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ヤスラギ委員長は死ぬほど忙しい  作者: スウェイル
第二章 委員長、怒る
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鈴木康良義10

 崩れ落ちた母狼を中心に、事態は混乱を極める。


「そんな……うわああぁぁっ!!!」


 真っ先に叫び、動き出したのはヤスラギ。無我夢中で、母狼へと駆け寄った。

 

 だが、【遣直】のスキルは、使った瞬間まで戻すスキル。

 撃たれたあとに使っても、その傷は戻せない。


 ガゥルルルグアアァァォッッッ!!!

 

 ヤスラギとほぼ同時に、父狼も動いていた。

 番いを殺した仇。銃を持った人間。狩野達人(かのうたつひと)へと血走った目で襲いかかる。


 ガギィン!!


「ぐっ……、このっ……!」


 タツヒトは猟銃の銃身で、牙を寸前のところで受け止めた。

 ここまで最速で来れるように狼を追いかけながら、限界まで身体を【強化】していなければ全身の骨が折れていただろう。

 地面に足をめり込ませるほどの衝撃が、タツヒトの身体を貫いた。

 

 そのままギリギリと鍔迫り合いのように押し合うタツヒトの元へ、文字通り横槍が入る。


「おいテメェッ!! このっ、離れろッ!!」


 タツヒトに組み付いている狼を追い払うために對馬鷹仁(つしまたかひと)が、槍を勢い良く突き出した。


 バキャッ!!

 

 ……が、左前脚の爪攻撃によって防がれる。


 いや、防がれるなんて、生易しいものではない。

 その一撃は、タツヒトのスペアの槍を完全に粉砕し、追撃を許さなかった。


「何だと!?」

 

 矛先は吹き飛び、背後の水溜まりへ。

 タカヒトは手元に残された“ただの棒”を慌てて【強化】し、再び攻撃しようと試みる。


 その瞬間、強靭な顎によって、ついに銃が噛みちぎられた。

 

「ぐうっ……!」

「タツっ!!」

 

 無防備のタツヒトを庇うように割り込み、今度はタカヒトが棒で狼の噛みつきをギリギリのところで受け止める。


「二人から離れろぉッ!!」


 そこに、吹き飛んできた槍の矛先をナイフのように構えた藤沢昌汰(ふじさわまさた)が、突貫する。


 素早い動きで一気に距離を詰め、狼の喉元へと懇親の力で突き立てる……!


「【遣直】ッ!!」


 突き刺さる寸前、狼の身体は青色のベールに包まれる。

 

「なっ!?」


 喉元に致命的なダメージを受けた狼は一歩、二歩と後ずさり、荒い呼吸のままドサッと倒れ込む。

 フジマサの一撃は、確かに狼を仕留めた。

 だが、この状態では完全に仕留めたとは言いきれない。

 

「どういうつもりだよ、ラギ長!?」


 【遣直】を狼に使った真意を問うフジマサ。

 

 だが、果たしてそんな悠長なことをしている暇はあるのだろうか。

 

「やっべぇな、いつの間にか囲まれてるじゃねぇかよ……」


「ふははっ。素手で狼共とやりあうとか、正気じゃねぇ」


「ちょっ、一人で二頭とか無理無理!!」


 二頭の大狼の無力化に成功したのもつかの間、今度は六頭の狼が周囲に迫る。

 

 思わず苦笑いを浮かべたタツヒトとは対照的に、余りにもクソゲーすぎてタカヒトは笑っていた。

 

 ボスが倒されたため、気が立っているのだろう。

 かつて三人がそれぞれ森で見かけた狼とは比べ物にならないほど好戦的だ。

 

 フジマサの質問にヤスラギが答える間もなく、狼たちは一斉に飛び掛かってきた……!


《――止めろ》


「「「……!?」」」


 狼たちを含め、ここにいる全ての生き物に、その声は聴こえた。

 

 低く落ち着いていたような、くぐもっていたような、静かでよく通る声だった。

 

 到底、普通の生物からは発せられないであろうその声は、耳ではなく心で、脳で強制的に聴くことを要求してきた。


 全員の動きがピタリと止まる。

 雨がザーっと打ち付ける静かな音だけが辺りを包む。


 三人は最初、倒れている大狼のどちらかが魔法で言葉を発し、味方の狼を止めてくれたのだろうと考えた。

 

 ……でなければ、恐ろしい。


 今の声の主が魔狼(まもの)ではなく、人間(ヤスラギ)のものだとしたら。

 

 神罰に遭ったかのような怒気に当てられたことで、三人もまた、動けない。


 これがもし【伝心】の効果によって届いた彼の《怒り》の感情なのだとしたら、そもそも相当気まずくなる。

 何をどうすれば、これほどの怒りを沈められるというのだろう。


 そんなことを考えている間に、次の託宣が降る。


《人の話を聞くときは、相手の方を向く。そうしないと、大切なことを聞き逃す》


 三人の胸がドキリと音を立てる。

 正直、今のヤスラギの顔を正面から見るのは相当な勇気が必要な行為だ。


 何に対して怒っているのか、ハッキリと分からないのが怖い。

 少なくとも、狼に攻撃されたことを怒っている訳では無さそうだが、それ以上のことは事情を聞いてみないと分からないのが、恐ろしい。


 結局、今やるべきことは一つしかない。

 三人は周りで大人しくお座りをした狼たちと一緒にヤスラギへと向き直る。


 そこでは、虫の息となった大狼を背にしたヤスラギが立ち尽くしていた。

 

《よろしい。時間は確保した。順を追って話そう》

 

 彼の口から漏れ出た桜色の光は、まるで炎のように揺らめいていた。

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