15、グワラン2
漆黒のサタン15、グワラン2
カジマとの話を切り上げフロントにて部屋をとる。
これだけ大きな宿だと部屋数も多くて空きの心配はいらないようだ。
私とアスモデウス、バーミリオンとピュース、スカーレットとクリムゾンで3つの部屋をそれぞれとった。
馬車での移動だけでたいして何もやっていないのだが、悲しいかなそれでも腹は減る。
我々は一旦部屋に荷物を預け宿の中にあるレストランに集まった。
四角いテーブルに白いクロスをかけ、四方にモダンな黒い椅子が4脚。
それが広い部屋にいくつも置いてある。
食事時とあって、人でそこそこ埋まっている。
2脚テーブルに足して我々もその一角に陣取った。
「さーて、ここからが本番だな」
「そうだね。これまでは色々あったがプラン通りだ。が、ここからは違う」
席に着くなりバーミリオンとピュースが言った。
「そうねー。ホントに知らない町だし、人を探すどころか、こっちが迷子になっちゃいそうねー」
「ま、町の案内はカジマさん達に頼めるかもしれませんが、り、理事長がどこにいるかのアテはさ、さっぱりです」
スカーレットとクリムゾンが。
「まあ当てずっぽうで町のアチコチを巡るより他にないね」
「どこかで見つかればめっけものって感じだな。この際初めて来たんだ、観光がてら色々スポットを巡ってみるか」
「最悪ここに戻ってくるでしょうしねー」
「そ、それでもアーガマからここに着くまで5日かかりましたから、その分早く会えるはずです」
さらに四人の会話が続く。
なんとも情けない会話だ。すでに諦めて観光ムードになっている。
それも仕方ないのかもしれない。実際にこの町の広さと訳のわからなさには面食らう。
まさに五里霧中というやつだ。
「私達は役に立たなそうね。第一理事長の顔を知らないからすれ違ったとしてもわからないし」
「そうだな。残念だな。役に立たなくてな」
アスモデウスと私が言った。
頼んだオードブルがテーブルに届きがっつく我々。その後肉中心のメインディッシュに舌鼓をうつのであった。
食事が終わり、あとは自由時間となった。
明日以降に備えて部屋で休むなり、施設でくつろぐなり各自気ままだ。
辺りは暗くはなったが時間自体はそんなに遅いわけではない。
5階建てのこの宿にはいろんな施設もあるようだ。
卓球やテニスのできるプレイルーム、ランニングやウエイトができるトレーニングルーム、露天風呂を模した大浴場にプール、サウナまである。
雑貨やお菓子などのお土産屋。二足歩行の亀みたいな変なイメージキャラクターのグッズが多く売られている。
この宿を散策するだけで1日費やしてしまいそうだ。が、我々は遊びに来たわけではないのでスルーするしかない。
「さーてと、どうしましょうかね」
アスモデウスが部屋のベッドに腰かけて思案していた。
ベッドはふかふかで寝心地は良さそうだが、ベッド以外は何もない低ランクの部屋だ。
1階だし泊まれれば何でも良いという安い客用の部屋なのだろう。
人数も多いし何日泊まることになるかも分からんし、我々の財政状況では仕方ないのか。
「お前はこの町は初めてなのか?」
「ええ。あなたは?」
「私も来たことない」
「でしょうね。スカーレットさん達も初めてらしいし、理事長を探すあてが全くない状態でどうやって探したものかしらね」
「ふん。やはり我々の能力を使わざるを得ないな。何日も待ちぼうけなんてごめんだ」
「能力って?」
「理事長の部屋を調べてみよう。なにか行き先につながる手がかりが見つかるかもしれない」
「鍵を開ける能力がまだ残っているのね」
「そうだ」
私とアスモデウスはラウンジに戻りカジマから理事長の部屋を聞き出すことにした。
先程は紹介もなく通り過ぎてしまったが、理事長のことを聞き出すには話くらいしておいた方がこの先都合が良いかもしれない。
1人で飲んでいるので私の睡眠縛鎖で眠らせて聞き出すことも可能だろうが、人目につくラウンジでは都合が悪い。
行ってみると先と同じように同じ場所で1人飲んでいた。
「おい。お前」
私が話しかけたがアスモデウスが慌てて私の口を押さえた。
カジマは部屋につながる廊下から出てきた我々を見て返答した。
「なんだ。さっきスカーレット達と一緒だったな。新人か?」
特に悪い印象もなく平然としているようだ。
「はい。つい最近施術協会に入ってきたんです。よろしくお願いします。私はサラこっちはルーシー」
アスモデウスが申し訳なさそうに話した。
私の口を隠すアスモデウスをどかしながら私が話しかける。
「お前はもしかして理事長とやらが帰ってくるまでここでずっと番をしているのか?部屋で待てばよかろうに」
「あっはっは。別に待ってるわけじゃねーよ。部屋よりこっちの方が広いから落ち着くってだけよ」
「そうか。確かに悪い部屋ではないがそう広くはないな。下の階の部屋だからかな?」
「そゆこと。6人連れだと息がつまるわ」
「それじゃあ護衛のお前たちと理事長の部屋は違うのか?」
「そりゃあね。立派な部屋をとっているんだろう。中に入ったことはないがな」
「どこの部屋なのだ?護衛はしなくていいのか?」
「護衛は街道の道中だけだ。さすがに町中でコソコソやってる奴の護衛なんてできねーよ。部屋は確か305号室とかだったっけな。宿賃何倍もするお高い部屋なんだろうよ」
「1人で泊まっているのか?」
「いや、お付きの者と一緒だな」
「ほう。護衛以外も同行者がいたのか」
そういえばそう言っていたような気もする。
「その付き人とやらも一緒に出かけているのか?」
「ああ。そのようだな。どこに行ってるのかは興味はねーが」
「帰るとしたらどのくらい待てばいいのだ?前任の理事長の頃から護衛はやっているんだろう?」
「経験上は2日から4日くらいかな」
「ふーむ。まちまちだな。とにかく明日探してみよう。探し出せるのが先か、帰ってくるのが先かわからんがな。それじゃあ邪魔したな」
私は手を振ってその場を後にした。
目的の場所を聞き出せたし早速行ってみるか。
アスモデウスが私について歩きながら、さも意外というように私を見た。
「すごくうまく聞き出せたわね」
「なーに、酔っぱらいの相手など容易いものよ」
我々は階段を上がり誰も居ないのを見計らってその部屋の前へと滑り込む。
お高い部屋が並んでいるせいか廊下に敷いてある絨毯までふさふさで豪華そうなものが使われているような気がする。足音を消せるので好都合だが。
ドアノブに手をかけると開錠の能力が発動する。
7回中4回目の使用というわけだ。
辺りには誰もいない。我々は鍵の開いた部屋に堂々と入っていった。
そこには我々の入ってすぐベッドが2台置かれているだけの狭い部屋ではなく、広いリビングが出迎えた。
壁に絵画などが掛けてあったり、暖炉とテーブル、ソファーが並んでいる。
衣装棚に小卓、外を一望できるテラスが目に入った。
夜なので部屋も外も暗いが明かりはつけない方がいいだろうな。
床にトランクのような荷物が2つ投げ出されている。
我々はまずはそれに注目する。
「中は衣類がほとんどみたいね」
開いてざっと調べてみたが、アスモデウスの言う通り行き先に関わる手がかりになるようなものは無いみたいだ。
衣装棚やテーブルの上などを見てみたが、上着がかかっているだけだったり、グラスが置いてあるだけだ。
「寝室を見てみるか」
私は若干イライラしたような、焦燥を感じるような、理由もない感情に飲まれようとしていた。
別に盗人のような真似をしていることに不快感を感じているのではない。
何か・・・。直感に訴えるものがある・・・。
寝室に入ってみると、1階の部屋のベッドとは比べ物にならないくらい大きなベッドが横に3つ並んでいた。
壁には絵画と衣装棚がここにもあった。
部屋の隅には金庫らしい鍵つきの箱もある。が、鍵が鍵穴に入ったまま、扉も半開きで何も入っていないようだった。
アスモデウスは衣装棚をあらためている。
私は部屋の奥にある棚の上にあるものを見つけた。
施術協会本部の地下資料室、その奥にあった秘密の部屋。そこにあったであろう長い箱。
私はそれを剣が入った箱だと想像していたが、やはり的中していたようだ。
木箱には剣のレリーフが彫られている。
重厚そうな木箱だ。120センチほどの長さ、30センチほどの幅、高さ5センチくらいか。なんと鍵穴があってピッタリと閉じられている。
私は一瞬悩んだ。
開けるべきか?
いや、どんな手がかりでも探すべき状況で躊躇する理由はない。
開錠の能力を一回使ってでもやらない理由はない。
5回目の開錠の能力。私は木箱に手を伸ばしそれを開け放った。
はたして剣が中に入っていた。箱の長さと変わらないくらいのロングソードだ。
暗闇の中で鈍く光るような剣身が抜き身で横たわっている。
鍔は見たこともないような歪なデザインで、黒いトゲのようなものがあちこちに向かって伸びている。まるで救いを求めて手を突き出す群衆のように。
私は一瞬で箱を閉じた。
私の様子が気になってか、アスモデウスが私の元に歩み寄った。
「どうしたの?中に何か入っていたの?」
私はどう答えたものか考えている。
「ああ。入っていたさ、とんでもないものがな」
「とんでもない?」
「ああ。こいつは破邪の剣だ」
「はじゃ?何なのそれは?知っているの?」
「いや、私が今勝手に名付けただけだ」
「は?」
「名前はどうでも良い。要するにこの剣は我々魔族の能力を無効化できる特別製の剣ということだ」
さすがにアスモデウスも驚いた。
私だって驚きだ。こんなものが存在するなんて今の今まで想像すらしていなかった。
私の胸騒ぎの原因はこれだったのか・・・。
「何でそんなものがここにあるの?」
「分かるわけない。それより問題は何の為にこれを使うつもりなのかということだ」
おそらくこれは私やアスモデウスを含む魔王の7人の娘、それに加えてべリアル、アスタロトのような魔王の隠し子達。我々に対して特攻の能力だ。
誰かがこの剣を手にして使用すれば私の睡眠縛鎖やアスモデウスの7つのメモの能力を無効化されてしまうだろう。
だが、我々は未知の存在だ。我々に対して使う目的でここにあるわけではない。
「魔王の黒い霧、その霧から現れるモンスターに対しても無力化できるってこと?それならモンスター退治の為に持ってきていたのかしら?」
アスモデウスが口に出した。
「それなら別の疑問ができる。今まで理事長とやらが街道を行き来していた中で、モンスターとの戦いにそんな便利なアイテムが使用されたという話は聞いていない。モンスターを完封できるというのにいつも被害が出ていたという。モンスターの為に使われていたわけではない。そもそも今はもうモンスターはいないのだから持ってくる必要はない。鍵までかかって秘密にされていたのだから別の目的があるのだろう」
それはなんだ?
結局この部屋には理事長達が出かけた場所の手がかりは無さそうだった。
私とアスモデウスは余程破邪の剣の存在に困惑していたのか、剣の能力に対してなんの手段も講じることなくそのままの状態で置いてきてしまった。
あるいはすり替えておく・・・という手段もあったのではないかと後になってから思うわけだが、その時の我々にはその判断はできなかった。
理事長の部屋の捜索という方法が空振りに終わり、次の手段を思案したいところだが、旅の疲れからか、あるいは想像すらしていなかった異物の登場に思考停止させられたか、我々はその後部屋に戻りぐーぐーベッドで眠ってしまった。
粗末とはいえ、体を伸ばして眠れるベッドは久しぶりなのだ。誘惑に負けてしまっても責められるいわれもあるまい。
とはいえ、理事長の捜索という部分では完全に暗礁に乗り上げてしまった。見知らぬこの広い町で我々6人での人探しというのは実際不安しかない。
アーガマで理事代理のおっさんに我々で探すと息巻いて来たが、さすがに無計画すぎたか。
これでは何の為にはるばるソロモン山脈を越えてこのグワランにまでやって来たのか分からんではないか。
しかしその心配の必要は無くなってしまうのだった。
翌朝、すぐに理事長達が帰ってきたからだ。