漆黒のサタン20、グワラン7タイタニア
漆黒のサタン20、グワラン7タイタニア
私とアスモデウスは通された部屋のテラスでテーブルの椅子に腰かけている。
辺りは暗い。
一面芝生に覆われた庭で、所々に生えているブナの木以外に視界に入るものはない。
バエルも使用人たちも出ていって二人だけしかいない。
じきに夕食の迎えが来るというので散策もせずにここで待っているのだ。
「ねえ、どう思う?」
「どうとは?」
「いろんな事が起きてきて整理がつかなくなってるような気がするのよね。私たちはちゃんと前に進んでいるのよね?」
「さあな。我々の目的は魔王とグロウリーの関係を調べること。それに付随して施術の元である青い粉とやらがなんなのかを知っておくのも良いかもしれん。少なくともソロモン山脈で出会ったべリアルとアスタロトは関係ないと思うが、ここのバエルとやらは粉を手に入れる役割がなにかあるのかな」
ボーッとしながらアスモデウスの問いに答える私。
「やっぱりあの人も魔王の娘の一人なのかしら?」
アスモデウスが身を乗り出す。
「その可能性は高い。なーに、パーティーまではまだ日にちがある。その間にハッキリさせればいい」
パーティーとやらの詳細も聞き出して、できるだけの準備もしておきたい。
部屋のドアにノックの音がして使用人から夜食の知らせがあった。
ドアを出ると、向かいの部屋からマゼンタも出てきていて、一緒に1階の奥にあるダイニングに通される。
白を基調とした部屋はこのダイニングも同じで、床、天井、壁、テーブル、椅子に戸棚まで真っ白だ。
当然白いテーブルクロスの上には豪華な料理がすでに並んでいる。
スープにチキンに魚のムニエル。何種類ものチーズにバゲット。それらが椅子の手前に配膳されている。
テーブルは長方形で一番奥の上座の席にはまだ誰もついていない。
左右一つずつ席を空け、その他の席にどうぞと促される。
空いた3つの席には主賓のイズナリオ、マクギリス、バエルが座るのだろう。
他には我々以外に食事は用意されていない。
奥のドアから車椅子を押してバエルが入ってくる。
「どうもお待たせいたしました。イズナリオをお連れしました」
「ちょうど連れて来られたところだ。お久しぶりですな。イズナリオ殿」
バエルの言葉にマゼンタが応える。
イズナリオと呼ばれる車椅子の男はマゼンタの声に手を上げて挨拶をしている。
年齢は40から50といったところか。老人ではない。
しかし見るからに生気がなく、ぐったりとやつれている様子が見てとれた。
どこかを悪くしているということだったが、包帯などの治療痕はない。外傷ではなく内臓関係だろうか?私にはよくわからない。
「マゼンタさんはお元気そうでなによりです。あなた方が来られるとパーティーが盛り上がります。どうぞごゆっくりしていていてください」
「恐れ入ります。こちら協会の者です。えーっと名前は・・・」
バエルに車椅子を押されながら近づくイズナリオが声を発し、マゼンタがまたも応えるが、我々の名前も覚えてないようだ。なんという不届きな。
「ルーシー」
「サラです」
と、我々が答えた。
「ささ、冷めてしまわぬうちに」
イズナリオが着席を促す。
当主というわりには腰が低い紳士のようだ。
イズナリオを上座にして左は席を一つ空けてマゼンタが、右はバエル、私、アスモデウスが座った。
聞きたいことはいろいろ有るのだが、居心地の悪い場違いな雰囲気を感じて発言を躊躇している。そもそもここの二人は当然だが、マゼンタとも今日会ったばかりで共通の話題がない。
パーティーとは何か?破邪の剣は何に使うのか?粉をどうやって手に入れるのか?
そのものズバリ聞いてしまいたいところだが、それを探っていることを知られるのはマズイ気がする。
我々はなにも知らずここに連れて来られた一介の新人協会員なのだ。
「あの・・・失礼ですけど、お体が悪いと聞いたのですが、どこかお悪いのですか?」
アスモデウスがイズナリオに切り出した。
「ん?ああ、まあ、風邪を拗らせたようで体調がすぐれないだけですよ」
衰弱している様子で食が細いかと思いきや、案外バクバク食べているイズナリオが答える。
「風邪?いつからです?」
マゼンタも意外な返答と思い質問をぶつける。
「ひと月程前かな」
イズナリオの返答に、我々は怪訝な顔をしてそれぞれの顔を見回す。
風邪を1ヶ月もひいているというのは聞いたことがない。
なにやらおかしいのではないか・・・?
「医者には診てもらったのでしょうね?そんなに長いのは少々気になりますが」
「ああ、施術師にも来てもらっているよ。皆不思議がっているようだが、私にもどういうわけかわからんのでどうすることもできない」
「今は安定しているようですが、高熱、倦怠感、吐き気、脱力感とそういう症状が続いているんです」
マゼンタとイズナリオの会話にバエルが入る。
「あまり・・・考えたくはないのですが・・・。私の父も引退後に急に老け込んだような症状になりまして・・・」
マゼンタの父、レッド元理事長の話はバーミリオンに聞いたことがあった。
一年前に理事長の座をマゼンタに譲ってから3ヶ月前に死んだと。
「そういうお話でしたな。いや、大変お世話になった方でした。惜しい方を亡くしてしまった。原因は結局わからずじまいでしたか?」
「はい」
イズナリオは目を細める。
マゼンタには何か思うところがあるようだが、それを汲むことはできなかった。
「きっとそのうち良くなりますわ」
バエルが笑顔で言った。
「そうですね。食も進んでいる様子だ。心配はいらないでしょう。そうそう、それよりも驚きましたよ。この娘・・・いやバエルさんを養女になさったんですね」
「ああ、はっはっは。なにぶん女の気がない家庭でしてな。マクギリスはよくやってますが家を空けることが多くていけません」
「フッフッフッフ。驚いたでしょうね。私も驚きましたもの」
私も驚くべきかもしれないな。
魔王の隠し子である女がこんなところで金持ちの養女になっているというのはなんの因果か。
ドアが開け放たれ、一人の男が突然に入ってきた。
注目する一同。
「今戻った。いやー、マゼンタ理事長がお越しになっていると聞いて急ぎましたよ。お久しぶりです」
「お忙しいようですね」
マゼンタは席を立とうとしたが入ってきた男、マクギリスがそれを制して使用人に上着を渡してマゼンタの隣に座った。
「理事長と親睦を深める良い機会ですからね」
「ご熱心ですね」
「それはまあ。まあ、食事中すみません」
「構いませんが」
「それで父さん、お加減は?」
マクギリスから見て左のイズナリオに話しかけるマクギリス。
「今日は随分良いよ」
「それは良かった。委員でもまだ父さんの影響が多大に残っていますからね、元気でいてもらわないと。バエル。他の参加者の方は?」
「今のところはまだですね。マゼンタ理事長様がお越しと聞けば明日にでも訪れるのではないですか。普段通りなら当日の直前にお見えになるでしょう」
「私に接待しても粉の分配率に変わりはありませんよ」
「いやいや、それはやってみないとわからないでしょう?お父上に特別処置でいただいたこともありましたからね」
「この街の発展は私達にとってもありがたいことではありますが、噂になると各方面から不満が噴出してしまいかねませんのでね。そもそもここに来ていることすら秘密にしているのですから」
「あっはっはっは。もちろん心得ていますよ。それをふまえてプレゼンを聞いてもらってこちらの熱意を知っていただけると、心変わりだってあり得るかもしれない。そちらに有用とわかれば心も動くはずです」
「熱心なのは感心ですけどね」
「はっはっは。まあその話はパーティー当日にでも。それより今回のお連れの方々はいつもの女性とは趣が違いますね」
「こちらルーシーさん奥がサラさん。でしたわね?そういえばいつもの方々とは感じが違いますわね?マゼンタ理事長、女性の趣味がお変わりになりましたの?」
今更ながら私とアスモデウスを紹介するバエル。
「どういう連れだと思われているのやら。ただの部下ですよ」
「この屋敷はどうです?不都合があるならなんでも言ってくださいよ。パーティーまではまだ数日ある。退屈しないようもてなさなければね」
マクギリスという男は快活に愛想よく全員に話し掛けている。
政治家ということだが、気配りのできるやり手のようだ。
「恐れ入ります。とても豪華なお屋敷でゆっくりできています。パーティーのある日までお世話になるかと思いますので、どうかよろしくお願いいたします」
アスモデウスはそれに応えた。
「普段の女達と我々と、どう違うというのだ?」
私は疑問を口にした。
「ちょっと・・・!」
アスモデウスが焦って小声で私の左手をつかむ。
「ふふ。どう違うかと言われると、まさにそれですよと返すしかありませんね」
「それ?」
「堂々とした振る舞いというのか、物怖じせずに我々を見ている。これまで来たお連れの方々もいろんな方がおられましたが、貴女のような女性ははじめてですね」
「なるほど。新人らしからぬということか。まあ確かにわけもわからずこんな場所に連れて来られれば、普通は戸惑うだろうな」
「おやおや、そうでしたか。なにか事情があるのかな?」
マクギリスはマゼンタの方を見る。
「少々・・・予定が狂ってしまってね。本来連れてくる連れとは異なってしまった」
「それも事情が?」
「リフトで足を滑らせ負傷してしまった。困ったことになったが、ちょうどアーガマから部下が追ってきていて、その者に代理を任せたというわけだ」
「なんと。一昨日のことですか?係りの者に話を聞いてましたよ。まさかマゼンタ理事長のお連れの方だったとは。その後具合はどうです?見舞いに行かせたらもう帰ったということで行方を探せずにいたのですよ」
「大事には至っていません。お気遣いなく」
「それは良かった。リフトの不備が原因ならこちらで保証も考えないといけませんが・・・」
「お気遣いなく。不備が原因ではないでしょう。おそらく」
「ん?ではどういった・・・」
黙してスープを口に運ぶマゼンタ。
なにか思い当たっていることがあるらしいが、それを口にするつもりはないらしい。
「それよりお兄様。噂は本当なのですか?」
「噂?どの噂かな?」
バエルが沈黙に割って話を切り出す。
「ソロモン山脈ですよ。山賊が壊滅したともっぱらの噂。使用人たちが話してましたわ」
「ああ。どうやらそうらしいね。俺も見たわけではないが、報告に上がっているよ。凄惨な姿で山賊らしき男たちが山道の中に放置されていたとね。残念と言うべきか・・・。発見されたとき既に全員野犬に襲われ生存者はなし。事情はまったく不明だったようだ。いったい何があったのやら」
そうか。野犬に襲われ全滅したのか。
おそらく発見したのはアーガマに向かった隊商のジルとミリーの救助隊だろう。我々のすぐあとにあそこを通ったに違いない。救助隊が山賊を助ける義理は無いが、野犬に襲われる前ならばお情けで救ってもらえたやもしれん。だが、どうやら運が無かったようだ。悪いことはできないな。
「時にマゼンタ理事長の道中では大丈夫でしたか?」
「武装をした護衛がついています。我々の前には現れなかった、が・・・」
マゼンタはハッとして私を見た。
「そういえばお前・・・山賊を倒したとか言ってなかったか?」
「言ったが?」
一同私を凝視する。
「倒したって・・・。壊滅させたのか?」
「造作もない」
私は胸を張った。
「冗談でしょう?」
バエルがひきつったように口を出した。
「冗談ではない。捕らえられたジルとミリーを助けたのは私だ」
「まさか・・・」
「スカーレットたちは他に護衛がいたわけではなかったようだが・・・」
マクギリスとマゼンタが疑っているようだ。
「本当なんです。ルーシー一人で山賊35人をやっつけてあんな状態に・・・」
アスモデウスがおろおろといった感じに打ち明けた。
「にわかには信じられないね。もし本当なら凄いことだが・・・」
「凄いどころではありませんわ。話に聞くと相当な厄介者だったらしいですもの。それも人数も多数いたとか。35人と仰りましたわね?一人で相手できる数とは思えませんわ。」
「これはまた仰天なお嬢さんを連れてきてくれましたな」
「まったくです。一人二人追い返した程度と思って気にもとめてなかった・・・」
マクギリス、バエル、イズナリオにマゼンタが私に興味をもったようだ。
「まさか障害罪でお縄になるわけではあるまいな?襲ってきたのはあいつらで私は身を守っただけだぞ」
野犬に食われて死んだのは想定していなかったわけでもないし、むしろ狙い通りだが、それを私の責任にされても困る。
蹴散らす目的であえて近づいたのは黙っておこう。
「あはは。その心配はないよ。むしろ表彰ものだ。パーティーで警備担当のガルスに紹介させてもらいたいな。きっと舌を巻くだろう」
「それならば良いが。モンスター徘徊の後ろに隠れていたときはまだわかるが、今になってあんな物騒な輩を放っておくのはいただけないな。なぜ今まで対処していなかったのだ?」
ニヤっと笑顔をこぼし、私を見るマクギリス。
「それは面目ない。なにせ相手は切れるやつららしいのでね。多数の武装した集団には目もくれず、広いソロモン山脈のどこかに隠れている。皆目手がつけられないといった状況だったんだ」
「そのようだな」
「こちらも納得したよ。どうりで堂々とした佇まいのわけだ。普通のお嬢さんとは一味どころかメニューが違う」
「まあ!お兄様ったら、女性をメニューに例えるなんて品がありませんわよ?」
「おっと失礼。そういう意味ではありませんよ?ふた味どころの違いではないと表現したかっただけで・・・」
「構わんよ」
表面上驚いて見せているが、まだ心底信じているわけではなさそうで、冷静さと慎重さが見てとれる。もし本当ならという体で話を合わせているだけという感じか。部下にでも確認させなければ下手な約束もできないというところだろう。
私も自慢したいわけでもないので、この話を続けられても困る。
「どうやら腕の立つお嬢さんらしいが、どこからやって来たのかな?」
「さあ・・・。私も今日会ったばかりで素性を聞き及んでないのだが」
イズナリオがマゼンタに私のことをうかがっているようだ。
「アーガマに住んでいるただの可愛い女の子だ」
私は自然な自己紹介をした。
一同真顔で聞いているようだが、何か不振な点でもあるのか?
「ハハハ。今度のパーティーは盛り上がりそうですね。マゼンタ理事長だけでなく興味深いゲストも参加していただけるようだ」
マクギリスが笑う。
「そもそもパーティーとはなんのパーティーなのだ?毎週末あると聞いたが、ここの金持ちは暇人なのか」
ついでなので疑問をぶつけてみた。
「あはは。余興をやっているわけではないのですよ。パーティーというのは言わば通称というか、俗称というか・・・」
マクギリスが答えようとするが、立場上喋っていいか迷いがあるのか口が重い。
「前に言っただろう?この街は7人の各分野の主導者が実権を握っていると。ここにいるマクギリスは政治をやっているが他6名は政治家ではない。ではどうやって実権を握っているかというと、このパーティーというものがすり合わせの会議場ということになる。この街においての方針の決定はここで行われるのだ。ある意味真の立法府ということだ」
マゼンタが答えた。
「もちろん普通にパーティーはやっているよ。バンドを呼んでダンスしたりね。自由に話せるよう立食という形でフォーマルに行われている」
マクギリスも付け加えた。
ドレスで着飾るのはそのためなのだろう。
数人が密室で立法を取り決めるというのはどうなのかという疑問はあるが、パーティーそのものに不振なものはないように聞こえる。
問題は我々がなぜそこに参加せねばならないのかということのほうだ。
わざわざ今日一日使って複数の場所で支度をさせられた。
その意味がまったくわからない。
「ふーん。そうなんだ」
パーティー自体の内容に興味を失った私は生返事で適当に答えた。
「ふーん。て」
バエルが突っ込んだ。




