8、アスモデウスの家
漆黒のサタン8、アスモデウスの家
朝に入った施術協会本部の表の入り口とは別に、馬車を乗り付けさせる入り口が裏にあって、そこに大きな幌馬車が馬一頭に繋がれて停めてあった。
もちろん。バーミリオンとピュースが調達したものだろう。
多少荷物が増えた私とアスモデウスがパカパカと青毛のサラブレッドに乗ってそれに正面から近づくと、御者席からバーミリオンが出てきた。
「よう。なんとか知り合いの行商から借りられたぜ。そっちも準備万全か?」
「まあまあかな」
「まあまあって・・・。安全を担ってるんだから万全を期してくれよ」
「大丈夫大丈夫。お前らの命など安いものだ」
「・・・言い方おかしいだろ」
「そう言うお前の準備は万全なのか?野晒しで野宿とか嫌だぞ」
「それは俺も嫌だ。テントと寝袋を用意したよ」
寝袋か。初体験だ。年甲斐もなくワクワクしてきてしまった。
「買ってきた装備品は幌馬車にしまっておけばいいのかしら?」
「そうだな。スカーレット達が帰ったら食料品も一緒に全部積めておこう。明日すぐ出発できるようにな。今夜のところは協会の敷地内に置かせてもらおう」
アスモデウスが私の馬の尻に積んだ装備品を撫でながら言うと、バーミリオンが答えた。
幌馬車に繋がれている馬を見ると、図体デカイ白いペルシュロンの駄馬がのほほんとした顔で立っていた。
こいつが私のサラブレッドの相棒とは、馬が合いそうにないな。馬だけにな。
サラブレッドに乗ったまま白い帆布が張られた幌の後ろに回り込むと、中でピュースが荷造りしていた。
「荷物をこっちに渡してくれるかな」
「ありがとうございます」
そう言ってアスモデウスが馬を降りて荷物を少しずつ手渡していく。
「街道を旅するなんてボクらははじめてのことだ。モンスターが居なくなったとはいえ、どうなるのか心配しかないよ」
「そうですね。私もはじめてなので不安しかないです」
なんとも先行きが暗い会話だ。
しかしアスモデウスは初めてではないだろう。魔王にあてがわれたどこかの城からここに移ってきたのだから。
息を吐くように嘘をつくアスモデウスを馬上で見下ろしながら、私は恐ろしさにブルッと震えた。
荷物を積み込み終えると、私達は挨拶をしてバーミリオンとピュースと別れた。
サラブレッドに乗って今度はアスモデウスの住んでいる借家に向かうことにする。
「どんな家に住んでいるのだ?」
「安いアパートよ。狭いんだから期待しないでよね」
「なんでそんな場所に住んでいるのだ?」
「そんなに給料よくないし、隠れ住んでるんだから目立ちたくないの」
「ふーん」
パカパカと馬を歩かせながら向かうのは、派手な大通りから外れた質素な建物が並ぶ住宅街だった。
水路沿いに道路が通っていて、その脇に三角屋根の2階建て3階建ての借家が並んでいる。
街路樹や広場なども所々に置かれてあって、住みやすい空間になっているようだ。
ずっと城住まいの私には全てが珍しい光景だが、いわゆる郷愁を誘うというような、落ち着いた街並みに私はうーんと頷いた。
「悪くないではないか」
「あら、ありがと。あなたにそう言ってもらえるとは思わなかったわ。落ち着いた雰囲気が私も気に入ってるの」
私達が止まったのは白い壁に赤い煉瓦の縁取りをしたオシャレな3階建ての建物。屋根はオレンジ色の瓦が敷き詰めてある。
街路樹に馬を繋ぐ。馬にくわえさせていた剣を口から剥がして背中に背負おうとすると、鞘がヨダレでベタベタになっていた。後で洗わなければ。
それは良いとして早速建物に入ってみる。
入ってすぐに廊下が奥に伸びていて、横に上に上がる階段がある。アスモデウスはその階段を上がっていく。
2階の一室がアスモデウスの部屋らしい。鍵を開けて入っていく。
当然私も続いて入っていく。
部屋は居間と洗面所、キッチンと奥には寝室。あまり広くないが一応生活できるスペースは整っているようだ。
それぞれ綺麗な装飾がされ、白い壁紙、黄色いカーテン、薄紫のテーブルクロス、暖炉の上に銀の猫の置物、ソファーには落ち着いた青色のクッション、本棚には古めかしい本が並んでいた。
「私もここに住みたい」
「開口一番なにふざけたこと言ってるのよ。狭いって言ったでしょ」
キツイ返しを受けてしまった。ヒドイ。
「それじゃあ、夕食を作るから、そこに掛けてて」
ショックでうつむいている私にアスモデウスがそう言ってキッチンに入っていく。
キッチンはカウンターのようになっているキッチン台を境にすぐ隣だ。
私はキッチン台の横に置いてある椅子に腰掛け、肘をつきながら料理しているアスモデウスを眺めている。
「悪いなー。何から何まで」
「悪いなんて思ってないくせに。まあいいわよ。私も意外と楽しいから」
アスモデウスの言葉に私は嬉しくなる。
「こうして姉妹仲良く一緒に居れるのが正しい姿なのだー。玉座争奪戦はともかく、みんなともいずれ会いたいものだ」
「そうねー。居場所が分からないというのが最大の難問ね。でも私達の城は人里離れた場所にあったけど、今やモンスターが消えて人々がいろんな所に出掛けるようになったから、そのうち謎の城発見という噂になったりするかもしれないわね」
「おお、なるほど。そういえばお前の城はどこにあったのだ?いつくらいにこの街に移り住んできたのだ?母君やメイド達はどこにいるのだ?」
「質問ばっかりしないでよ。私の城はザンジバルの山奥にあったわ。物とか食料とかは魔王の分身が飛んで持ってきてたけど、自分の目で見たいもの、知りたいこと、欲しいものは山を降りて街まで行かなきゃならなかった。それが嫌で降りて生活しだしちゃった」
「母君が許したのか?」
「もちろん許可してもらって出てきたけど、お母さんはもう20年も城の生活に馴れちゃってるからメイド達と一緒に城に残ったわ。でも魔王が死んで仕送りが途絶えてるだろうから、今はどうしてるかしらね」
「ここに来たのは?」
「もう5年になるわ」
「そんなにか」
アスモデウスは大人になったのだなー。と感心する。
鍋に水をくべて釜戸にかけるアスモデウス。
部屋の中で火を焚くと煙と煤だらけになるのではないかと見ていると、釜戸の中が勝手に燃えだした。
釜戸の前に付いているつまみで火力を調節できるらしい。
もうひとつの鍋にはチーズを入れてトロトロになるまで煮込み出す。
部屋中にチーズの香ばしい薫りが広がってヨダレが垂れてきそうだ。
沸いた水の鍋には粉末を入れてコーンスープを作っていくようだ。
バゲットを切り分けて皿に盛り付け、トロトロになったチーズをかけてこちらは完成か。
スープを皿に流し込み、クッキーと小さく切ったパセリを振りかけて全部出来上がったようだ。
居間のテーブルに並べてお待ちどうの食事タイムだ。
ソファーに座り早速スープを口に流し込む。
まったりとしたスープにクッキーのとろけた部分とサックリ残っている部分と変化があって面白い。クッキーのバターが染み出てコーンスープに深みと甘味が加わっている。
「美味しいなー。いくらでも食べれそうだ」
「いくらもはないから味わって食べてよ」
チーズのかかったバゲットも芳醇な香りと濃厚な味わいでとても美味しい。
「お前の母君の様子も気になるなー。いずれと言わず、この旅が終わったら会いに行ってみようではないか」
「気にしてくれてありがとう。そうね。状況も変わったし、一度里帰りしてもいいかもね。一緒に行ってくれるの?」
「もちろんだぞ。異母ではあるが姉妹なのだからな」
「お母さんも昔と違って落ち着いてたから、遺産問題でガミガミってことは無いと思うけど。状況が変わって、どうなってるかしらね。そちらも心配だわ」
「ハハハ。私の母君は私にせっついていたがな」
「それで玉座の争奪戦って言ってたの?サタンのママは変わってないみたいねー」
モグモグ食べながらアスモデウスがさらに聞いてきた。
「それで?今回の事はどこまでやるつもりなの?」
「どこまでとは?」
「確かに魔王の出生の秘密とか、グローリーの事、施術の事とか、気にはなるけど、最近交代したばかりの現理事長が全てを知っているとは思えない。その場合どこまで調べるために動くつもりなの?」
「それは理事長とやらに会ってみないと分からないな」
「それはそうだけど、今回の旅でもし情報が掴めなかったら、司書の仕事もあるし、私は降りるわよ?」
「えー。一緒に調べたいのだー」
「暇人じゃないんだから。家賃もあるし・・・」
「里帰りすると言ったではないか」
「それは後の事よ」
うーん。アスモデウスと一緒に旅ができるのは目下のところこの10日間というのか。
食事を終えたので私は洗面所で水浴びをすることにした。
「私のパンツの替えが無いのだがどうすればいいのだ?」
「は?それを私に聞かれても困るんだけど・・・」
アスモデウスは信じられないという顔で私を見た。
なんということだ。私はこれから10日間同じパンツで過ごさねばならないというのか。残念すぎる。
「仕方ないわねー。今穿いてるのを洗濯してあげるから、能力で7枚増やしましょう」
「おお。アスモデウスはやはり役に立つなー」
「こんなことで役に立ちたくなかったわよ」
脱衣場で服を脱いでパンツと一緒に自分も洗うことにする。
バスタブに張ってある水を桶に汲んで自分のパンツを洗うのがなんだかむなしい。
アスモデウスが脱衣場で私のパンツを干してくれた。
「可愛いパンツ穿いてるのね」
「淑女たるもの身だしなみには気を付けねばならんのだ」
「淑女と言うより少女っぽいパンツだけどねー」
ピンクのコットンパンツは不評なのだろうか。
「それよりアスモデウスも一緒に水浴びすればいいのではないか?一気に片づくぞ」
「狭いからいいわよ。パンツ増やしとくからゆっくり洗って。それと、水全部使わないでよ?」
バスタブに入ってタオルで体を拭う。
今日はいろんな事が始まった。まだ分からない事だらけだが、しばらくは退屈しないで済みそうだ。
私は今までに体験したことがない冒険に密かに心を踊らせている自分に気が付いた。
面倒臭いと思ってあまり外に出なかったが、こういうのも悪くはないものだ。
体を洗い終えた私は脱衣場で体を拭いて全裸で気が付いた。
「パンツが濡れているので私の穿くものがない。アスモデウス、お前のパンツを貸してくれ」
「それは嫌よ」
「どうしてだ。私もノーパンで過ごさないといけないのか?」
「なんとなく嫌。用意してない自分が悪いんだから贅沢言わないでよね」
「ふん。どうせお前のパンツはブカブカですぐにずれ落ちてしまうだろう。うーん。仕方ない。裸で寝るか」
「ちょっとー!それなら最初から言わないでよ!」
私は奥の寝室に向かってベッドに寝た。
ふかふかのベッドで気持ちいい。これなら全裸でも健やかに眠れそうだぞ。
しばらく経ってベッドの上であっち向いたりこっちに直ったりしていると、アスモデウスもさっぱり綺麗になり、寝間着に着替えて寝室にやって来た。
「あんた本当に遠慮ってものが無いのね。何で私のベッドで寝てるわけよ」
「他に寝る所など無いではないか。まあ、遠慮はいらんのでベッドで共に寝ようではないか」
「私が遠慮するわけないでしょ!寝させてもらうわよ」
燭台の灯りを消してベッドに入るアスモデウス。
私の左で私を向きながら横になる。
「さあ、寝るわよ」
「うーん。眠れないのだ。抱きついてもいいか?」
「は?あんた子供みたいね。昔はもっとしっかりしたイメージだったけど、この10年でいったい何があったのよ?」
「私は変わってないぞ?知った風な顔をして黙って立っていたらみんなが勝手にイメージを作り上げただけなのだ」
私は豊満なアスモデウスの胸に顔を埋めて抱きついた。
Iカップはあろうかという2つの膨らみに包まれながら私は満足感を得た。
ケツもデカイが胸もデカイ。
私もスタイルにはそれなりに自信があるがせいぜいFというところだ。この暴力的な膨らみには危険を感じる。
「はぁー・・・。なんてことをぶっちゃけてんのよ。きっとルーシーが聞いたらビックリするでしょうよ」
アスモデウスが胸に埋めた私の頭をヨシヨシしてくれながら呆れて言った。
ルーシーと違い私は寝ようと思えば寝れる。寝ずにいようと思えば寝ずにいられるが、体力の温存はやはり生物には必須だ。
アイツが異常なのだ。幼少より一睡もしないルーシーが。
とにかく今は眠ろう。明日に始まる冒険のために。




