伊東晴明2
それは、あっという間の出来事だった。
「――不要術式の切除、良し。トリガー回路を【思念操作】に一本化、良し。【霊子転換】を入力された対象へも適用、良し」
その作業は地道で、決して派手ではない。
しかし、一つ一つの工程を丁寧かつ大胆に進めることで、結果的に作業速度はとてつもなく早かった。
「――【魔素吸収】の出力操作を【思念操作】に同調接続、良し。無信号時の吸収機能停止はANDゲートで処理、良し。あとは、思念キーの設定を……………………、良し。ほら、出来たぞ」
「「早っ!!?」」
今、最後にやっていたのは、さっきカケノリがクソめんどくさいと言っていた“キー設定”だ、間違いない……!
それをハルアキは、わずか10秒足らずで仕上げていた。
驚く二人に、フンッと鼻で笑いながらハルアキは近づいて。
「さて。それじゃ班長さまにはコイツを付けていただきまして……」
「あー……ったく、分かったよ。これから雨も降るってぇのに、なーんでおれは、お外でランニングなんかしなくちゃいけねぇんだかなぁ」
「それが今日の班長の仕事になったからな。念の為、敷地からは出るなよ?」
「分かってるよー! じゃあな、ラギ長。悪気はあったが、振り回しちまって悪かったな」
「別にいい。とっくの昔に慣れてるよ」
「ははっ、そうかそうか。そいつはなによりだぜ」
「またなー!」と叫びながら、カケノリが走り去るのを見送った。
「さて、戻るか」
「う、うん!」
急に聞きたいことがいっぱいできた。
そんな感想を抱きながら、ヤスラギは第八層を後にする。
ちらりと振り返った視線の先には、漆黒のドーム。
それはヤスラギたちの復活地点。出来れば訪れたくない、禁忌の工房。
防犯のため、名目上の最下層である第七層からは絶対に行けないような造りになっているので、出るときはあまり関係ないが、来るときはその特殊な道筋を知っている必要がある。
それは以前、茜先生に報告したあと一緒に研究所を降りていたときに聞いた話でもあり、研究所に出入りをする生徒は知らされていた。
こうして、第五層と第六層の合間にある隠し通路から出てきたヤスラギとハルアキの二人は、再び工房へと向かうだった。
「いやー、それにしてもさっきのベルトに“魔力を集める機能”と“集めた魔力を送る機能”をねぇ。
しかも、あんな短時間で。やっぱハルアキくんて凄いね、ハカセって呼ばれるのも納得だ」
「別に、あんなの大したことないさ。あれくらいスキルがあれば誰にでも出来る。
俺はただ、既存の魔術回路を組み合わせるのが得意なだけの一般人さ」
それはハルアキの謙遜かと思いきや、どうやら本心のようだった。
「アイツ……。カケノリみたいに、ゼロから新しい魔術回路を生み出す、なんてことは俺には出来ない。
……いや、出来ないと思ってしまった、と言うべきか。
班長でありながら戦闘探索班と掛け持ちして、今だって外に飛び出していくような奴だ。バイタリティの底が見えん」
遠足組が大量に召喚されたあの日、俺は即決でこの研究所に入り浸ることを決めた。
人付き合いが苦手な俺に、大勢で活動するようなグループは苦痛でしかない。
だから、研究開発班は人も少ないうえにそれぞれが好き勝手に研究していて、とても快適だった。
そこに後からやってきたのが、カケノリだった。
「元々アイツは戦闘探索班で、魔法の武器を欲しがったのが俺のところに来たキッカケだった。
今でこそ色々と作ってるが、最初に作った再現武器はアイツの依頼した燃える剣、『炎剣』だ」
「それって……」
ヤスラギは先日の狩りで、カケノリが使用している燃える両刃の剣を思い出した。
「たしか、薪を燃やすのに使ってたような……」
「あぁ、そうだ。立派にライターとして活用され……え?
いや、たしかに、そういう使い方も出来るが……(世界的にも有名な少年漫画『ブレイドラゴン』の主人公の剣を模造品とはいえ、そんな雑に使ってるのかよ、アイツ)」
ハルアキにとっては、自分の作った武器をべた褒めしてくれたことがカケノリに心を許したキッカケだった。
てっきり自分の武器で無双しているものだとばかり思っていたハルアキがショックで固まるのを見て、ヤスラギは慌ててフォローする。
「あっ、で、でも! 狩りや戦闘訓練だと相手を過剰に傷つけちゃうから制限してるんだ、って言ってたから!!
それでもいつも携帯してるってことは、やっぱり大切な武器なんだよ!」
「……ふっ、そう……か。……そうだと、いいな。まぁ、真相はアイツだけのもの。ラギ長、今のは忘れてくれ」
「えっ、でも……!」
「別に、いいんだ。ライター代わりに使われようが、フライパンのように使おうが。
造り手の想像を超える使い方をする奴にこそ、俺の再現武器は相応しいハズだからな」
逆にいえば、造り手には原作以上の使い道が思いつかなかった。
オリジナルを超える発想力。
そういう才能が、俺にはなかったんだなと改めて痛感する。
「……アイツが良い奴なのは、俺だって分かってるさ」
羨ましいよ、とまでは言わず。
ハルアキはそれだけ伝え、最初に会ったばかりの頃のように黙ってしまうのだった。
「――あっ、来たきた。おーい!」
「ラギ長〜、呼んでおいて自分たちは居ないだなんて酷いぞー」
扉を閉め切った工房の前で壁にもたれていた芦田風雅は、二人に気づくと大きく手を振った。
また、そんなフーガの前には通路に座り込む三戸雷斗の姿もあった。
ちょうど重苦しい空気が流れかけたハルアキとヤスラギの二人にとっては、彼らの少し不満そうな声も救いの声に聴こえたのだった。




