、マッコウクジラの輪郭もはっきりとわかる。
突然、マッコウクジラが方向転換。その先に、ダイオウイカの姿が。ダイオウイカを追うマッコウクジラ。必死の逃走にもかかわらず、ダイオウイカは、マッコウクジラに捕らえられてしまう。ダイオウイカは、マッコウクジラの頭に吸盤をはりつけ、必死に逃げようとするが、やがて、マッコウクジラに飲みこまれてしまう。
『さらに深く潜ってみましょう』
やがて、海底にたどり着く。そこには、ゆっくりと泳ぐ魚や、クラゲのような不思議な形をした生物が、多数、揺らめいている。
『ちょっと明かりを消してみましょう』
緑色の明かりが消えると、生き物たち自身が出す光に満たされる。深海は暗闇ではなく、生き物たちによる自然のイルミネーション。そこに降り立ち、海中を見上げたとしたら、夜空に輝く星空のように、人は感じるだろう。
『太平洋のど真ん中から、一気に南極へ行ってみましょう』
海流に流されて、ふたりは南極の氷塊の下までやってきた。頭上には氷山の峰が険しく尖り、氷の隙間から、太陽の光が漏れて、辺りを碧く染めている。
突然、氷山の角からコウテイペンギンが飛び込んできた。コウテイペンギンは、次々と水の中に飛び込んで、鋭く泳ぎ魚を捕らえる。
お腹がいっぱいになったコウテイペンギンは、氷の上に集まり、列をなして棚氷を行進する。その先には、卵から孵ったばかりの雛を育児中のオスの集団がいる。オスに代わって、足の間に乗せ、口から魚を吐いて雛に餌を与える。オスはまた集団で列をなし、海を目指して棚氷の上を歩いて行く。
『さあ、今度は地球の反対側。北極海へワープ!』
景色は変わらないが、目の前を、クリオネがゆらゆら泳いでいる。
目の前を、大きなゴマフアザラシが体をくねらせながら泳いでゆく。棚氷にあがると、なんと、ホッキョクグマと遭遇。ゴマフアザラシはホッキョクグマの餌となってしまった。
『これが生命の営み。最後に、カリフォルニア湾へ行きましょう』
水の中を泳ぐアシカ。海藻を身にまとって、胸の上で貝殻を割るラッコ。
『地球には、多くの生物に満ちあふれています。私たちヒトも、その一員である事を忘れてはいけません』
水族館から出て来るふたり。
「楽しかったね」
「前はここに、本物の生き物が飼われ展示されていたらしい」
「昔の映像で見たことあります」
「動物を狭い檻に入れて展示するのは、動物愛護に反するって理由で、世界条約で禁止されたからね」
「本物を見たかったら、生きている場所へ行けってことね」
「種族維持なら、園を運営するより、環境保護に力を入れる方が、合理的だしね」
ふたりに遅れて、陽子とるるが出て来る。
「楽しかったー」
「おもしろかったね」
「あれ? ふたり、どこ行った?」
「ねえ。あたしたちが水族館に入る必要、なかったんじゃね?」