11、ソロモン山脈
漆黒のサタン11、ソロモン山脈
さて、退屈な平原の移動を終えた我々は、ソロモン山脈の道中に8ヵ所あるという水場の一つ目に到着していた。
出発から3日経った朝だ。
先の道中で出くわした隊商の言葉と、元々の経路案とで山賊に襲撃される危険性のある水場には立ち寄らないという意見が大勢を占めていたが、私のたっての希望で水場は全て立ち寄ることにしてもらった。
隊商の娘二人が拉致されていることも放ってはおけぬと、適当に理由を水増ししておいた。
単に山賊をいじめて遊びたいだけなのだが、ひょっとするとムフフなご褒美もありつけるやもしれん。
事前にピュースが寄らないようにと場所を調べておいたようだが、せっかく用意された罠を通り過ぎてしまってはつまらんではないか。すれ違った隊商共々我々もご招待に預かるとしよう。
滝壺に激しく水流が流れ込んで辺りに冷たい飛沫を霧散させている。
岩肌に囲まれた水溜まりは川になってユーロン川へと続いているのだろう。
幾多にも及ぶユーロン川の源流の一つということか。
周囲には木々が生い茂ってはいるが、それほど視界を遮る程ではない。苔むした岩は滑りそうで危ない。滝壺に落ちる流水の轟音で物音を気づかれにくいが、道幅も広く逃げるのに容易だ。隠れる場所も他に無さそうだし、襲撃には向きそうにない。
まだ山の入り口だ。ここには山賊は居ないだろう。
私は一応幌馬車に私以外の皆を待機させておいて、一人周囲を見渡してみた。
大丈夫と踏んで手で合図を送る。
御者席のピュースが息を吐いて幌の中のみんなに話す。
「大丈夫そうだね。ふー。ホントに水場を全部回るのかい?襲われても大丈夫なんだろうね?」
「ハハハ。私を信じろ」
まー、警戒なんてしなくても誰がどこに何人居て何をやっているかなど気配で察知できるので、わざわざこんなことをする必要はないのだが、回りに信用してもらうにはカッコだけはしておかねばな。
「そりゃ娘さん二人は可哀想とは思うが、何も俺達が救い出そうとしなくたって、アーガマに着いた隊商の奴らが救出隊でも送るだろう・・・」
ぶつぶつ言いながら幌から出てくるバーミリオン。
「助けるんなら早い方が良いに決まってるでしょー。どんな酷いことをされてるかわかったもんじゃないんだし」
続けてスカーレットが。
「酷いこととは?」
「やーねー。それはわからないけどー。あーここ凄い良い場所ねー」
私が聞き返したら話を反らした。
多数の男達。禁欲的な集団生活でフラストレーションが溜まっているだろうことは想像できる。娘が二人そこに投げ込まれればいったいどうなることか・・・。
「本当に凄い場所ですね。空気が冷たくて気持ちいい」
「か、体が洗われるようです」
アスモデウスとクリムゾンも降りてきた。
「よーし、それじゃあ少しここで休憩にしようか。朝飯は簡単なもので済ますとして、水の方は大丈夫かい?」
ピュースも幌から馬を外して放ってやっている。
「大丈夫だろう」
それを手伝うバーミリオン。
「よし。男は馬の世話をさせておいて、我々は実際に湖で体を洗ってこようではないか。2日も水浴びしていないと体がベタベタしていかん」
私は女4人になって提案した。
「あー!それ良いわねー。気持ち良さそう!」
「だ、大丈夫なんですか?誰かに見られたら・・・」
スカーレットが賛成し、クリムゾンがいぶかしんだ。
「大丈夫大丈夫。見られはしまい」
「ホントに大丈夫?やましいこと考えてない?」
私にアスモデウスが心外なことを言う。
馬鹿なことを言わないでいただきたい。いったいどんなやましいことがあるというのか!?
「まあ裸はあれだから下着つけたまま入りましょーか」
そう言ってさっそく服を投げ捨ててスカーレットが湖に入っていった。
「はやっ」
言い出した私もさすがに驚いた。
私も負けていられない。その辺に服と剣を置いて下着姿になり、滑らないように苔むした岩場をソロソロと歩いて湖に入っていく。
水かさは腰辺りまであるようだ。澄んだ水で足元の岩肌が見える。
「おおー。気持ちいいのだ」
「冷たくて汗ばんだ体がさっぱりするわねー」
「これは癖になりそうだなー」
私とスカーレットの会話を聞きながら中ば呆れたように顔を見合わせるアスモデウスとクリムゾンも、渋々服を脱ぎ始めた。
ムチムチダイナマイツなアスモデウスのナイスバディと、貧相だがあるところには需要がありそうなガーリースタイルのクリムゾンの対比が面白い。
「つめたーい。でもこれちょっと楽しいわね」
「か、開放感がありますね」
入ってきて開口一番に気に入ったようだ。
我々は水を掛け合ったり、体を拭ったり、ちょっと泳いだり滝行の真似をしたりして水浴びを楽しんだ。
なかなかのロケーション。なかなかのキャスト。なかなかのスタイルを目でも楽しませてもらったのだ。
「お前ら何やってんだ」
バーミリオンが岸に来て我々を詰るように言い放つ。
「キャー!!」
と言ってクリムゾンが水に沈む。
他3人は濡れた下着姿のままバーミリオンを見上げた。
「見てわからんか。水浴びしているのだ」
「遊んでいるようにしか見えないぜ。食事の支度でもしてるのかと思ったら、呑気なもんだな」
「ふん。だが、今夜のお前のメニューはできたようだな」
私は胸を張って見せた。
「な、何言ってんだよ。しょうがねー。こっちで用意してやるよ」
顔を赤くして向こうに行くバーミリオン。
「ついでにタオルを4人分持ってきてくれー」
とお使いを頼んでおいた。
「ウフフ。ルーシーちゃんって面白いわねー。バーミリオンもタジタジじゃないのー」
「ホントに遠慮ってものを知らなくて申し訳ない・・・」
「い、良いんですよ、い、以前より楽しくなりましたし」
スカーレットにアスモデウスがなぜか謝ったが、ザブンと出てきたクリムゾンにお許しをもらった。
朝食を終えた我々は次なる水場へ向けて旅を続ける。
平原の街道よりもさらにガタガタな道を走る幌馬車。
人の手が入らぬ荒れた森で覆われ、蛇行し曲がりくねった粗悪な名ばかりの山道だ。
何がどこに居ても不思議はない。
引き続きピュースが御者をしてくれていて、残りは幌の中。スカーレット達は緊張の面持ちで不安そうに道中を過ごしている。
私にはウサギやら鹿やら猪やらしか闊歩していないのがわかるのだが、まあいいだろう。
「この辺もモンスターが徘徊していたんでしょうね」
「そうだな。ソロモン山脈のどこかに黒い霧の発生源があったらしいから、頻繁に出没していたんじゃないかな」
アスモデウスの問いにバーミリオンが答えた。
「それでこんな荒れっぱなしなのか。道がガタガタで尻が割れてしまいそうだぞ」
「もともと・・・まあ、いいや」
私にバーミリオンが突っ込もうとしたが途中でやめた。
「でも山賊はこの山脈に以前から居たんですよね?モンスターが頻繁に徘徊していたでしょうに、大丈夫だったのかしら?」
アスモデウスがさらに疑問を続けた。
答えに窮したバーミリオンは助け船を求めて回りを見回した。
「まあ腕っぷしの強いのが何十人もいれば、モンスターの一匹や二匹倒すのも不可能では無かろう。それにモンスターから逃れる隠れ家もどこかにあるのやもしれん」
私が適当言った。
「そうか・・・。モンスター相手に引けをとらない連中が襲撃してくるかもしれないのか・・・」
バーミリオンはさらに顔を青くした。
スカーレットとクリムゾンも青ざめて縮こまってしまっている。
アスモデウスは納得していないようで、口を真一文字につぐんでいる。
「何か気になるのか?」
「そうじゃないけど・・・。なんか嫌な予感がしちゃって」
まさか私が数十人程度の人間に手こずるとでも心配しているのか?
冗談はケツだけにして欲しいものだ。
その日の昼過ぎに次の水場に着いたようだ。
たどり着くまでもなく、人間の気配が多数ある。
全部で35人。息を潜め物影に隠れて様子を伺っている。
ここに着く1時間程前、遠くから我々がこの山道を通っていくのを眺めていた奴が居たようだ。そいつがお仲間に知らせに行ったのだろう。
準備万端というわけだな。
森の間に細い獣道があって、奥に溜め池ができている。
山の斜面と山道の間が窪地になっていて、視界が遮られるようになっているし、鬱蒼と繁った太い幹の木々が人一人隠せるようにもなっている。
斜面は岩が高台になっていて、下からでは見えづらいが、上からなら見通すのが用意だろう。
山道に馬車を停め溜め池に水を補給しに歩いて往復しなければならない。
絶好の襲撃ポイントということだ。
先の隊商はここで襲われたのか。所々枝が折れていたりへしまがったりしている。
それどころか矢が刺さったままの木もある。
娘二人に水汲みに行かせて、襲撃されたと分かるやいなや置いて逃げて行ったのかと思うと酷いなーとも思う。
私は手で皆に馬車に残れと合図をする。
緊張が走るスカーレット達一同。
「スカーレットは剣を作れると言っていたが、短剣なんかも作れるのか?作れるなら同時に何本くらい作れる?」
「え?ええ。6本くらいなら・・・。やっぱり1時間で消えちゃうけど」
私の問に顔面蒼白なまま答えるスカーレット。
「じゅうぶんだな。クリムゾンは餅を作り出すとき、どこに作るかの指定はできるのか?例えば投げた短剣の当たった場所とかは?」
「で、できると思います。短剣自体に施術を、か、かければ」
次にクリムゾンに問い、クリムゾンがそれに答える。
「バーミリオンの火も同じように着火させられるか?短剣の当たった所に」
「ああ。同じくだな。何をするつもりなんだ?」
同じようにバーミリオンに問うて答えるバーミリオン。
「一人も逃がしたくはないからな。いいか?敵は溜め池側に29人、山道を挟んだ森に6人待機している。待機している連中は馬車を逃がさないように網を張っているようだな。まず高台の奴ら8人が弓矢を放って先制を仕掛けてきて前後どちらかに逃げる馬車を足止め、数で圧倒して制圧するつもりのようだ。第二第三の罠までは考えてないらしい。馬を押さえられたら厄介だ。何があってもここを動くなよ?全員私が相手するからここでおとなしく待っていろ」
私が急に具体的な事を言い出したからか、ますます真っ青になるスカーレット達。
私は空の桶にスカーレットが術で出した短剣6本を忍ばせて剣を肩に担ぎ、なにも知らずに水を汲みに出てきたよう装って幌から出ていった。
足場の悪い傾斜をよろよろと気を付けながら歩くふりをして溜め池に近づく私。
溜め池はどこかからか水が湧いてどこかへ流れて行っているのか、濁ってはおらず、飲み水として利用できそうだ。
ここに居る全員が息を殺し様子を伺っている中、こちらを注視していた高台の弓兵が動きだし、馬車と私に狙いをつけている。
威嚇し混乱させるつもりなのだろうが、どうせ下手くそだろうからどこに当たるかわかったものではない。私はともかく私のサラブレッドに傷など付けられてはブチキレ案件なので、射たれる前にさっさと片付けておくか。
高台の男達を8人を睡眠縛鎖で一瞬だけ眠らせて夢の中で操る。
狙った弓矢を自分の足の甲にピッタリと合わせて放ってやる。
突然けたたましい叫び声が静かな山中にこだました。
自分で自分の足を射ち抜いた男達が悲鳴をあげたのだ。
私の周囲で今か今かと隠れて待機していた男達が、何事かと驚いて周囲を見回す。
隠れていることなど忘れて私からモロ見えになっている。
混乱はしているようだが、それでも当初の作戦は変えるつもりもないらしく、私の周囲の物影から私を囲むように男が4人現れた。
自分を奮い立たせるように威勢を張って手に持った剣、斧、槍などをちらつかせながら凄んできた。
「よーし、嬢ちゃんそこまでだ。おとなしく武器と身ぐるみ置いていきな」
護衛が居ないと踏んだのか、弓矢での先制が不発に終わったからか、言葉で脅して略奪する計画に変更されたようだ。
馬車の近くにも男達がノロノロと出てきて囲み始めた。
「嫌だが?」
「なに?今なんて言った?」
「こいつ!痛い目見ないとわからねーってのか!」
私がハッキリと断ると、耳を疑うように男達が荒ぶった。
さあて、お待ちかねのエクササイズだ。せいぜい楽しませてもらおうか。