鈴木康良義2
目覚めてからの数秒間。
いつもの朝と違うことに混乱した。
……そうだ、今は異世界に居るんだった。
思い出したついでに軽く伸びをすると、開きっぱなしの窓から吹き込む風の心地良さが身にしみた。
用意された個室には必要な設備がほとんど整っていて、まるでホテルのようだった。
いきなり始まった一人暮らしだが、なんだか修学旅行にでも来たかのような感じだ。
顔を洗い、歯を磨き、高校の制服とまったく同じデザインの服に着替えると、何も持たずに部屋を出る。
部屋の鍵は魔法による生体認証なので、鍵や財布など持ち運ぶ必要のあるものは、今のところ無いのである。
宿舎棟から食堂へは少しだけ歩く。
その途中、広場にある大時計で時刻を確認してみて驚いた。時刻はまだ午前5時半過ぎだったのだ。
へー、けっこう明るいのに、まだそんな時間なのか。
流石に早すぎるけど、食堂を利用するのに支障はないか。
と、ヤスラギはまっすぐ食堂へ向かう。
食堂には朝特有のひんやりとした空気が充満していた。ここに来るのは昨日の夕食以来で、まだ2回目だ。
「さて、なににしようかな〜」
ここの食堂のシステムはなかなか優れていて、慣れない異世界での生活を快適にさせてくれる、大きな要因の一つである。
24時間年中無休で開放されているこの食堂は、魔法の力で出来たてが維持されるので、料理を大量に作り置きしておくことができ、それらをいつでも好きに食べることができるようになっているのだ。
もちろん、自分で何かを調理してもいいし、持ち込んで食べてもいい。
使った食器や調理器具は自分で洗って元に場所に戻すこと以外に、特に厳しいルールを決めていないそうだ。
つまり、ここは共用キッチンと食堂のハイブリッド施設なのである。
生活にもっと慣れてきたら、自炊してみるのもいいかもしれないな。
さて、とりあえずご飯と味噌汁だけは確保して、美味しそうなおかずをいくつか取ろう。
うーん、朝からコッテリしたものは遠慮したいから。
……よし、焼き魚と目玉焼き、ほうれん草のおひたしにしよう。
うんうん、これぞ和食って感じの朝食だ。
静かな食堂に、小さくいただきますの声が響く。
「う〜〜ん、美味しい〜!」
どの料理も味付けは少し濃い目だが、働いたあとはこれくらいが丁度いいはずだ。
まぁ、まだ仕事らしい仕事はしてないんだけどね。
これらの料理は施設管理班のメンバーを中心に、一日5回、大量に作られることで保持されている。
いつでも食事にありつけるというのは、育ち盛りには嬉しい限りだろう。
メニューや腕前に関しては、まだまだ高校生レベルかもしれない。
だが、それも日々進歩する。その伸び代を差し引いてもお釣りが来るくらいには、『ヒポカムポス』の根幹を担っている施設なのであった。
「ふぅ、美味しかった。ごちそうさまでした」
きっちり上下水道が引かれている流し場で食器を洗い、元の場所へ戻す。
水回りの設備からも、施設管理班のマメな仕事ぶりが伺い知れる。
さて、見学の約束した時間まではまだあと2時間くらいある。
ここ、『ヒポカムポス』の拠点はかなり広く、昨日だけではまだ回れていない施設も多い。
よーし、食後の運動も兼ねてぐるりと一周、散歩してこよう。
名前って大事ですよね。
日本語だと読みと漢字の両方に願いや想いが込められるのがとても良い。