16、グワラン3
漆黒のサタン16、グワラン3
部屋のベッドで眠りこけていた私とアスモデウスだったが、騒々しくスカーレットが部屋をノックする音が聞こえた。
「ルーシーちゃん、サラさん起きてー!理事長が戻ってきたのよー!」
はっと目を覚ます我々。
時計は午前6時。
しまった!というのが私の一番の感想だった。
前述した通り、昨日理事長の部屋で見つけた破邪の剣。それをそのまま置いてきてしまっている。
まさかこんなに早く理事長が戻るとは思っていなかったので処遇を保留にしてしまっていたのだ。
すり替えるにしてもすり替える代用品など私の手元の剣ぐらいしかない。
アスモデウスの能力では増やすことしかできない。増やしてどうするという感じだ。
私とアスモデウスはそれぞれのベッドに起き上がり顔を見合わせる。
とにかく行ってみるしかない。
部屋を出てスカーレットと合流、スカーレットの視線はフロントに向いている。
部屋の前の廊下からフロントに向かう。
ドヤドヤとした騒々しさがそこにあった。
数人がたむろしている。
何事かと見ていると、足を怪我した女が男に肩を担がれている。
男はフロントのテーブルで酒を飲んでいたカジマだ。女は知らない。
それを数人があたふたと手伝っている。
部屋に女を運ぶようで我々は道をあける。
呆気にとられるが今のが理事長だったのか?
と思ったら入り口の方で話し声がした。
「理事長。どうしたんですか?モーリンでしたっけ?どこであんな怪我を?」
「一昨日リフトから落っこちてしまってな。昨日は療養所で診てもらっていた。それよりマオ、モーリンを診てやっててくれ」
「はい」
男が理事長とやらに話しかけていて、理事長が後ろに控えていた別の女に指示を出している。
マオという女はカジマが連れていったモーリンという女の後を追う。
「ご予定のほどは?もうお済みになったんですか?」
「いや、まだだ・・・。困ったことになった」
しばしの沈黙。理事長は入り口からラウンジのテーブルに歩む。それを取り巻く一団も辺りに佇むばかりで困惑しているようだ。
やっと状況が落ち着いた。昨日昼飯時に店で聞いたリフトから落ちた観光客というのは理事長の連れの女モーリンということだったのか。
まさかの偶然に戦慄し青くなる。
「あのー、理事長、ちょっとよろしいですか?」
私の側で見守っていたスカーレットがおずおずと前に出て理事長に話しかけた。
「ん?スカーレットか?なぜお前がここにいる?」
「理事長に取り急ぎのお話があってー、追ってきたんですー」
理事長に対してもおっとりとした話し方は変わらない。
理事長の方は驚いた様子だったが、それよりも気掛かりなことがあるようで、心ここに有らずだ。
「えーっと、大変重要なお話なんですー。ねぇ、サラさん?」
後ろで控えていた我々を振り向くスカーレット。
そう言えば理事長に会うまで考えておけと言われていたのだったか。
謎の粉を増殖するメモ紙のことを。
「はじめまして。私は最近施術協会に参加させてもらったサラと申します。理事長に折り入ってお話がありまして、聞いていただけると嬉しいのですが」
アスモデウスもスカーレットにならって前に出て理事長に話す。
が、顔はしぶしぶやむを得ずといった感じだ。
「なんだ?」
なかなか要件を言わないことに若干イライラしているようで、理事長は長話には付き合ってられないとばかりに続きを促した。
「パウダーのことで・・・」
アスモデウスのその一言でやっと視線を合わせる気になった理事長。
一瞥をくれると、周囲に屯っていた取り巻きの一団、おそらくカジマの仲間の護衛達に声をかけた。
「フィリップ、ここはもういい。滞在はしばらく伸びるだろうからそのつもりで予定を延長しろ」
「そりゃ構いませんがね。いつもよりってなら長くなりそうですね」
「払うものは払うから安心しろ。カズマが降りてきたら数日どこかで羽を伸ばしたらどうだ?」
「そっちの心配はしてませんがね、そういうことならお休みをいただきましょう」
護衛の一団に一言言い付けておいてドカドカと我々のところに歩みを進める。
「部屋で話をしよう。着いて来い」
理事長はそのまま我々を通りすぎ上階へ上がる階段を歩きだした。
私とアスモデウスは顔を見合わせる。
理事長の部屋にはあれがある。木箱に入っているとはいえ、我々にとって不気味な存在であることにかわりはない。
よもやここに来て妙な事態に陥ることになるとは想像もしていなかった。
あの剣が使われれば我々の能力が無効化されてしまう。
さすれば我々の出自が見抜かれてしまうかもしれない。
見抜かれたとてどうということはない。私の剣術は能力ではないので無効化されることはない。斬って捨てればよいだけのことだ。
だが、今まで施術だと偽っていたことがバレれば恥ずかしいではないか。
顔が赤くなってしまうのを見られるのは避けたいところだ。
我々も理事長の後を追って階段を上がろうとしたが、スカーレットはハッとして1階の廊下を駆けていった。そして自分の部屋から小さな箱を持ってきて再び我々と合流した。
言葉もなくそれを見届けると3人そろって理事長の後を追って階段を上がった。
昨日忍び込んだ305号室へと入る我々。
マゼンタ理事長はリビングのソファーに座っていた。
奥の寝室には足を挫いたモーリンを寝かせてマオとカジマが看ているようだ。心配そうな話し声が聞こえる。
やや大げさな気もするが、旅先で不馴れな地では色々面倒もあるのだろう。
それを無視して理事長が我々もテーブルをはさんだソファーに座れと手でジェスチャーする。促されるままそこに構える我々。
歳は20代と聞いていたがそれよりは老けて見える。深い赤身がかった長髪。まつげの長いクールビューティーといったところか。丈の短いタイトなミニスカートを履いているが長い腰巻きを巻いているので、後ろから見たらロングスカートを履いているように見えるだろう。ジャケットとブーツは革製で全体的にパンクルックを思わせる。
どうしたものかと考えていると、スカーレットが話を切り出した。
「理事長!それより見てください!あたし達ついにやったんですー。数ヶ月の成果がやっと実ったんですよー!」
なんだと思ったら持ってきた箱から落花生を取り出してウンウン唸ったかと思うとそれを爆散させた。
「ほらー!」
満面の笑みのスカーレット。
「これは凄い!すぐにでも調理系の役職に重宝されるだろう!実がどこに行ったかわかればな」
マゼンタ理事長はため息まじりに絶賛した。
顔がひきつるスカーレット。
「あ、こ、これはついでのご報告なんですー。ねー、サラさん・・・」
アスモデウスに助け船を求めるスカーレット。
何の為に開発したんだこの術は。
「あの・・・。青い粉を・・・増やすことができる施術を開発したんです」
「それは無理なはずだ」
アスモデウスが困ったように絞り出すと、理事長は即座に否定した。
「でも、本当なんですー」
スカーレットが食い下がる。
「信じられんな」
「サラさん。見せてあげましょう?」
尚も否定する理事長と食い下がるスカーレット。
私とアスモデウスは顔を見合わせている。
隣の部屋にあれがある。
あの剣を持っているということは少なくともこの理事長は魔族の能力を目撃したことがあるのではないかという疑念がある。
それが何者かは知らない。
だが、そのような状況で我々の能力を見せて良いのか?
困り果てた顔をするアスモデウス。
それもやむを得まい。
「すみません・・・。今日は体調が優れなくて・・・」
そう絞り出すアスモデウス。
「ふっ・・・。手品の種を仕込み忘れたのか?」
呆れた顔でアスモデウスを愚弄するマゼンタ。
おのれ。なぜ我々がこのような仕打ちを受けねばならんのか。憤慨だ。
「サラさん・・・」
スカーレットも憐れむようにアスモデウスを見ている。
そもそも我々の目的はコイツらに粉の増殖方法を教える事ではない。
魔王の城の前身、魔術師グロウリーの館、その所有者グロウリー。
その人物像と経歴、我が父魔王の発端の経緯を探るためにこの理事長とやらに会いに来たのだ。
黎明期より使われていたという青い粉がどこでどうやって作られているのか、それがグロウリーとどんな関係が有るのか無いのか。それも気にかかる。
しかしアスモデウス同様私も睡眠縛鎖は今使うべきではなさそうだ。
人も多い。いい加減見せてもらえるモノを見せてもらって、正体をバラしてトンズラするのも良いかと思い始めているが、もう少し付き合ってみるべきだと私の直感は言っている。
何も言えずにぐぬぬとしていると、マゼンタが突然笑いだした。
「しかしスカーレット、助かったぞ。モーリンとマオは怪我と看病で連れていけそうにない、ちょうど良く新人を連れてきてくれた」
何のことだ?
怪訝な顔でマゼンタを見据える我々。
「お前達この施術協会には身を粉にして働くつもりで入ったんだろう?お前達に仕事をやってもらう。私についてきてもらおうか」
立ち上がるマゼンタ。
私達に何かさせるつもりなのか?
アスモデウスを見ると私に頷いている。
どこに行くのかは知らんが青い粉の仕入れに付き添えるというのなら願ってもないか?
「理事長?どこへ?」
スカーレットが問う。
「とりあえず準備だ。着替えを持って大浴場に来い」
「大浴場?」
マゼンタの答えに私はすっとんきょうな声をあげた。
「大浴場でいったい何をするのだ」
「そこですることに2つめの選択肢があるのか?体を洗うに決まっている」
うーむ。言われてみればそうだ。
そういえば昨日は疲れて水浴びをしていなかったな。もしかして今結構臭っているのだろうか?
私はアスモデウスに近づきクンクン臭いを嗅いでみた。
「ちょっと!なによ!」
「いや、臭うのかなと思って」
「自分の臭いを嗅ぎなさいよ!」
アスモデウスに怒られてしまった。
だが、アスモデウスは特に臭くはなかったのだ。ならば私も臭くはあるまい。
「ふふっ。面白い新人だな。予定はまだある。もたもたするなよ?」
マゼンタは衣装の入ったトランクに近づいてゴソゴソ自分の用意をはじめた。
顔を見合わせる我々。
「気を落とさないでね。施術っていつも万全で使えるわけじゃないのはみんなそうだから。また後で見せてあげましょう。その時例の答えも考えておけばいいと思うわ」
スカーレットがアスモデウスに慰めの言葉を言った。
タダで使って良いかという答えか。こっちはそれどころではないのだが。
神妙な面持ちで頷くアスモデウス。
「スカーレット。お前はもうアーガマに帰っていいぞ」
マゼンタはトランクから赤いTバックのパンツを手に取り両手で伸ばしながら言った。
「えー!ちょっと待って下さいー!せっかくはるばるここまで来たのにー!」
「用は済んだんだろ?」
「そうですけどー・・・。護衛のルーシーちゃんが一緒じゃないと危ないですしー」
「護衛?」
スカーレットとマゼンタのやり取り。そこで私が入ってやらねばならなそうだな。
「私のことだ。山賊をやっつけてやったぞ」
いぶかしんだ表情で私を見るマゼンタ。
「それなら新しく雇うしかないな。ここで護衛できるものを探してみたらどうだ?」
「それなら俺が紹介してやろう。一応こっちでも顔が利くからな」
マゼンタの答えに隣室から突然カジマがドアを開けて入ってきた。
Tバックのパンツをサッと隠すマゼンタ。
「えー!本当に帰るんですかー!」
スカーレットは希望を失って絶望している。
「すぐに見つかるかは知らねーけどな」
カジマはスカーレットにウインクをしてみせた。
表情が明るくなるスカーレット。どうやら時間を作ってくれそうなのだ。
「ではカジマに頼むとしよう。それよりモーリンの様子はどうだ?」
「数日安静にしてれば大丈夫だろう。アーガマに帰る頃には痛みは引いてるんじゃないかな。帰るんだよな?」
「そうなりそうだ」
マゼンタとカジマのやり取りだが、なぜか機微な駆け引きというか押し合いを感じられた。
ここでこうしていてもらちは空かないので我々も部屋に帰って着替えの用意をするしかあるまい。
なぜ風呂に入れさせようとしてるのか知らんが青い粉を追うのに必要というなら仕方あるまい。
私とアスモデウスはスカーレットを置いて部屋を出た。