伊東晴明
「……あっ」「おっ」
黒曜石の壁が切れ込みに沿ってスポーツカーのガルウィングのように持ち上がると、二人は対面した。
片や、生まれたばかりの姿になった委員長、鈴木康良義。
片や、脱ぎたての制服入りの箱を抱えるキノコ頭の眼鏡、伊東晴明。
まだそこまで親しくない男子二人は、そんなお互いの姿を見て、なんと声をかければいいか悩んだ末に。
「どうも」
「ど、どうも……」
普通に会釈して、何事もないかのように振る舞うのだった。
ハルアキから受け取った制服にいそいそと着替えていると、元凶がツールボックスを片手にやってきた。
「おー! 無事でなによ……んぎっ!?」
それを見た僕は、無言で腰に巻こうとしていた普通のベルトをカケノリの腹部目がけてムチのように打ち付けた。
金具の方をぶつけないだけありがたいと思え。
「おいコラ。ちゃんと納得のいく説明は用意してあるんだろうな」
「はっはっはっ、それはー……どうかなー?」
「よし、分かった。今度は金具の出番ってことだな」
「わっ、ちょっ、待て待て! タンマタンマ! ジョークだ、ジョーク!! のぅぁああーっ!」
体を半分にひねりながら飛び退くカケノリを、ヤスラギはベルトを振り回しながら追いかける。
二人がじゃれあってる間に、ハルアキは躊躇うことなくドームの中へ。
そして、普通じゃない方のベルトを回収して戻ってきた。
「おーい、そろそろいい? 早いとこ直して戻りたいんだけど」
「お、おう! そうだな! ほら、ラギ長!」
「ちっ、命拾いしたな」
そんなセリフを吐き捨てて、僕はいつものベルトを巻き付けるのだった。
ハルアキがツールボックスから取り出したドライバーでヤバい方のベルトのバックル部分をこじ開ける。
そこには精密な電子回路かと見紛うほど、極小の魔法陣が刻まれたプレートが収められていた。
「へぇー……すっごい」
ハルアキの背後からひょっこりと顔を出して覗き込むヤスラギ。
「……」
これが自分の作品なら「大したことないさ」と謙遜していたところだが、これはカケノリの作品。
そんな無粋なことはすまいと、ノーコメントでハルアキは自身のスキル【鑑定】を発動した。
【鑑定】は、“特性や価値を見定める”スキルである。
だが、魔力を追加で消費し、その分析力を極限まで高めることで、その真価は発揮される。
このスキルを取得したメンバーの中で、最も早くその事実に気付いたのが彼、ハルアキだった。
眉毛に被る位置で真っ直ぐに切り揃えられた髪のすぐ下で、ハルアキの元々黒かった瞳がさらに黒さを増し、深淵を思わせる双眸となる。
彼は、どのように魔術が組まれているかを把握する。
どこをどうしたら、何が起こるのか。
使用者の理解力を越えるものは把握できないが。
だが、結果的に今日に至るまで。
「……解析完了」
彼が仕組みを理解出来なかった魔術用具は、この施設には存在しなかった。
「カケノリ、結論から言うと【感知】と【音声操作】のORゲートが悪い。
やはり最初から【思念操作】にするか、もしくは【感知】を【音声操作】より前に並列配置することでしか解決できんよ」
ハルアキはサラッと告げて立ち上がると、カケノリにベルトを手渡した。
「ねぇ、結局それって何なの?」
僕の当然の疑問に、ようやくカケノリが答える。
「こいつは、緊急脱出機能起動装置付きベルト。名付けて、『緊急脱出・ベルト』だ
施設内でうっかり発動しないように調整したつもりだったんだがな……」
それから話を詳しく聞くことで、今回の事件の全貌が明らかになった。
まず話の大前提として、僕たちの身体は普通ではない。
生命活動が停止したとき、魔力で造られたこの肉体は健全な生命活動が行えるときの状態を記録して、この召喚装置へと帰還するように造られているのだ。
これが、“死んでも生き返る”仕組み。先生が用意してくださった、僕たちの保険。
その機能を生命活動の停止以外でも発動できるようにしようと試みたのが、『緊急脱出・ベルト』だった、というわけだ。
で、結局カケノリは何を失敗していたのかというと……。
「――つまり、ここが敷地内だと【感知】しても、脱出の意思も【感知】すれば発動するようにしたことが裏目に出たわけか。
トリガーは合言葉による【音声操作】か、脱出の意思を【感知】するORゲート。あのときのラギ長には脱出の意思は微塵も無かったせいで、逆に【感知】からのシグナルが0になって……」
「そう、誤作動を引き起こしたわけだ。
あのときのヤスラギは、『家に居ながら家に帰りたいというワケの分からん願いを通りすがりのランプの魔人に叶えられてしまった』ようなものだ。
全く。だから、あれほど【思念操作】にしておけと……」
「いやー……。だって【思念操作】のキー設定、クッッッソ面倒じゃんかよ」
「クソとはなんだ、クソとは! せっかく対応言語を現地語から日本語にしてやったんだぞ。ありがたく使い倒せ!」
正直、よく分からなかった。
この手の話は、とにかく専門用語が多いからな。
なんだよ、通り過がりのランプの魔人って……。
お陰で最初の死因がろくでもないものになったわ。
いや、そもそも最初の死因ってなんだよ!?
普通、死因は最初で最後だからな!
「ねぇカケノリー……と、い、伊東くん? そろそろ雨で暇してる戦闘班が研究室に来る頃だと思うんだけど……?」
「それな。おれも戻りたい」
「俺のことは、ハカセかハルアキでいいぞ。ラギ長。
俺も行きたいのは山々なんだが、ちょいとこの能無しカケノリを黙らせるという仕事が増えちまった」
ハルアキからの予期せぬ返答にヤスラギは困惑する。
そのまま彼は、再びカケノリの持っていたベルトを奪い取るようにして座り込む。
「えっ……まさか、マジでここで魔改造する気か……!?」
「当然だ。共有財産である残基専用魔力をこんなことで消費してしまっては、他の班に対して示しがつかんからな」
そういって、ハルアキはツールボックスに自身の魔力を込める。
すると、その側面から本来存在しないはずの引き出しが次々に出現し、元々入っていた工具がガシャガシャと音を立てた。
その中身は、すべて魔術用具に用いられる魔力抵抗の小さいことで知られる多種多様な素材たち。
どうやら彼は本気で、今からこのベルトを改造するつもりのようだ。
「【鑑定】及び【製作】、起動」
そう唱えた声は少しくぐもってはいるが、強い意志を秘めている。
ハルアキの目の前に展開されたのは、深緑色の格子線で区切られた【製作】の空間。
それは解体小屋でライトが使っていた薄青色の空間よりも、遥かに高密度の魔力空間であった。




