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ヤスラギ委員長は死ぬほど忙しい  作者: スウェイル
第二章 委員長、怒る
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ヒロ

《我の言葉が分かるか、マナビトたちよ》


 目の前でスフィンクスのように座る雄大な狼から声が聴こえた。


 渋い男性のものに変換されて頭に直接響いたそれは、威圧感を少し残しつつも柔らかい感情を伴う。

 

 驚きや賞賛、安らぎ、好奇心など、一言では言い表せない複雑な気持ちが伝わってきたことで、心の距離が一瞬で縮まったような気がした。


 僕はまた、声に【伝心】の効果を乗せて伝える。

 テレパシーでは、会話が周りに聴こえないからね。

 

「うん、分かるよ。気分はどう? 頭が痛いとか、ぼーっとするとか、何か体に異常はない?」

 

《ない。力が有り余ってるくらいだ》


 穏やかな表情で余裕そうに答える父狼に、タツヒトたちはハハハッと少し乾いた笑みをこぼす。

 

「そっか! なら良かった。念の為、もうしばらく【遣直】が効く状態は維持しておくよ」

 

 一方、ヤスラギは満面の笑みで声高に茜先生を呼んだ。


「先生ー! 成功です! 会話も成立しています!」


「うん! よく出来ました。そのまま通訳もお願いできるかしら?」


「もちろんです!」


 狼の近くまで歩み寄ると、先生は一礼して質問を投げかけた。


「不躾な質問でゴメンなさいね。貴方がたは、どうしてここに?」


 僕は間に入り、一字一句違わずに復唱して最後に「……と、言っています」と付け加える。


《……話せば長くなる。こちらが誤解していたこともある。原因も一つ二つではない。それでもいいか?》


「えぇ、お願いするわ」


 僕はこくりと頷き、狼からの説明を待った。


《では、話すとしよう。我らの誇りと、我が宿命を》


 


 ――(われ)が物心着いた頃には、すでにこの森には多くの生き物たちが住んでいた。

 その多くは弱者であり、我の餌に過ぎなかった。


 だが、我が父に連れられて深い洞窟に潜ったとき、我は我の慢心を知ることになる。


 姿の見えない力だけの存在。

 魔力と呼ばれる力の奔流に触れ、飲み込まれたもの達は、同じ姿でも強さが別物だった。


 我が父はそれらをいとも簡単に喰らい、さらに強さを増した。

 我はそれが誇らしくもあり、同時に恐ろしくもあった。


 気づけば我も、父のような強さを追い求め、仲間とともに森を駆けていた。

 群れで強大な魔物を仕留めたことも、仲間同士で殺し合いになりかけたこともあった。


 餌や寝床に困ることもなく、不満もない。

 そんな状況がまたしても、我を慢心させた。


 少し前、世界が揺れた。

 それから、森に奇妙な魔物が現れるようになった。

 奇妙なことに鉱石の匂いがしたため、餌にはならないと判断した。

 

 我らを襲う気配はない。

 我らの餌を横取りする気配もない。

 老いた父はそれらを見逃し、放置した。


 だが、我はそんな奴が気に入らず、まだ若い仲間たちと共に、力を示さんと攻撃したのだ。

 若気の至り、などという言葉では到底許されない行いになるとも知らずに、な。


 そして、我らは敗北した。

 我以外の仲間は息絶え、群れの幼子や若き母たちも住処ごと潰され、燃やされた。


 気高き父は生命の燃やし方を我に伝え、最後には奴を倒して見せたが、その後すぐに力尽きた。


 我は絶望の匂いを知った。

 二度と奴に手出ししないことを誓った。


 生き残った僅かな同族とともに、我らは今の住処に移ったのだ。

 

 貴殿たちが来るまでに、我が愛は二度、身篭った。

 

 一度目の子たちは立派に巣立った。

 二度目の子たちはまだ親離れには少し早い。

 此度が三度目になるが、まだまだ同族は少ない。

 

 我の宿命は、我が父の率いた群れを越す群れをつくること。

 我が奪った同族の分まで、次代に生命を繋ぐこと。


 何者だろうと邪魔すれば、我が四肢と爪牙で喰い破る。

 

 そう誓った矢先、奴が再び現れたのだ。

 姿形は違えど、同じ絶望の匂いは変わらない。

 

 我はようやく、老いた父の正しさが分かった。


 生きることこそが勝利である。

 生きるためなら、目先の争いの敗北など取るに足らないものである。


 我は迷いなく、住処を捨てた。

 たったそれだけで、戦わずして勝利を収められるのだから、憂いなどは一辺もない。


 ただ、次の住処は限られていた。

 巣立った我が子たちの縄張りに入るワケにはいかない。


 我は、幼き日に潜ったあの洞窟を思い出し、山を降りた。

 貴殿たちが住処としていることを知りながら、奪ってやろうと降りたのだ。


 我が子たちの報告では、力の差は歴然。

 そう思っていたのだが……、いやはや、やはり世界は広い。


 我らにとって、死こそが敗北。

 だが、貴殿はどうやら死を克服しているらしい。

 元より生命を持たぬ骨と皮だけの魔物のように、何度も蘇る者を倒せはしない。


 敗北を知らぬ者たちに勝利することなど、出来ようはずもない。

 

 ならば、どうするか。

 


《――我らが軍門に下るか、貴殿らを同胞として迎えいれる。そのいずれかが最善であろう。

 もっとも、襲おうとしたのは事実なのだから、調子のいい話ではあるのだがな。

 もし、軍門に下らせたくば力を見せよ。そうでないなら、ここをそのまま住処として提供してほしい。如何かな?》


 父狼は大胆不敵に笑った気がした。

 僕は、無言のまま先生の方を見る。

 

「……そうね。この場所を預かる責任者として、侵入者を野放しにするわけにはいかないわ。

 一つだけ条件を提示する。もしこれが嫌なら、力でも何でも示してちょうだい」


 重苦しい空気の中、僕は通訳としての役目を果たす。

 

《よかろう。して、その条件とは?》


「貴方たちの呼称、つまり名前を決めさせて欲しいの。こちらからは、それ以上は要求しないわ」


 狼たちに名前を付ける。

 そう聞いてフジマサたちがピクリと反応し、なにやらザワザワと相談し始めた。


 なんの話をしてるのかなと思いつつ、僕は父狼に伝える。


《なるほど。個としての名を授ける、か。変わった風習だが、面白い。条件を飲もう》


 父狼が承諾したとき。


「うっひょぉおおー!」

「これは来るか、来ちゃうのか!?」

「まぁ待て、落ち着け。あくまでアレはフィクションなんだから、あまり期待しない方がショックは小さい!」


 三人が奇妙な盛り上がりを見せたのだった。

 ……マジで、なにごと? まぁいいか。


「じゃあ、とりあえずお父さん狼が“ヒロ”で、お母さん狼が“ミワ”か“アキ”の好きな方ね」


 僕はさっきからずっと考えていた名前をそのまま口にした。

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