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漆黒のサタン  作者: nurunuru7
10/20

10、ユーロン川2

漆黒のサタン10、ユーロン川2




ざわざわと周囲の騒ぐ声に耳をとられ目が覚めてみれば、馬車は止まっていた。


私は幌馬車の床で大の字になって横になっている。

シーツが私の横にしわくちゃになって投げ出されているようだ。

頭を上げてキョロキョロ見回すが、馬車内に誰もいない。


おかしいぞ?声が聞こえたはずだし、みんなはいったいどこに行ったのだ?


私は起き上がり幌から出る。

強い日差しが頭上から降り注いでくる。おーまぶし。


ユーロン川の畔に停まっている馬車には馬が繋がれていない。

それもそのはず。馬はピュースとバーミリオンが手綱を握り草原の草を食べさせていた。

鉄の箱のような物の上に置かれた鍋を囲み、スカーレット、クリムゾン、アスモデウスが昼飯の支度をしている。


「あら、やっと起きたのね」


アスモデウスが私を見つけて話しかけた。


「いったいどんな寝相なんだよ。お前のご主人様はとんでもないやつだな」


私のサラブレッドに草を食べさせながらバーミリオンが言う。


「結構揺れてたのに出発早々寝ちゃうなんて」

「か、体が痛いくらいです」

「護衛としてはどうなんだかね」


スカーレットとクリムゾンにピュースが。


「ホントだぜ。今からでも帰って護衛を雇った方がいいんじゃないのか?」


バーミリオンが舐めたことを言う。


「ふん。お前らなど護ってやる価値はないのだ」

「お、おい・・・ホントに大丈夫かよ・・・」


私のもらした本音に顔面蒼白になるバーミリオン。


「じゃーん。ピーナッツを磨り潰して作ったピーナッツバターよー。美味しそうでしょー?」


スカーレットが小瓶に入ったドロドロなものを見せてきた。

芳ばしい香りで確かに美味しそうだが、まさかずっと同じものを食べることになるのではないだろうな?


鍋に近づくと、野菜がゴロゴロ入った赤いスープができていた。

アスモデウスとクリムゾンが囲ってそれをお玉でかき回している。


「ミネストローネよ。ちょうど良かったわね」


アスモデウスが私に話しかけた。



周囲を見ると、北の遠くにアーガマの城壁が小さく見える。

もうこんなに離れたのか。

西には南北に流れるユーロン川が雄大にせせらいでいる。日の光を浴びてなんとも壮観な眺めだ。

東にはだだっ広い平原。小高い丘や小規模な林はあれど、見渡す限りの平原だ。

南にも形ばかりの街道は伸びてはいるが、似たようなものだ。

その遥か向こうに高い山脈が見える。


あそこまで行かなければならないのか。


「今でこそのんびりキャンプなんかしていられるが、ここは地獄の街道と言われていたんだよ」


ピュースも馬の手綱を太い木の枝に結び付けて鍋の近くにやって来た。


「そうだな。ここは見晴らしが良い。モンスターなんかに見つかれば隠れることもできずに延々と追いかけ回される」

「逃げてる間にまた別のモンスターに見つかって挟み撃ちにされる。なんてこともあったようだしね。決着をつけないと長い街道を休むこともできない。まさに生きるか死ぬかの究極の瀬戸際ってやつだ」


私にさらにピュースが補足した。


私にとってモンスターなど何の障害でもなかったので気にしたことはなかったが、戦うには広すぎる場所ではあるなと思った。


「今はやってないのかな?一応アーガマの兵士が見回ってたようだが」


バーミリオンも私のサラブレッドを繋いでやって来た。


「やってないんじゃないのー。モンスターはもういないんだしー」

「す、少なくとも午前中にはそれらしきものはみ、見ませんでした」


スカーレットとクリムゾンが話す。


「モンスターがいなくなって本当に良かったですねー」


それぞれ座る場所を選んで鍋の回りに席につく一同に、アスモデウスがスープの入った皿を配りながら言葉をかける。


そのモンスターを生み出したのが我々の父親で、その父親が討たれたことを喜んでいるような言い方だが、その事は隠さねばならないので仕方あるまい。

実際、私としてもどうでもいい事だが。


「まさかあのちょっと頼りなさそうな勇者さんが本当に魔王を倒してしまうなんて、わからないものねー」


スカーレットが答えた。

が、勇者だと?勇者を知っているというのか?

私は魔王がどうやって倒されたのかをまだ知らない。

魔王の城にやって来ていた調査団やら警備兵やらの夢の中を調べた限り、勇者というやつが魔王を倒したらしいという情報を知っていただけで、詳しいことは不明だ。

城に死体らしきものも無かった。

どんなやつが、どんな方法で魔王を倒したのか、まだ何もわからない。


「そりゃー、今まで誰もやろうとさえしなかった偉業だ。わかりっこないさ」


バーミリオンがスープを飲みながら応じる。


「ねー、サラさんとルーシーちゃんは勇者さんの姿を見たの?」


スカーレットが熱をおびた声でアスモデウスと私に聞いてきた。

当然私は見ていない。アーガマには居なかったのだから。


「いや、見てないなー」

「私は通りを歩いていく所を見ました。人だかりでよくは見えませんでしたけど」


私に続いてアスモデウスが答えたが、通りを歩くだけで人だかりができていたのか?

どういう状況だ。


「サラさんはどう?気の優しそうな勇者さんって結構イイ感じだったじゃなーい?母性本能をくすぐるって言うかー。・・・後ろの二人はデキてそうだったから、なおさら守ってあげたくなっちゃうみたいなー」

「守ってもらってるのはこっちだろうが」


スカーレットの熱弁にバーミリオンが突っ込んだ。


「ええ。結構素敵な方でしたね。でも私より私の知り合いの人が好みそうな感じですね。花があって前向きでひたむきで、芯があって自己犠牲をいとわない。そういう根っからのヒーローというか・・・。私は慎ましくて普通の人がどちらかというと好みですかねー」


アスモデウスがスカーレットに答えたが、知り合いとは誰のことだ?

バーミリオンとピュースがチラリとアスモデウスを見て襟を正したり咳払いをした。

愚かな馬鹿者どもめ、私のアスモデウスは誰にもやらんぞ。

私はバーミリオンとピュースの視界を遮るように、鉄の箱のような物に乗った金網に炙られたバゲットを掴みに行った。

鉄の箱のの上には鍋とバゲットが並んでいる。

それを乗せている金網の下には火が出てくる石のようなものが積んである。

この装置らしきものがあれば、いちいち焚き火の用意をしなくても火を起こせるという便利グッズなのだろう。薪を集めたり水を用意したり、火種が必要だったりしなくていいのは楽で良いが、こういう旅の趣が少々足りないと思うのは欲張りすぎなのだろうか。


「それより勇者とやらはどうやって魔王を倒したのだ?そいつも何か施術を使うのか?」


私は疑問に思っていたことを今更ながら聞いてみた。


「ん?さーて、誰も見たわけじゃないしねー。勇者も魔王を倒したあとはアーガマにも寄らずにアルビオンに帰ったようだし、まったくの謎というわけさ」

「そ、そうです。魔王が倒されたというのも、も、モンスターが消えてアーガマの調査隊が城に確認しに向かってからわ、分かったことですし」


ピュースとクリムゾンが答えた。

ちょっと待て。

それでは勇者が魔王を倒したというのは状況証拠のみで語られているだけで、本当かどうかはわかっていないということなのか。

たかが人間に討たれたとは信じがたかったが、やはり裏がありそうだ。

アーガマに寄らずに帰ったというのも怪しい。




そんな下らない話をしながら昼食を終えた我々は、再びソロモン山脈へと続く退屈な街道を南下しなければならないのだった。

何の変化もないつまらない移動だと思っていたが、ひとつ思いがけないことがあった。


ソロモン山脈から続いてくる街道から北上してきた隊商にすれ違ったのだ。

最初は御者のピュースが気づいた。

我々の幌馬車は街道の横に停めてそれに道を譲ったが、善意で譲ったというだけではない。

その隊商と話がしたかったからだ。

3台の大きな幌馬車をそれぞれ4頭の馬で引いている。

周囲には馬上に黒い甲冑で武装した騎士が10人以上警戒しながらゆっくりと並走。

かなり大きな隊商と思われるが、剣や矢の傷跡が所々に散見される。

幌に穴があき、甲冑には擦り傷、馬上でヒーラーに傷を癒してもらっている騎士もいる。

こいつらは数日の間に戦闘を行っている。

そのせいかどことなく疲れた、足取りの重い行進のように感じられた。


街道の横に停まった我々とすれ違うとき、護衛の騎士が怪しげに我々を見ていたが、我々の武装を見て安心したのかそのまま通り過ぎようとした。

私は馬上の騎士に近づいて話しかけてみた。


「あー、ちょっと尋ねたいのだが、そちらはソロモン山脈を越えてきた隊商なのかな?」


不意に話しかけられた騎士は怪訝そうな顔で私を見たが、私の麗しい姿に心を許したのか快く応えた。


「いかにも」

「戦闘があったようだが、もしや噂の山賊とやらと出くわしたのか?」

「いかにも、いかにも」

「なんと!よく無事に逃れられたな!」

「あっはっはっは!我が黒い13連星にかかれば容易いことよ!きゃつら水場に待ち伏せして襲って来おった!馬を拝借するつもりで狙わなかったようだが、守りを固め、一転突破の布陣でなんとか抜け出せてきたわ」


襲撃に備えて散開していなかったとみえる。こうして生き残っているのだから腕は確かなようだな。


「ただ・・・娘二人が取り残されたのが口惜しいが・・・」


黒い甲冑の騎士が横を通り抜けていく幌馬車に視線を送る。

犠牲も出ていたのか。襲撃から逃走する際に残された者を救うのは容易ではない。

救いに戻れば全員の命が失われることにもなる。


なんとなく隊商の沈んだ空気はそれが原因だったか。


「それで?山賊とやらはどういう武装をしていた?人数などは?」


私の質問に眉をしかめながらも簡潔に答える髭面の騎士。


「弓兵8人、あとは獲物のバラバラな男が20人ばかりいただろうかな。剣や斧槍なんか奪ったものを適当に使っているんだろう。俺の見た限り術のようなものは使ってはいなかったようだ」

「そうか。参考になった。すまんな。邪魔をした」


人間などに礼を言うのも趣味ではないが一応社交辞令で感謝しておいてやった。


「待て待て。お主ら見たところ護衛も付けていないようだが、これからソロモンに向かう気か?」


失礼な。護衛は私が居るではないか。


「無謀なことは止めておけ。我々という餌をみすみす逃したばかりだ、今度は念入りに襲ってくるかもしれんぞ」

「大丈夫。むしろ退屈しのぎに持ってこいだ」


そう言って隊商から離れ、通り過ぎるのを待って我々も街道の南下を再開した。

幌の中にいた皆は顔面蒼白になっていた。

山賊が襲ってきたというニュースを聞いて危機感を募らせているのだろう。

しかし私にとっては楽しみでしかない。

近づく前に睡眠縛鎖で全員眠らせれば戦うまでもないのだが、それでは趣が足りない。

全員はっ倒して私の運動の糧にでもなってもらうとしよう。

クックック・・・早く襲ってこい山賊ども。




さらにその夜。

川辺の縁に馬車を停めテントを3つ張り、バーミリオンとピュース、スカーレットとクリムゾン、私とアスモデウスがそれぞれ寝袋に入って眠ることになった。

私は寝る支度をして寝袋に潜り込んだ。


「おー。なんという圧迫感。モーちゃんの胸の包容力にも負けずとも劣らないではないか」

「なに言ってるのよ。今日はもう疲れちゃったから早く寝なさいよ」

「こんな夜に早く寝るのはもったいないのだ。何か話をしよう」

「ガタガタ揺れる馬車に乗りっぱなしってのも辛いものねー。私は寝るわ。おやすみ」

「えー。寂しいのだ。そうだ。知り合いとは誰のことだ?」

「知り合い?」

「勇者がどうのとか言っていたではないか」

「あー。知り合いっていうかルーシーのことよ。本物の方の」

「ルーシー?」

「そうそう。昔魔王の城にいた頃、本に載っていた男の子とかでどういう子が好みかとか話したりしたの思い出したの」

「え?」

「昔のことだから今は知らないけど、わりとヒロイックな男の子を好きそうだったわよ?」

「私はそんな話はしたことないのだ」

「そりゃーあんたはルーシーと戦ってばかりだったからじゃない?」


私と戦っている合間に他の姉妹とそんなうつつを抜かしていた会話をしていたとは、なんと情けない。ちょっと寂しいのだ。



何気ないちょっとした戯れ言ではあったものの、ルーシーの意外な一面知ったような気がした。だがこの時の妙な指摘が想像以上にルーシーの居場所の的を得ていようとは夢にも思っていなかった。

ましてや、後にこの二人と戦うことになろうとは・・・。

















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