14、グワラン
漆黒のサタン14、グワラン
「グワランは山の都市だ。ソロモン山脈に地続きで繋がっている」
蛇行した山道をゴトゴト馬車で揺れながら走っていると、木陰から突然大きな街並みが見えてきた。
山の斜面にお決まりの外壁が建てられ、その内側にはびっしりと網の目のように建物が並んでいる。
御者をしているピュースが街の説明をしてくれている。
「今後はどうなるかは知らないが、これまでこの街は様々な鉱石資源の採掘の窓口だった。ソロモン山脈にはそういったものが豊富にあるし、それがこの街の財源にもなっているんだね」
「宝石なんかも採れますし。工芸品なんかも発展しているんです」
「うちの店にもたくさんありますよ。壺とか」
ピュースの説明に隊商のオナゴ二人が続けた。
ジルとミリーという名前らしい。
山賊のアジトから助けて3日の間に随分と打ち解けたようだ。まるで最初から居たかのように馴れ馴れしく狭い幌の中に陣取っている。
「モンスターが徘徊していた今までは山に入るのが困難だったろう。採掘場の入り口として発展していって、この街そのものが山の斜面に要塞のように作られていったというわけか」
バーミリオンが知ったように言う。
「あなた達のお店はどこら辺にあるのー」
スカーレットがオナゴ二人に聞く。
「中央の大通りにある大きな店です」
「この街で一二を争うくらいのお店なんですよー。私達はただの店員ですけど」
「ではそこまでは連れていこうか」
私が言った。
「ルーシーさん達はどちらに向かわれるんですか?」
「ぐ、グワランのグロムリンという宿と、いうことでしたね」
ジルの質問にクリムゾンが答えた。
ちなみにルーシーというのは私サタンの偽名なのだが、一応注釈を入れておかなければわかりづらい。
「えー。偶然です。私達のお店のすぐ隣ですよー」
ミリーが驚いた。なんと目的地はほぼ同じだったか。
「ありがたい。探す手間が省けたな」
「そうねー。あたし達この街どころか、アーガマ以外は初めてだから探すの不安だったのー」
バーミリオンとスカーレットが喜んでいる。
「助けた甲斐があったわね」
アスモデウスが小声で私に呟いた。
それなりに大人数の団体様だ。大きな通りの大きな宿には泊まるのではあろう。
いずれ行き着いたのは予想できる。
ただ、行動が秘密裏に行われていたにしてはおおっぴら過ぎはしないか。
「一応僕たちの目的をおさらいしておくよ。僕たちの目的は施術協会理事長マゼンタに会うこと。会って僕たちの情報を伝えることがこの旅の着地点だ。理事長は宿のグロムリンを拠点としてさらにどこかへと赴いているらしい。どういう日程になっているのか、目的地はどこか、何をしているのか、全て不明だ」
ピュースが我々に言って聞かせた。
「まずは宿を探して残っているであろう護衛隊に行き先を聞くことだな」
「どうせ戻ってくるでしょう?宿で待っててもいいんじゃないのー?」
「そ、それなら、あ、アーガマで待っていてもかわりません」
バーミリオン、スカーレット、クリムゾンが言った。
「そうだね。できれば仕事の前に伝えておきたい。どんな仕事かは知らないけどね」
ピュースも御者をしながら話に入る。
「そうそう。サラさんは考えてくれたー?」
スカーレットがアスモデウスに尋ねる。一応注釈を入れておくが、サラとはアスモデウスの偽名だ。ややこしい。
「え?なんでしたっけ?」
アスモデウスがきょとんとしている。
「ほらー。パウダーを増やせる紙よー。あれ、お金取った方がいいんじゃない?」
「ああ」
ああ、ではない。考えてなかったのか。
この世界で唯一魔法の粉を採集分配している理事長。
その権利を二分させることのできる能力なのだ。高く売れることは間違いない。
「考えるというか、元々別にお金を稼ぐつもりじゃ・・・」
「えーい!待たんかー!」
私はアスモデウスの背後に陣取っていて、後ろから両手で胸を鷲掴みした。
「きゃー!なにするのよ!!」
もがいて離れようとしたが離さなかった。
憎しみを込めて上下に左右にと揉みしだく。
「考えるのだ!お金があればひもじい思いをした妹達に腹一杯ネコマンマを食わしてやれるではないか!そうすればきっと妹達も感謝して争うこともなく私に心も体も許してくれるに違いないのだ!」
「だからって!胸は関係ないでしょ!」
体を捩らせながら抵抗するアスモデウス。
バーミリオンがチラチラ見ていたがクリムゾンが間に入って視界を塞いだ。
「あら、あなた達妹がいたの?ネコマンマはどうかと思うけど。まだ決まってないなら理事長が見つかるまで今度こそ考えておいてねー」
いらんことをみんなの前で口走ってしまったではないか。
我々が姉妹ということすら話してなかったのに。
私は手を離した。
クッタリ荷物にながかるアスモデウス。
私は耳元に近づいて囁いた。
「どうだ。考え直したか」
みんなの目が向いていないのを見定めて、アスモデウスが鋭いハラパンを私に繰り出してきた。
「うぐっ!」
「もー。恥ずかしいじゃないの。何してくれてるのよ」
私の動体視力と反射神経を掻い潜るパンチとは、相変わらずなかなか凄いパンチを持っている。
「私は目立ちたくないの。それにこの能力を使ってお金儲けなんてしたくないわ」
「そんなー」
聞き分けのない奴だ。別の場所も揉みしだいてやろうか。
ゴトゴト揺られながら馬車は高い防壁に遮られた街の入り口へと辿り着いた。
モンスターが出没していた頃は固く閉ざされていたであろう巨大な門も、今では開け放れているようだ。
アーガマでもそうだったが、門には衛兵が武装して立っている。
しかし往来を妨げる様子はなく、ただ周囲を警戒しているだけといった感じだ。
アーガマの衛兵と違うのは武装がガチめで事があれば構える用意はある。と見てとれる。
門を抜けるとレンガ造りの建物が並ぶ静観な街並みだった。
石畳の道が真っ直ぐに、いや、山に沿ってややカーブして延びていて、整然とそれぞれの施設が置かれているようだ。
斜面は段々に水平になるよう切り取られていて、各段のブロック内では馬車がそのまま走れるようになっている。
上下のブロックに移るときは歯車で動く鉄製のリフトが常に稼働していて、各リフト毎に担当している職員に頼めば馬車や人々を乗せて自由に行き来させてくれる。
まるで川の渡し守のようだ。
高さ自体は1.5メートルくらいのもので、横にある階段でも移動も可能。
この街そのものが工芸品と言っても差し支えない。ここまで人工物の極みというような形態だと、元が山だったとは思えない。
理路整然としすぎていて、やや冷たい触りづらい印象もある。
門からの通りを数時間かけて大通りに向かうということらしい。
刻は昼過ぎ。
到着には日が落ちているだろう。
宿が空いているといいが。
昼時なのでしばらくぶりのまともな食事を街のパブで食べた。
男二人はカウンターで、我々綺麗所は6人テーブルに椅子を並べて喋りながらの食事だ。
「短い間だったけどもうお別れなのねー。寂しいわー」
「本当に助けてもらって感謝してます。どうなってしまうのか不安で仕方なかったんです」
スカーレットがミリーと話している。
「そんなに感謝しているのなら、寝床が近いんだ、遠慮せずに泊まる宿にやって来てもいいぞ」
揚げたポテトにソースをかけたカリカリのチップスを食べながら私はにやついた。
「おー、お嬢さん達旅行者かい?」
私の言葉のリアクションを聞く前に変なおっさんが我々のテーブルに近づき声をかけてきた。
なんなのだ?変なおっさんには用はない。
「ええ、まあ」
アスモデウスが困惑気に答えた。
カウンターのバーミリオンとピュースがそれとなくこちらを振り向いている。
「この町の名所というか特徴と言えば通りを上下に行き来できるリフトだと思うが、乗るんなら気を付けた方がいいぜ。なんでも昨日同じ旅行者さんがリフトから落ちちまったってんで騒ぎになってたからな」
「えー。あれ危ないものだったのー」
おっさんは我々に良くわからん注意をしてくれているらしい。
スカーレットが反射的に反応した。
「あー。たまにあるんですよ。この町って利便性は追求しているんですけど、安全性が二の次って所があって、柵が外れたりそもそも付いてなかったり」
ジルが呆れたように言う。
「ああ、ジルにミリーちゃんじゃないか。一緒だったのかい」
「ええ。おじさん、もう聞いてくださいよー。大変だったんですからー」
知り合いだったようで話が弾みそうな勢いだ。
こんなところで話し込まれてもたまらん。私は二人の会話を遮るように特に興味もないが話の腰を折った。
「それでその旅行者とやらは無事だったのか?落ちたと言ってもそんなに高い高さではないんだろう?」
「いやそれがよ、足を挫いちまったってヒーラーの元に運ばれて行ったんだとよ」
「その程度か。ならば無事の範囲内だな」
「まあ、遠く南のアルビオンなんかには1日で骨折なんかも治せちまうヒーラーも居るって話だが、そんなのは上澄みも上澄みだわな。ここいらじゃ全治一週間ってところだなー。まー、そういう訳だからあんたらも気を付けてなー」
おっさんは手を振って自分の席に戻っていった。
終始良いおっさんだった。
それから昼食を終えて我々はジルとミリーの案内で町の中心部にあるというグロムリンという宿までたどり着いた。
数日馬車に揺られながらやっとのことで目的の場所に到着したというわけだ。
中心部の大通りともなれば立派というか目立った建物も増えてきた。
隣の三階建ての大きな店には屋根の上に巨大な天使の銅像が意味もなくそびえ立っている。
向かいの武器屋には大きな剣のオブジェが屋根に突き刺さっている。
我々の目指した宿屋は普通だが、これまた大きな建物で5階まであるらしい。
牛のオブジェが祀られた建物は何屋だと聞いてみるとお肉屋さんということらしい。
見ているだけで飽きないではないか。
「ここがそうか。夜になってしまったし、宿に泊まれるならそうしようか」
「そうだな。夜の暗い中で知らない町を人探しというのは無理そうだ」
宿の前にある広い敷地に馬車を停めながらピュースとバーミリオンが話す。
「本当にここでお別れねー。寂しいわー」
「ど、どうか、お元気で」
「助けていただいてありがとうございました。あのまま山賊に捕まっていたらどうなっていたか想像もできません」
「しかもここまで送っていただいて。本当に感謝しかありません」
スカーレット、クリムゾン、ジルとミリーが別れの挨拶をしている。
「私達しばらくこの宿に滞在しそうだし、隣のお店にも顔を出してみましょう」
「散策ついでに寄ってみるのだ」
アスモデウスと私が言った。
「はい。寄っていって下さい。特にルーシーさんにはちゃんとしたお礼をしないと」
「ふふふ。それは楽しみだな。濃厚なお礼をまたしてもらえるのかな?」
馬車が泊まって宿の者が幌の中の我々を案内しようと顔を出した。
我々はそれに従って幌から降りて宿の中に導かれる。
ジルとミリーは頭を下げてお別れだ。
我々は手を振ったり声をかけたりして見送った。
馬車は宿の者が奥へ引っ張っていく。
我々6人がそろって宿屋グロムリンへと入る。
中は明るい。
入ってすぐのラウンジには赤い絨毯が敷かれテーブルが何台か置いてある。
数人座って酒でも口にしているのか。
奥のフロントには宿屋の店員が待ち受けている。
豪勢とは言わないがなかなかキレイさっぱりしてオシャレな宿のようだ。
当然フロントに向かって我々は歩き始めるのだが、テーブルで酒を飲んでいる一人の男が声をかけてきた。
「おや、スカーレット達じゃないか?こんな場所で見かけるとはどういうこった?」
「あら、カジマさん。あなただったの」
知り合いか?我々は足を止めた。
「ここにあんたが居るのは当然だったな。俺達はマゼンタ理事長を追ってきたんだ。今ここに居るのか?」
バーミリオンがカジマと呼ばれた男に話しかける。
ということはこの男が理事長が連れていった護衛の一人ということか。
「いや、出ていったきりだよ。それで俺はここでお留守番ってとこだ」
予想していた通りとはいえ、今ここには居ないのか。
「そうなの。それじゃあ今どこに行ったかとかは?」
「それは聞かない約束になってる。俺達はただの街道の護衛だからな。どこに行こうが勝手にしろってんだ」
「な、なにかヒントのようなものとかは?い、行きそうな場所とか、見かけた場所とか、どこに行ってそうとか・・・」
「さーね。俺達はここで帰りを待って街道の護衛をやるだけだ。何日かかるか、いつ帰ってくるか、知ったこっちゃない」
スカーレットとクリムゾンの質問にそれぞれカジマという男が答える。
特に興味もないようだ。
我々は顔を見合わせた。
これほどのノーヒントで本当にマゼンタ理事長とやらを探せるのだろうか?