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ヤスラギ委員長は死ぬほど忙しい  作者: スウェイル
第三章 委員長、学ぶ
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蒔田希穏4

 こちらに来てからというもの、だんだんと曜日感覚が失われつつあると感じる日曜日の朝。

 

 僕はスマホのアラームが鳴る30分前に目を覚ました。早寝早起きをした日の朝はすこぶる体調がいい。


「ふむ、かるーくラジオ体操でもしてこようかな」


 またカケノリにジジくさいとか言われそうだが、健康のために良いと分かっているのにやらないのは、僕のポリシーに反する。


 寝巻き代わりの半袖半ズボン姿のまま、僕は芝生が生い茂る広場へ向かう。地面の濡れ具合からして、どうやら雨は深夜か朝方には上がったらしい。

 依然として、空をのっぺりと高層雲(おぼろぐも)が覆っているものの、ときおり隙間からのぞく青空は清々しかった。

 

 おぼろ雲といえば、春から夏にかけて見られる雨雲の一種だ。

 ということは、昨日よりは弱いだろうけど今日も一雨くるかもな。

 

 そんなことを思いながら、僕は食堂へと向かうのだった。

 



 ヤスラギが締めの味噌汁を啜っていると、料理の補充ついでに朝飯を食べに来た蒔田希穏(まきたきおん)がやってきた。

 

 用件は聞くまでもない。『未来からの手紙』のことだろう。


「おはよ、ラギ長。昨日はもう寝てたのか?」


「あ、うん。ゴメンね、任せちゃって。雨は大丈夫だった?」


 離れたところに何人かいるが、それぞれ食事や会話に夢中な様子。少し小声で二人は話す。


「あぁ、“手紙”と言ってもホントの紙じゃねぇし、濡れても全然平気そうだったぜ」


 雨の中でも相変わらずフヨフヨと浮かんでいた魔法の手紙をキオンは思い起こし、「ヤスラギは心配症だなぁ」という笑みを浮かべた。

 

 そういう意味で言ったんじゃないんだけどな。

 ま、本人が気にしてなさそうだし、それならそれでいいか。


「……して、内容は?」


「ドシヤニユビワ……、“土砂に指輪”、だとさ。どこの土砂だろうな。てか、指輪なんて付けてる奴、いたか?」


「……土砂、うーん。(ふんどし)屋さんを“どし屋”と呼んでる、とかでもないかぎり、その解釈であってそうだね」


 土砂か。

 普通に考えれば、いたるところにある盛土や、陶器を製作する工房の横にある粘土石材置き場が思い浮かぶけど……。

 

 なんとなく、「土砂」という表現がしっくりこない。

 

 土砂……、土砂降り……、土砂崩れ?

 あー、まてよ、そういえば。


「ねぇキオン。昨日、川で土砂崩れがあったっていう噂は聞いてる?」


「ん? あぁ、たしか八坂のやつがそんなこと言ってたかな。……もしかして、それか?」


「多分。ほかの土より、探す場所としてはしっくりくる」


 僕が頷くと、「そうか」とだけ言ってキオンはブツブツ言いながら思案に耽り出した。


 もしそんなところに指輪がある場合、いつ、誰が失くしたもので、どんな指輪なのかが極めて重要だ。

 

 クラスの誰かの落し物という可能性も捨てきれないが、そうではない誰かの落し物だとすると厄介この上ない。

 

 ただの形見、とかなら、まだマシな方だ。

 魔法の力が込められていたり、呪いの指輪だったりすると、このまま放置するのは得策とは言えないだろう。

 

 となれば……。


「……本気で探すなら、ラギ長の【鑑定】のスキルは必須だな。何時なら行ける?」


「今日は午前中なら、いつでも」


「よし。なら、9時からで頼む。それまでには料理し終える」


「分かった。先にスコップとかを借りて川下に行ってるよ」


 何かあれば二人には【伝心】のスキルもある。

 無言で頷き、スパイ映画さながらに、サッと二人はその場を別れるのだった。




「――うわっ、こりゃ酷い……。完全に埋まってるな」


 川沿いに下っていくと拠点の敷地から少し出た辺りのカーブに、崩れた土砂は堆積していた。

 人の背丈よりも大きな岩がゴロゴロ転がり、木々をなぎ倒して進んできたことがよく分かる。

 川沿いにあった水車小屋の残骸らしき木片も混じっており、まさに災害現場といった様子だ。


「ここから指輪を探すのか……、骨が折れるな」

 

 流れは途絶えてないらしく、茶色く濁った水が岩などの隙間を分岐して流れている。

 もしここに再び濁流が流れ込んだら、どうなってしまうのか。想像がつかない。


「けど、少なくとも指輪を見つけやすくなることは無いよなぁ」


 その後、キオンも駆けつけ【鑑定】の新しい反応が出るまで掘り返すこと、およそ二時間。




「――! あ、ああ、あった!! 指輪! これだァ!!」


 ヒビの入った銅のような金属の指輪を僕らは見つけ出した。


 【鑑定】の結果、どうやらこの指輪には『雷』に関する魔法が込められていた、ということまでは分かった。


 だが、いくら魔力を追加で消費しても、それ以上の情報は分からなかった。どうにも状態が酷いようで、上手く読み取ることができなかったのだ。


「うーん、どうすっかね」


「そうだねー……、偶然拾ったことにして、タイミングを見てハルアキくんに分析してもらおうかな。

 僕と違って、似たような魔術回路とか刻印を【鑑定】した事があれば、もう少し何か分かるかもしれないし」


断片的には読み取れた情報でも、そこにピッタリと一致する魔術を知っていれば、推測できる可能性はある。


「なるほど、そういうもんなのか。なら、これはラギ長に預けとくぜ」


 『雷』の魔法が関係していること以外、持ち主も効果も一切不明の指輪。


しげしげと見つめたあと、キオンは指で弾いて僕へと渡してきた。

片手でパシッとキャッチ出来たので、少し嬉しい。

 

 当然、アクセサリーに興味のない僕は特に効果もない指輪をわざわざ身につけたりはしない。


そのまましっかりと『シルバーズ・リング』用のバックにしまい込むのだった。

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