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ヤスラギ委員長は死ぬほど忙しい  作者: スウェイル
第二章 委員長、怒る
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鈴木康良義8

 ズドンッ……ドンッ……ォン

 

 研究所を出てすぐの坂道を下りているとき、一発の銃声が轟いた。

 それは山彦のように何度か反響したのち、染み入るように消えていき、僕の心をざわつかせる。


「い、今の音は……!?」


 ここに来てから初めて耳にする音だった。

 

 とても暴力的で、それでいて人為的な音。

 少なくとも、自然に発生するような音ではなかった。


 花火大会や映画、ニュース映像なんかで聞いた事がある火薬の力で何かを飛ばす時の甲高い音。


 もし今が銃声なら、誰かが何かの目的のために銃を撃ったということに他ならない。


 こういうときのヤスラギの頭の回転は早い。

 

 銃を持っている生徒は戦闘探索班の限られたメンバーだけ。

 今朝の連絡のとき、雨でやることが無いと連絡があった者を除けば、候補として残るのは警備のシフトが入っているであろうタツヒトだけだった。


 そして、そうなると。


「……マズイな」


 非常に良くないことが起きている、という結論に至らざるを得ない。


 先日の狩りのとき、タツヒトから彼の持つ猟銃について聞かされている。

 

 普段は、獲物を狩るときに他の獲物が逃げ出さないよう“音がしない”弾を使っていること。

 

 その無音の弾には回復効果が付与されていて、当たると同時に傷は塞がり、肉に傷を残すことなく撃たれたショックや瞬間的な痛みだけを与えられること。


 そして、それだけだと敵は倒せないので、“音が出る”殺傷能力の高い弾も撃てるようになっていることを、ヤスラギは狩りの最中に聞かされていたのだ。


 ヤスラギは知っている。

 タツヒトの性格を。

 いたずらに生命を傷つけることを酷く嫌っていることを。

 できるなら命は奪いたくないという、ごく普通の優しい人間であることを。


 そんな彼が、実弾を使わざる得なかったという事実がヤスラギの胸を締め付ける。

 

「くっ、この魔力量でいけるか……?」


 坂道を下まで降りきった僕は、銃声がした方角に続く道に目を凝らしながら、『シルバーズ・リング』を取り出した。

 

 この状況、【伝心】、【飛翔】、【索敵】のいずれかのスキルが欲しい。

 そのために必要な魔力は、スキルの刻印に使う分と【遣直】の発動に使う分。

 

 一瞬とはいえ光の剣(ライトセイバー)を起動させるくらいの魔力が、研究所を第八階層から工房、第七階層と上下に往復している間に回復していた。

 

 であれば、体育座りしていたときから今の間にもある程度は回復しているだろう。


 だが、果たして、それがスキル刻印だけでなく【遣直】の分まで足りるかどうかは未知数だ。

 

 せっかくカケノリが、唯一僕だけ全スキルを持てるように取り計らってくれたのを無下にはしたくない。


 だが、あの銃声は明らかな異常を伝えている。

今の僕に、迷ってる時間はなかった。


「えぇい、やってやる! 頼む!!」


 万が一、スキルが固定化されても悔いがないように僕は【伝心】が記録された、桜色のメモリージェムをセットした。


 ジェムを押し込む際、リングになけなしの魔力が吸われていく。

 何回も経験しているはずなのに、今回ばかりは身体の力が抜けてしまうようで、とても嫌な気分だ。

 

 リングに関しては問題なく起動した。

 あとは、スキルが使えるかどうか……。

 ええい、ままよ!

 

「【遣直】!」


 リングが稼働する直前に、僕は渾身の魔力でリングに青いベールを纏わせる。

 

 それは、いつもの感覚と相違ない。時間経過とともに減る魔力は、残った魔力からすれば十分にもつものだった。

 

 僕は、賭けに勝った。


「やった……!」


 しかし、喜んではいられない。

 事態はまだ何一つとして解決していないのだから。


 すぐさま【伝心】を起動し、魔力の痕跡を探る。


 と、そのとき。


 ズドン……! 

 

 二発目の銃声が空気を揺らす。


 それが聞こえてきた牧場予定地の方角に、やはり予想通りの反応があった。

 

 ほとんど同じ位置に固まっているのに、動きは何だか忙しない。

 

 やはり、ただ事では無いようだ。

 くそっ……、あそこにいる三人は【伝心】を持っていないか。


 なら、行って事情を聞くしかない!

 それから必要に応じて、応援を呼ぶ!!


 何も知らない僕は、そのまま三人の元へと駆け出した。


 雨混じりの風は強さを増すばかり。

 魔力不足で鈍い身体に、雨で重くなった制服と曇天の重くへばりつくような空気が、僕の足をさらに重くする。

 

 それでも三人の気配が自分の方へと向かってくるのを感じ、めげずに前へと進んだ僕を待っていたのは……。


「…………は?」


 グルルルルル……


 低く唸り声を上げる、馬のように大きな二頭の灰色の狼だった。

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