13、ソロモン山脈3
漆黒のサタン13、ソロモン山脈3
薄暗い洞窟の中、壁に付けられた燭台の蝋燭のぼんやりとした灯りに照らされて、奥にある鉄格子の小部屋の中の、うずくまり抱き合っている二人の女に声をかける。
「おい。お前らが数日前に隊商に置き去りにされた女なのか?」
私に気づいていなかったようで、ハッとして二人がこちらを振り向く。
助けに来たというのに喜んでいる様子は無く、呆然として思考停止しているようだ。
「おいおい。そんなに驚くな。助けに来たのだ」
「男達は・・・?」
やっと振り絞るように左の金髪の長い髪の女が声を出した。
「安心しろ。ほとんど芋虫に転生して元気にやってる。もう襲ってはこれんだろう」
「芋虫・・・?」
肩までの長さの銀髪の女が口にした。
二人はキョトンとして顔を見合わせている。
「今ここから出してやる」
「鍵がかかっているけど・・・」
銀髪ショートが言った。
「任せろ」
私は錠前がかかった鉄格子の扉に手を伸ばした。
ガチャリと音がして錠前が地面に落ちる。
アスモデウスが私にかけた能力。7つの扉を解錠する。その3つめの力が発動したのだ。
しかし何か違和感を感じる。
錠前すら解錠してしまうというのは私も行き当たりばったりだったが、何か今の動作に違う感覚を感じた。
何かがおかしい。
そう思いつつも私は鉄格子の扉を開いて開け放ってやった。
二人の女は驚いて声もでないというふうに私を見入っていた。
鍵も持っていないふうだったのに扉を開けたのが不思議だったのか。
なぜか私は背中に背負っている剣の柄を握っていた。
「まさか、あれだけいた男達を倒したと?」
「30人くらいいたはずだけど・・・」
金髪と銀髪が続けざまに言う。
驚いてはいるが、喜んでいるようには見えない。
「35人だったな。私にかかれば大したことではない」
一歩。鉄格子の中に踏み込む。
周囲は大小様々な大きさの箱が乱雑に山積みになって、今にも転げ落ちてきそうだ。
地面は水平に削られた岩盤が敷き詰められ、所々段というか亀裂が入っている。
この鉄格子の小部屋にも壁に燭台がかかっていて、薄暗いが目が慣れさえすれば見えないということはない。
今、まさにその灯りを頼りに女達の顔色を伺っている。
開けた扉に近づく様子もない。
せっかく逃げ出せるチャンスだと言うのに。なぜだ。
銀髪ショートの手元にキラリと何かが光り、私に何かを投げてくる。
私は剣でそれを叩き落とす。
ナイフだ。カランカランと岩盤に転げ落ちる音が響く。
「こいつ!」
「手練れだな」
銀髪と金髪が叫ぶ。
さっきの違和感の正体がわかった。
錠前の他に鉄格子の扉には鍵穴が付いていた。
それ自体は二重にロックしておけるという意味で問題は無いが、錠前の方は見た目だけ鍵がかかっているように見せかけているだけで、実際には鍵の役割なんて無かった。
この牢獄は内側から鍵がかけられていた。
私が解錠したのはそれだった。
つまり、こいつらは山賊の仲間ということだ。
金髪の女が地面のひび割れからぬっと長い長剣を引き抜いてきた。
そこを動かなかった理由がそれか。
ええい。面倒だ。
コイツらが何者か知らんが私の睡眠縛鎖で眠らせて、真相心理に直接聞かせてもらえ。
私は能力を発動した。
つもりだった。
次の瞬間。眠っていたのは私の方だった。
もちろん一瞬で私自身の能力を解除し眠りから覚めた。
ハッとしたのは私だけではなかった。
「お前何者だ?」
「今何かの能力を使ったよね!」
金髪と銀髪が驚く。
だが、驚いたのは私の方だ。
私の睡眠縛鎖が効かないどころか、跳ね返され私自身を眠らせてしまうとは・・・!
もちろんこんなことは初めてだ。
人間の使う施術という類いのものではない。
私同様の魔族の血をひく者の力だ。
だが、私の知っている魔王の娘達にこんな奴はいない。
私サタンと、一緒に行動しているアスモデウス。宿敵ルーシーことルシファー。大した力もないくせに嫉妬深いリヴァイアサン。何事にも興味を持たずに素っ気ないマモン。お色気担当の何を考えているかよくわからないベルゼブブ。ベルゼブブに金魚のフンみたいにくっついて言われたことを何でも信じ混むベルフェゴール。
この7人だけのはずだ。
「貴様らは何者だ」
私は眼光鋭く剣を構えた。
「そういうことか。お前が最初の魔王の娘達。その一人だな?」
「は?何を言っているのだ?」
金髪の言葉に私は間の抜けた返しをしてしまった。
「何も知らされてないみたいね。魔王にはあなた達7人以外にも娘達が居たってこと」
銀髪の言葉に少なかれずショックを受けてしまった。
「何だと?私達以外に娘がいる・・・?」
「そういうことよ。よろしくねおねーちゃん」
銀髪が続けて言った。
私は剣を納めて両手を開いた。
「妹よ」
知らなかったとはいえ感動の姉妹の出会いだ。
「馬鹿なの?この流れでハグなんてするわけないでしょうが!」
馬鹿と言われてしまった。
「名前を聞こう。私の名はアスタロト。こいつはべリアル。お前は誰だ」
金髪が名乗った。我が父ながら名付けのセンスが酷い。悪魔縛りを続けていたのか?
「私はサタン。事情を聞きたいものだな」
金髪のアスタロトが剣を構える。
「こいつをかわしたらな!」
この狭い小部屋で使うのには不向きな長剣を繰り出してきた。
だが、無能が所構わず剣を使っているというわけではなく、使い方を熟知しているからこその剣捌きなのは見てとれた。
一介の剣士にならば通用したであろうが、残念ながら私には通用しない。
後の先で剣筋を見切りこちらも剣で跳ね返す。
銀髪のべリアルがさらに毒の塗ってあるナイフを投げてきたがそれも叩き落とす。
「待て待て。なぜ私達が戦う必要があるのだ。姉妹がこうして出会ったのだ。喜ばしいことではないか」
キッとした顔で私を睨む二人。
「のうのうと生きていたお前達と会って喜ぶ理由などない」
まさに憤怒の表情で言い放つアスタロト。
憤怒の悪魔は確かサタンだったような気がするがなー。
「魔王はあんた達7人の最初の娘が居ることで、私達その他の母娘を外に放り投げたの!行く当てもない私達はギリギリの生活を余儀なくされた!」
「そして山賊風情にまで成り下がった」
怒りの込められた剣撃が私を襲うが、私には届かない。
全て凪ぎ払い打ち負かす。
とはいえ、こちらから踏み込むには相手を斬り付け動きを止めるつもりでないと難しそうだ。そのくらいの実力はある。
「それは大変だったのだろうが、私に言われても困るのだ。今の今まで妹が居たことすら知らなかったのだからなー」
私が請け合わずに答えると、アスタロトの剣撃がやや緩む。
「それはそう。だが、せっかく集めた男達を壊滅させられた礼はしなければならないな」
何か来るのかと身構えたが、アスタロトは剣を引っ込めた。
「と、言いたい所だがさすがに相手が悪いか。モンスターが徘徊していた頃は隠れ蓑にできたが、そろそろ潮時だ。ここらで手を引こう」
「え?良いの?」
「引き際が肝心」
「んー」
あっさり手を引くと言い出したアスタロトとまだ未練がましいべリアル。
「だが、お前達に対しては許容できかねる。いずれ礼をさせてもらう」
「覚えときなさいよー。一生償わせてやるんだからー」
私を睨み付けるアスタロト。
舌でべーっとするべリアル。
そんなこと言われてもなー。
クルリと踵を返して小部屋の奥に走り出す二人。
何だと?どん詰まりだと思っていたが、奥にまだ道があるのか!
「待て!どこに行くのだ!話はまだ終わってないぞ」
私の声を聞かず大小様々な箱を蹴散らして奥へと続く通路に飛び出す二人。
私もそれを追うつもりで走り出した。が、蹴散らされた箱の一つが不自然な動きをした。
まさか。
足を止めゴトゴト揺れる大きな箱を開け放つ。
中には手足を縛られ猿ぐつわをされた二人のオナゴが入れられていた。
おお!気配を感じないと思った捕らわれていた隊商の女はここに居たのか。
んーんー叫ぶオナゴを解放してやると、ベソをかくように私にしがみついてきた。
「私達山賊に捕まっているの!お願い、助けて!」
「ああ。隊商に聞いて助けに来たのだ。山賊はもう襲っては来れまい」
「え?私達助かったの?」
目を丸くしたあと二人は喜びあった。
こういう普通のリアクションがしっくりくるな。やはりあの二人は最初からおかしかった。
「大丈夫なのか?何か酷い事でもされなかったか?」
私は下衆の勘繰りで聞いてみた。
「それが、山賊のボスは二人の女の子だったの。この箱に閉じ込められたのは酷いと言えば酷いけど、私達を取り戻しに来るって思ってたみたい」
「そいつらも逃げていったよ。それで捕まってたふりをしていたんだな」
実際騙されるところだった。
「さてと、お前らどうする?私達はグワランに向かう途中なのだが、アーガマに向かった隊商を追いかけるならその辺に馬が解放されているからここに戻ってくるかもしれん」
顔を見合わせている二人。
「私達二人だけで旅をするのは怖いわ。食料も水もないし」
「元々私達はグワランの商店の店員だし、お店に戻って事情を説明しましょう」
モンスターも山賊ももういないが、下賤な輩が何を仕出かすかはわかったものではない。
「よしよし。では一緒に行こうではないか」
逃げた推定妹達のことも気にはなるが、これ以上の深追いはお互いの命に関わりそうだ。
今は捨てておくことにしよう。
だが、困ったことになった。
そもそも私が魔王の城に赴いたのは魔王の死後の遺産の争奪戦が目的だった。
捨てられたとはいえ、魔王の血を引く娘が他に居たのだとしたら、遺産の権利を持つ者が増えたということだ。
しかもべリアルは魔王にはあなた達7人以外にも娘達がいた。という言い方をした。私達がいた、ではなく娘達と。
他にも隠し子が居たということなのか?
それだけは聞いておきたかったが致し方あるまい。
小一時間程して洞窟を出た私達3人は馬車の停めてあった山道へと舞い戻った。
心配そうに外に出て様子を見ていた連中に手を振って応える。
「大丈夫だったの?遅かったじゃない。何かあったのかと思ったわ」
アスモデウスが私に寄ってきた。
私の左右にオナゴ達が腕を組んで寄り添い歩いていた。
私は二人を馬車の方に促す。
「さあ、乗ってくれ。これが私の馬車だ」
二人は顔を見合わせ馬車の元へ歩む。
それを受け入れるスカーレット達。
私とアスモデウスは少し離れた所に残る形になった。
「あったと言えばあった。夜にでも詳しく話すが、なんと山賊のボスは私達の知らない魔王の娘達だった」
「私達の知らない魔王の娘・・・達?ベルゼブブとかじゃなくて、他に・・・?」
怪訝な顔をするアスモデウス。どうやらアスモデウスも知らなかったようだ。
「それで時間がかかったの?」
「いや、それはすぐ終わった。時間がかかったのは・・・。まあいいではないか。グフフフフ」
アスモデウスが軽蔑の眼差しで私を見た。
「誤解しないで欲しいのだ。ただ数日水浴びもしていないと言うから地下水で水浴びを手伝ってやっただけなのだ」
「山賊なんかよりあなたの方が怪しいわ」
酷いことを言う。
我々のグワランへの旅はその後順調に進んだ。
目下のところの不安材料は解決したし、その後推定妹達が現れる事もなかった。
問題といえばガタゴト揺れる幌馬車で尻が痛いというところか。
それと退屈だということ。
夜になってそれぞれテントに床を構えた。
その時アスモデウスに洞窟でのことを詳しく話したが、アスタロトとべリアルの事は当然ながら知らないようだった。他に魔王の娘が居たということも。
ただ、可能性は無くもないと考えているようだ。
私の睡眠縛鎖の能力を跳ね返す能力。私達にとっては危険な能力なのかもしれない。
それがどちらの能力かはわからなかったが、もう一人も何らかの能力を持っていてもおかしくはない。
私達はそれから3日かけてソロモンを越え、いよいよ目的地グワランへと辿り着くのだった。