17、グワラン4
漆黒のサタン17、グワラン4
「なんだかあなたと理事長って似てるわね。高圧的なところとか、高圧的なところとか、高圧的なところが」
「待て待て待て。それでは私がまるで高圧的な女のように聞こえるではないか」
「そう聞こえなかったら耳を疑うわよ」
理事長の部屋から出て自分の部屋に戻るときにアスモデウスが私に根も葉もない冗談を言った。
「でもどういう事かしら?大浴場ですって。例の粉となんの関係があるのかしらね?」
「さーな。足を挫いた新人さんに変わって我々をご招待してくれるというならせいぜい乗ってやろうではないか。探る手間が省けたというものだ」
「それはいいけど、あれが残ったままだと力を使うのに抵抗があるわね。スカーレットさんには悪いけど怖くなって見せれなかったわ」
「そっちは問題だな。寝室に怪我人が運ばれてしまっては今後忍び込んでどうするということもできそうにない。眠らせればいいかもしれんが、運び出したところでなー。隠す場所もない。いったい何に使うつもりなのかも想像すらできんし、しばらく棚上げだな」
「何かに使うつもりで持ってきているのに部屋に置いているってことは、まだメインの目的とは違うことをやっているってことよね?」
「そうだな。あれを持ち出すときが本番ということだろう」
部屋で着替えを見繕い廊下に出ると、理事長マゼンタも手荷物を持って降りてきていた。
「さあ、こっちだ。ついてこい」
そう言って我々を先導するマゼンタ。
やれやれと肩をすくみついていく。
「この宿の施設は宿泊客ならどの階の客でも無料で利用できる。お得だろ?遠慮せずに楽しむといい」
手荷物をブンブン振り回しながら廊下を歩くマゼンタ。私の目からは上機嫌にも見える。
さっきまでは心ここに有らずという困り顔だったような気がするのだが。悩みは解決ということか。
廊下の部屋のドアがガチャリと開いて部屋に泊まっていたバーミリオンが顔を出してきた。
普通に今まで寝ていたようで寝ぼけ眼でアクビまじりだったが、廊下を歩くマゼンタの姿を見て目が覚めたようだ。
「え?理事長?もう見つかったのか・・・」
「なんだお前も来ていたのか。用事ならもう済んだようだぞ。お前もアーガマに戻るんだな」
「え?昨日着いたばかりなのに・・・」
呆然と嘆くバーミリオンには応えずに通り過ぎて行くマゼンタ。
後ろからついていく我々がその前を通る。
「いったいどういうことだ?」
「たった今、勝手に戻ってきたのだ。探す必要は無くなったな」
「俺達の役目は・・・?」
「終わりだ」
「マジでか・・・」
私が代わりに相手してやった。さすがになにもしないうちに出番終了というのは消化不良というものだろう。だが、仕方ない。
「カジマさんが別の護衛を探してくれるまでしばらくかかるようですから、それまでは自由で良いのではないでしょうか」
アスモデウスがフォローを入れた。
胸を撫で下ろすバーミリオン。遊びたいだけだな。
レストランやプレイルームを通り越し、廊下の突き当たりに大浴場などの施設があるようだ。当然男湯と女湯で分かれていて我々は女湯に入る。
広い脱衣場だ。棚に篭が置かれていて中にガウンと大小のタオルが入っている。
入浴後はこれを着て部屋に戻ればいいのか。サービスいいな。
朝早いので人は我々以外いないようだ。
「貸し切りみたいだな。では遠慮せずに入ろうか」
私は全裸でガラガラとガラス戸を開けて浴場の方に入った。
脱衣場よりも広い浴場は天然の岩などがあちこち置かれていて、露天風呂のような解放感のある趣向になっていた。風呂も何種類かあり、右に左に奥にと穴に湯が張っていて、温度や成分に違いがあるらしい。
滝のような壁からお湯が流れ出ている所もある。
「おー。いいではないか。これを味わわないで帰るのは勿体ないな」
「もー。一人で先に行かないでよ」
アスモデウスもバスタオルで隠しながら入ってきた。
女しかいないのに隠してどうする。
「なんだか城の浴場を思い出すのだ。ここよりもっと広かったがな」
「そうね。みんなで入ったりしたわね。水だったけど」
「どこかの湧き水だから仕方なかろう」
「それよりいろんなお風呂があるのね。ここはお肌に良いんですってよ?入ってみましょうよ」
アスモデウスがそれぞれの湯船の奥にある壁のプレートを読んで興味を募らせている。
「意外とミーハーだなー。私はもう美貌なら間に合っているぞ」
「じゃあどこに入るのよ?」
「うーむ。壁から滝のようにお湯が噴き出しているではないか。あれが気になる」
「なによ。あなたはお子ちゃまなだけじゃない」
お子ちゃまとは失礼な。
お互い入りたい場所が違ったようなので、とりあえず分かれて入浴する形になった。
私は滝が噴き出ている湯船に入り、手を当てたり、肩に当てたり、頭からかぶってみたりした。
水圧に刺激されて面白い!
「気に入ったようでなによりだ」
気づくとマゼンタも全裸で入って来ていた。
いつの間にか私の側にいて、腿まである湯船に立っている。
「ふん。お湯は気に入ったが、お前は気に入らんな。朝っぱらから風呂に入ってこれからどうしようというのだ?」
「なーに。すぐにわかる。お前達はついてくるだけでいい」
私は睨むようにマゼンタを牽制したが、マゼンタは委細構わず更に私に近づいて来る。
しなやかな身体はハリがあって麗しい。スレンダーな私と比べるとやや筋肉質だが、それが健康的で大変よろしいではないか。
「どこでなにをするつもりなのだ?」
「今は黙って言う通りにしていろ。良いものを見せてやる」
更に更に近づいて来るマゼンタ。もう触れ合いそうな距離だ。
「なんのつも・・・」
りだ、と言おうとしたらマゼンタが私に手を出してきた。
私の腰に手を回し、反応を見るようにそこを擦るマゼンタ。
一瞬ビクリとしたが、まさかこいつ風呂が目的なのではなくて、本当は我々の服を脱がすのが目的だったんじゃあるまいな?
そして、こうやって新人の女を連れ込んで良からぬことを遂げようとしているのでは?
なんとけしからん不届き者か。
私が山賊から助けたジルとミリーにやったように力関係をいいことにハラスメントなことをするつもりなのか。
まったくけしからん。
だが、残念ながら私も同種の趣味なのだ。
お前がそのつもりならば遠慮はいらなそうだな。
私の目を正面から見据えながら手を下の方に下げていくマゼンタ。
「嫌っ!」
私はマゼンタの手から離れるように後ろへ後退した。
一歩後ろは滝が勢い良く飛び出してきていて、そこに頭からかぶる形になった。
マゼンタはうまく逃げられたという顔で棒立ちのまま手を下ろす。
私は湯船で滝に打たれながら、その場にしゃがみこんでいた。
私達の様子を聞きつけてアスモデウスが入り口手前の湯船からこちらに駆けつけてきた。
「どうしたの?」
「滑ったようだ。気をつけておけ」
アスモデウスの乱入に興が削がれたのか、後ろを向いて立ち去るマゼンタ。
滑ったというのは私の足のことか?自分の手のことか?
「なんなの?嫌なんてあなたが叫ぶなんて。ビックリしたわ」
「うーん。私もビックリだ」
私はマゼンタの行為に嫌がったのではない。
私がただならぬものを感じたのはヤツの目だった。なにやら底知れぬ何かを感じた。
ただ女を食い物にしようというのではない。ヤツの目は私ではなく私の先にある何かを見据えていたような気がした。
それがなんなのかはわからない。
このままヤツの言う通りについて行ってしまっていいのか正直微妙だ。
嫌な予感しかしない。
だが、ここで逃げては真相にありつけないだろうし、第一、私が人間ごときに尻尾を巻いて逃げ出すことなどあってはならんのだ。
他に誰も居ないし、あの剣もないここで睡眠縛鎖をかけて終わらせるのも良いが、それではまるで怖がって能力に頼ったみたいに思われてしまうだろう。
ヤツの正体を堂々とこの手で暴いてやろう。
私はそうアスモデウスのでかい胸に誓った。
入浴を終えたというか終わらせた我々は、脱衣場も出て廊下に戻っていた。
3人宿の用意していたガウン姿だ。
脱衣場までは終始無言のままだったが、これからの予定がまったくわからん。
「まだ店が開くまで時間があるな。部屋ででも休んでいろ。9時50分にラウンジに出てきてくれればいい。隣の店で買い物だ」
マゼンタが性懲りもなく私とアスモデウスに命令口調で言い放つ。
さっきの事があっても私がついて行くと思っているのはおめでたい頭だが、仕方ないのでご要望通りついて行ってやろう。
しかし隣の店というとジルとミリーの勤めている頭に天使の銅像が立っている店のことか。
これといって大した場所ではないようで、ちょっとガッカリした。
「買い物ですか?」
「ああ、お前達を着飾らないとな。それじゃあその時間で会おう」
そう言ってマゼンタは一人で早々に行ってしまった。
「我々を着飾る?いったいどういうつもりなのだ?」
「さーね。好意でってことは無いでしょうけど」
次の目的がわかったので一応は安心したが、依然理解不能だ。
まあ、ジルとミリーには会いに行くつもりだったのでちょうどいいか。
「まだ7時前ね。9時50分までどうする?」
「せっかく風呂に入って汗をかくのもなんだし部屋で寝直すか」
「せっかくって言うならせっかく遠出してるんだから色々見て回りましょうよ。朝食も食べたいし」
「やれやれ。遊びに来たわけではないぞ」
「そうだったわね。確か暇潰しだったと思うけど」
「しょうがないなー。見たいところに連れて行かれてやろうではないか」
「外に出るほどの時間も無いし、結局まだ早いから、とにかく宿の施設を見て回りましょう」
そう言って近くの施設をブラブラ歩くことにしたようだ。
卓球やテニスコートにはさすがに人は居なかったが、トレーニングルームには人がいた。
ピュースだった。
ピュースは床がグルグルとベルトコンベアのように回るランニングマシンで走っている。
「あら、ピュースさん、おはようございます。朝からトレーニングですか?」
「やあ、おはよう。さっきバーミリオンに聞いたよ。理事長が早速帰って来たってね。まったく出鼻を挫かれたわけだね」
「そうですね。色々見て回れると思ったのに残念でした」
「ははは。目的が達成されないよりは良いんだろうけど、肩透かしだよね。それよりお二人とも良い格好してるね。目のやり場に困るよ」
我々のガウンがエッチ過ぎたか。
アスモデウスとピュースが社交的な会話をしている。
「邪魔するのもなんだし次に行こうではないか」
私はアスモデウスをエッチな目で見ているピュースから避けるためにその場を離れた。
お土産屋さんに行くと今度はクリムゾンがいた。
「あ、お、おはよう、ございます。お風呂に入ったんですか?」
「ああ。理事長に入れと言われたからな」
「え?り、理事長?」
クリムゾンに私が答えてやると、まだ知らなかったのか目を白黒させた。
経緯を教えると他3人同様落ち込んだが、とりあえず役目を果たせた安堵もしているようだった。
「そ、それより、これを見てください。グロムリン人形と、言うそうです。なんだかヘンテコで面白いです」
二足歩行の亀みたいな人形が山積みになって売店で売られている。
「面白いは面白いですけどね・・・」
アスモデウスは苦笑いだ。
「い、いくつか買ってアーガマの開発部に飾っておきましょう。今回の旅の記念にもな、なると思うんです」
クリムゾンは興奮ぎみで購入意欲満々だ。
そうか、クリムゾンは我々が今後もずっと施術協会開発部で一緒に働くのだと思っているんだな。
我々はグロウリーの正体と我が父魔王の関連を探れさえすれば、こんなところに用はない。
さっさとオサラバするつもりなのだ。
そう思うと悪いことをしていると胸が痛くなってしまう。
アスモデウスもそう思っているのか、ちょっとしんみりしている。
「そうですね。きっと良い思い出になります。私も買っておこう」
感傷に流されてかアスモデウスも買うと言い出した。
悪いが私はそんなものを買う気にはまったくなれない。
なぜならお金が無いからだ。
その後、クリムゾンも誘って朝食へと向かう我々だった。