芦田風雅
体育座りのヤスラギは、激しさを増していく三人の組手をただひたすらに見物していた。
迂闊だった……。
復活装置から起き上がるときに、僕の身体にほとんど魔力が残ってなかったことは感覚的に分かっていたはずなのに……。
第七層に来てから、かれこれ1時間くらいは経っただろうか。
魔力が勿体ないので時計の魔法もオフにしているから正確な時間は分からないけど、体内時計はそのくらいは経過したはずだと告げていた。
その間、じっくりと戦いを眺めていたことで、三人の戦闘スタイルが分かってきた。
フーガは、自身のスキルである【強化】と【飛翔】を駆使しながら、サッカーで鍛えた脚力を軸にアクロバティックに駆け回り、攻撃を多めに行うタイプのようだ。
進行方向に【飛翔】の力で加速することで得られる純粋な力の乗算。空中からの蹴りの一撃は、当たればひとたまりもないだろう。
また、ときには減速し、空中で急停止してフェイントをかけたりと、攻撃の軌道をバラけさせることで相手を翻弄している。
まさに、攻め続けることで自身の身を守る「攻撃は最大の防御」の体現者だ。
それに対してハルアキは、自身の身体の周囲に【製作】の魔法空間を展開し、全方位防御盾として使っている。
戦闘スタイルは、超至近距離でも戦える非殺傷の銃使い。
【製作】空間の内側から撃った銃弾は問題なく発射され、外側から侵入してきた飛び道具や武器は、空間内に固定することでいとも容易く防いでしまう。
生きている物は固定が難しいのか、できないのか、肉弾戦になりそうになると銃弾を散らして距離をとっていた。
そんなことを繰り返しているうちに、自然とハルアキは部屋の角へと追いやられる。
けれど、そこには武器の箱がある。
移動するハルアキの領域に箱が入った途端、散弾銃が箱から音もなく浮かび上がり、彼の手へ。
弾切れしてもすぐに箱から銃弾(ゴム弾)が補充される。角に陣取ることで背後の死角もなくなったハルアキは、さながら人間要塞だ。
そんな無敵の城に風穴を開けるべく、ライトは二本の薙刀を槍のように構え、突撃する。
ライトもまた、【強化】で身体能力を強化して、【製作】のスキルを自身の周囲に展開して銃弾から身を守る。
それと同時に、空間に薙刀を固定することで薙刀の長く頑丈な持ち手を足場や支点に変え、予測しにくい連続攻撃を繰り出していく。
所有するスキルがフーガとハルアキそれぞれと1つずつ被っていることもあり、ライトは攻防一体の戦闘スタイルだった。
瞬間火力や速度、射程や攻撃の種類などはどちらも二人に劣るものの、継戦能力に関しては二人とは比べ物にならないくらい高い。
魔力の消費が少ない【製作】の防御空間と、魔力を消費しない近接武器の組み合わせは、もしこれが長期戦になったならと思うとゾッとする。
このまま攻撃を捌き続け、致命的なダメージを避ければ、おそらく最後に立っているのはライトだけだろう。
消耗戦を繰り広げる二人に対し、一人だけ持久戦を挑む辺り、戦いに関するスタンスがそもそも違っているようだ。
三人とも、凄いなー。
二ヶ月前まで普通の男子中学生だったなんて信じられないや。
僕の場合、どんなスタイルになるのかな……。
所有スキルは【遣直】と“自由枠”。
ただし、戦闘中に切替えることはほぼ不可能。
となると、必然【遣直】を軸にした戦闘スタイルになるだろう。
もうひとつのスキルが何であれ、戦闘スタイルが大きく左右されることになると装備に困ってしまう。
運動神経にはあんまり自信がないから、近距離よりは遠距離攻撃の出来る武器が向いてるかな。
そういえば、初めて【遣直】のスキルを使ったときも、カケノリが弓矢との相性の良さを語ってくれたっけ。
……などと、いざ実践となるとビビって出来もしないくせに、戦闘を繰り広げる妄想をする僕の前に。
「ふぅーー……、あぁ疲れた。いっかい休憩ー」
ハルアキの防御を突破しきれなかったフーガが戻ってきた。
よっこいしょと腰を下ろしたフーガは、ヤスラギの右隣に足を八の字に開いて座り込むと、ポケットから巾着袋ほどの革袋を取りだした。
「ラギ長も食うか? 琥珀糖」
傾けた革袋から、カラカラと澄んだ音とともに琥珀色の結晶が出てきて、フーガの手の中で転がった。
「じゃあ、一つだけ」
そういってヤスラギは一欠片をつまみ、口にする。
じんわりと甘さが口の中に溶けだして、思わず頬が緩んだ。
「ん〜、美味しいー」
「な! いいだろ、これ」
「うん! ……ゴメン、もうひとつ貰ってもいい?」
「あぁ。そんなに魔力は回復しないけど、甘いもん食うと気持ち的にはいくらかマシになるよな」
「!」
“魔力”と“回復”というキーワードに、ぴこんと反応し、ヤスラギは期待した眼差しでフーガを見つめる。
そんなヤスラギを見て察したのか、フーガは続けて魔力回復の常套手段を伝授した。
「いや、魔力なんて普通に飯食っとけば回復するぜ?」
「あ、ほうなんら」
しれっと大きめの琥珀糖を追加で頬張っていたヤスラギはそういって理解したことをフーガに示した。
慌てずに口を手で抑え、もったいないが噛み砕いて飲み込むと。
「じゃあ、もし急いで回復したかったら、今から食堂に行って早めのお昼を食べればいいわけか!」
「んー、まぁな。大体それであってる。……あ、けど、――」
「ゴメン! ちょっと行ってくる!!」
フーガの二言目は、ヤスラギの謝罪にかき消される。
こうして、ヤスラギは急いで魔力を回復するために一人、食堂へと向かうのだった。
「ありゃま、行っちゃった。……ま、いいか。もう一つの方法はあんまオススメできねぇしな」
魔力を回復させる幾つかの手段のうち、最も危険で最も確実なその方法は、今のヤスラギには刺激が強すぎる。
そう判断したフーガは、余裕で追いつけたはずのヤスラギをそのまま見送ったのだった。




