太田翔典5
川上から大きな魔力がどんぶらこしてきた原因を探るため、ずぶ濡れのカケノリは慌てて研究所へと戻ってきた。
「マジ、やっべぇええ! 早く皆に知らせねぇと、何か起こってからじゃ手遅れだぜ……!」
泥が付いたままの足で木造校舎の廊下を突き当たりまで駆け抜けて、秘密の通路へと突き進む。
すると、ちょうど研究所からも人が出てきて、洞窟の入口の前で出くわした。
「あら、太田くん。……ちょっと、そんな格好で一体どうしたの?」
いつものニットワンピースの上に、研究者の一張羅である魔法の白衣を身に纏った、Dr.AKANEだ。
「おわっ、茜先生!? なんてグッドタイミング!! 実は、報告したいことが!」
渡りに船とは、まさにこの事。
カケノリは逸る気持ちを抑えながら、自分が今しがた川で感じた異常をなるべく細かく、そして正確に伝えた。
なにかの予兆なのではないかと心配するカケノリの話を聞き終えた茜先生は。
「――上流、つまり山頂から……ってことは、おそらく“龍”絡みね。
雨だからきっと大丈夫だと思うけど、念のため川には誰も近づかないようにメッセージを送っておいてもらえるかしら」
そう言って、足早にその場を去ろうとした。
行先が気になったカケノリは、先生からの頼みを引き受けつつ引き止める。
「うぃっす、分かりやした。それで、先生はどちらへ?」
「鈴木くんからの呼び出しよ。なんでも狼の群れが侵入してきて、一悶着あったみたい。
色々あって、今は元々馬小屋だったところにいるそうだから、もし何かあったら留守をお願いね」
「おっけーっす! 任せといてくだせぇー!」
そう言って、調子のいい敬礼をしたカケノリは研究所へと降りていった。
カケノリを見送った茜先生も外へ向かおうとして……。
「ちょっと! 太田くん!?」
「はい?」
今度は先生の方がカケノリを呼び止めた。
「廊下が泥だらけなのだけど!? きちんと用が済んだら、綺麗にしてちょうだいね!?」
「すんませーん! 緊急事態だったもので! あとでぇー、必ず、片付けまーーッス……」
どんどん遠ざかっていくカケノリの返事に、茜先生は「まったくもう……」と呆れながら、校舎の外へと向かうのだった。
『ヒポカムポス』の拠点があるのは奥深い山の中。
そういった山の頂きには、古来より“龍”が住むという伝承が残されている。
“龍”は、俗に言うドラゴンの“竜”とは違い、自然災害そのものと同列に扱われてきた。
氷雪を撒き散らし、水害を起こし、大地を揺らし、突風を生み、天から雷を降らせる存在として崇められ、それ即ち神の如し。
大地を流れる魔力を『“龍”脈』と呼ぶのは、天変地異が発生する原因として、古来の人々に怖がられ、畏れられていたためだ。
もちろん、この世界でも魔法の進歩とともに様々な研究がなされてきたため、“龍”と“龍脈”には何ら因果関係がないことは、既に証明されている。
だが、それでも人々は感じずにはいられない。
暗雲立ち込める風雷の上には。
大地を揺るがす振動の下には。
暴虐の限りを尽くす龍が在る、と。
大地を流れる魔力が触発され、いずれ大災害が引き起こされる、と信じずにはいられないのだ。
竜ではなく、龍。
彼らが相対するには、些か時期が早すぎる。
海馬すなわちタツノオトシゴを意味する『ヒポカムポス』が、真に『辰の堕落児』となるときが来れば、いずれ相見えることになるだろう。
それまでに鍛え、備えたまえ。
異世界からのマナビトたちよ。




