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ヤスラギ委員長は死ぬほど忙しい  作者: スウェイル
第二章 委員長、怒る
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鈴木康良義11

 さて、狼たちの命は無事に助かった。

 【伝心】を駆使して万事解決、一件落着! 

 

 ……で、終わらないのが現実というものだ。

 この後どうするのかを急いで決めなければ……。


 雨はますます強くなる。

 だというのに、助けた二頭の大狼は僕らの前から離れようとしない。

 もちろん、残りの六頭もこの場に座ったままだ。


 うぅ、こちらの言葉だけが通じるのも考えものだな……。

 「もう行ってもいいよ」と伝えてるのに、動きやしない。

 尻尾は振ってるし、表情も穏やかでどことなく嬉しそうなのは分かるんだけど、彼らがどうしたいのかサッパリだ。


 僕が困り果てていると、タカヒトに声をかけられた。

 

「なぁ、もしかしてコイツら、ラギ長を新しいボスだと思ってるんじゃないか?」


 ……僕がボス? 彼らの?

 

「いやー、そんなことないと思うよ。もしそうなら、言うことを聞いてくれるはずでしょ。

 さっきから“行っていいよ”って伝えてるのに、彼ら、全然言うこと聞いてくれないもの」


「いやいや、ラギ長、さっき自分で言ってただろ。“住処を追われて来たのかもしれない”って。帰りたくても帰れないんだよ」


 タカヒトは壊れてただの棒になった槍で自身の右肩をトントンと叩きながらそう言った。

 

 うーん、確かに言った。

 だけど、あれは単なる予想で――


 とそのとき、身の毛もよだつ轟音が響き渡る。

 

 ドドドドと崩れる音。ゴゴゴゴと揺れる音。ザザザザと流れる音。バキバキと折れる音。

 

 銃声とは比べ物にならないほどの恐怖を覚える災害の声が、狼たちが来ていた方角から轟いた。


 誰が合図するでもなく、四人は一斉に食堂へと駆け出す。災害の気配から少しでも早く離れるために。


「な、なんだよぉこの音は!?」

 

「知るか! とりあえず逃げんぞ!! オラッ、【強化】だ。ラギ長!!」


 すでに何重にも強化されている三人に少しでも置いてかれないよう、すかさずタカヒトはヤスラギに【強化】をかける。

 走りながら、器用にもヤスラギの脚だけに。

 脚力に絞れば何重にもかける必要はない。

 

「ありがとう、助かる!」

 

「おそらく川だ! あっちにある川に土砂が流れ込んだ!」


「川……!」


 タツヒトの指摘に僕は振り返って川の位置を確認する。

 敷地内を流れるその川は、たしかに狼たちが降りてきたと思しき山から続いていた。

 

 予想が確信へと変わる。狼たちはこれを察知して、逃げてきたに違いない。

 

 そんなやり取りをしている間に、狼たちも駆け出して並走してきた。

 

 どうやらタカヒトの言う通り、本当に僕をボスと思っているらしく、僕を囲むように走っている。


 ……って、このまま食堂に駆け込んだら、大混乱間違いなしだ。


 ど、どうする……!?


 何かいいアイデアはないかと、ヤスラギの脳内で地図とキーワードが膨れ上がる。

 一見すると不要な情報から、思わぬ閃きを得られることをヤスラギは知っているのだ。

 

 今回、彼に閃きを与えたのは直近の食事。

 今朝は炒飯。昨夜は焼肉定食。昨日の昼はテイクアウトの軽食……。

 

 テイクアウトの軽食から、一昨日の桜蘭(さくら)たちの顔が浮かび、その後ろに佇む二頭の大型哺乳類が、彼に天啓を齎した。


(……! こっちだ! ついて来い!)


「お、おい! ラギ長、どこ行くんだ!?」


 ――思い出すのは、昨日の会議の初っ端。

 施設管理班から託された、一つ目の議題。

 

 「使っていない施設の活用」、『仮設馬小屋』の使い道!

 

 あの場では、フーガの意見で戦闘探索班が雨天時に使える多目的室として活用するという方針でまとまっていた。

 

 だが、雨でも使える訓練スペースとしては研究所の第七階層がすでにあるほか、そのあとの議論で、今日のように雨の降ったときは余った人員を他班の部署に再配置することが決まった。


 つまり、今日は誰も使っていないどころか、今後もほとんど使われることはないのである。


 それならそれで、ありがたく使わせてもらおう。

 馬二頭が、狼八頭に変わるだけだ!


 敷地の門からすぐ近く。

 レンガ倉庫の隣の区画へと、僕は群れの舵を取る。

 

 仮設とはいえ、元々はそこで飼うつもりで建てられた小屋は、そこそこ広くてとても丈夫で、新築同然に綺麗なままだった。

 敷き詰められた藁は少し古いが、腐っていないことは僕の鼻でも分かる。


(よし。ひとまず、ここを仮の住まいに使ってくれ)

 

 僕の言葉に安心したのか、それとも屋根と壁のある場所にきて安心したのか。

 いずれにしても、狼たちはブルブルと身体を揺らして水滴を飛ばすと、フンフンと藁の匂いを嗅いでくつろぎ始めた。


 馬小屋の一番奥で、大狼の番いが寄り添う。

 その姿を見て僕は、なんとなく仲の良かった両親のことを思い出したのだった。

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