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ヤスラギ委員長は死ぬほど忙しい  作者: スウェイル
第二章 委員長、怒る
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落合茜2

 どこまでも続く深い森に覆われた山々の中に、雄大で荒々しい岩山がそびえ立つ。


 木が根を下ろすことを諦めるほど硬い岩山。その中腹には、魔獣の住処を思わせる天然の洞窟が大きく口を開いていた。


 そんな辺鄙な場所に、天から人の影が差す。


 晴れ渡る空の中、どこからともなく現れた女性がふわりと洞窟の入り口に舞い降りたのだ。


 その長い黒髪には夕焼けのような茜色が混じり、同じ赤と黒を基調とした軍服と相まって、よく映える。


 その顔立ちは一般的な日本人女性において、美人と言える部類だろう。

 年齢は不明だが、纏った空気はとても大人びていた。


 軍靴をコツコツと響かせて、洞窟の奥へと進む女性。

 その足取りに一切の迷いはない。


上下に入り組むように分岐する洞窟の内部を苦もなく進み、彼女はあっという間に洞窟の奥底へと足を踏み入れた。

 

 何度もここに訪れているのだろう。

 その証拠として、この最深部には明らかに人の手が加えられた痕跡があった。

 

 岩壁はドーム状に整えられ、広さと安定感を兼ねる大空間となっている。

また、部屋の中央には円形に削られた石の舞台が鎮座し、荘厳な雰囲気を醸し出している。

 そして、部屋の隅には用途不明の大量の物資が無造作に置かれ、唯一の光源である魔力式ランタンがぼんやりと周囲を灯していた。

 

 ……侵入された形跡は見られない。


安堵した女性は、胸を撫で下ろすようにつぶやく。

 

「ふぅ……いよいよね」


 時は満ちた。

 霊峰からの恵みは充分に貯まっている。


 彼女は部屋の中央にある祭壇に立ち、目を閉じて深呼吸をする。


「……酸素濃度、魔力密度はともに正常。これなら始めて問題なさそうね」


 地下深くの空気を浄化するための処置を施したことは記憶に新しい。

 

 これでいつでも人を呼ぶことが出来る。

 この世界から脱出する手筈は、これで全て整った。


(いよいよ始まるのね)


「えぇ」

 

 誰もいない空間で、彼女は他でもない自分自身と声を交わす。

 

 思い出すのは、この世界に来てからの激動の日々と元の世界で今も続く平穏な日々、そんな二重の記憶。


 十二年前のあの日。


ふたつに分かれた、私たち。


その人生を、ひとつに戻す。

 

「……今日が、その第一歩」


(えぇ)

 

 国家級魔術に匹敵する規模の大魔術が、今、人知れず発動する。


ΗΦΑΙΣΤΟΣ(ヘファイストス)、起動」


「――承認(ショウニン)。『出力強化(オプト)』、『思考加速(アクス)』、『集中強化(コンス)』、『精神強化(タフ)』、『身体強化(ストル)』、『魔力充填(チャージ)』、『五重効果(クィントゥプル)』」


 彼女の合図で、軍服の襟元から無機質な声が発せられる。

 唱えられたのは7種の強化魔法と効果を5倍にする魔法。


 彼女の身体は一瞬で、人知を超えた強化状態となった。


 幾重にも折り重なった各魔法が発する光は、太陽と同じ白色の光となる。

 

 ほとんど暗闇だった部屋は、その白光によって昼間のように明るくなった。


「――起動(キドウ)シークエンス完了(カンリョウ)本体接続開始ホンタイセツゾクカイシ

 

 無機質な言葉に従うように彼女の身体から白色の光が四方に放射され、持ち込まれていた物資へと取り憑く。


 取り憑いた物の正体は、金属製の様々な部品。

 

 白いベールに包まれてひとりでに動き出し、台座を囲むようにして巨大な装置へと組み上がっていく。


(……凄いわね。最新のCG技術なら、この光景も再現できるのかしら)


「どうかしらね。()は映画なんて久しく観てないから、判断しかねるわ」


(……そうね)


 発光する女性を中央に残し、祭壇をぐるりと取り囲むようにしてドーム型の巨大な装置は完成した。


「――接続完了(セツゾクカンリョウ)。アイドリングモードへ移行(イコウ)します」


 完成したばかりの装置から、先ほど服から聴こえたのと同じ、無機質な声が発せられた。


「よし。これで、あとは召喚のタイミングを待つだけね」


(そうね。といっても、入学式は来週だから、もう少し先になるのかしらね)


「あら、その前に始業式で寝てる子が居たら、別にその子でもいいのよ?」


(……)


 装置の完成に満足げな女性は、彼女の中にいるもう一人の自分の不満そうな感情を察知した。


(ねぇ、やっぱり今からでも――)

「生徒を召喚するのも止めよう、って?

 それじゃ、いったい誰を代わりに召喚しろっていうのよ!?

 召喚の条件が厳しいのは、貴女だって分かってるでしょ?!」


(そ、それは、そうだけど、でも――)

「それに、今の若い子たちには私にはない発想力や爆発力があるわ!

 一時的とはいえ、神霊級の力を有する私でさえも解決できないような問題に取り組むのよ?

 パートナーとして、最適とまでは言わなくとも、望ましい相手ではあるはずよ!」


 感情的に叫ぶ彼女の表情は、決して明るいものではなかった。

 彼女自身も、これが最善の策ではないことくらい分かっていたからだ。


 だが、向こうの世界で安穏と暮らしている私と、こちらにいる今の私では根本的に考え方が違っているのだ、と一笑に付した。


(……それでも、クラス()の子たち全員っていうのは多すぎるんじゃないかしら)

「いいえ、むしろ少ないくらいよ! 偏った人員では、出来ることは限られる。

 もし仮に私が何人いようと、重傷者は治せないし、幽霊一体だって倒せない。それと同じことよ」


 いざとなれば、無理矢理にでも人員を増やすことは出来る。


 だが、それは倫理に反し、多様性を欠く不完全な方法だ。

 可能な限り避けたい最後の手段である。


(それでも……、いえ、この話はもういいわ。

 それより、召喚者に強制服従させる効果は大丈夫なんでしょうね?)


「えぇ。ちゃんと調整して()()()()()()()()()()したわよ。

 最も、色々な都合で自覚しないようにはなってるけどね」


(……服従の自覚が、ない……?)


「そうよ。彼らは心の底から“私たちの助けになろう”として、自発的に行動してくれるわ」


(……そう。別に、反抗心を持たないのなら、なんだっていいわ。どんな生徒を受け持ったとしても、安心して送り出せるから)


「……心配性ね。今どきの子たちなんて、剣と魔法の世界と聞いたら喜んで飛びつくでしょうに」


(そんなこと無いわ。大人しい子も沢山いるし、活発な子だって、そちらの世界にショックを受けないとも限らない)


「そのときは『精神操作(マインドコントロール)』で、上手くやるわよ。

 死ねない体に疑問を持たれても面倒だし、ゲーム感覚で楽しめるように冒険の舞台を整えて上げるわ」


フッ……


 とここで、女性の身体の発光が収まった。洞窟は再び、魔法のランタンのみに灯りを頼った暗闇に包まれる。


 先程まで明るかったことの反動で、その視界は完全に真っ暗な闇に支配された。


(……酷い話ね。私一人を救ってもらうために善意を出させて利用するなんて、教師することじゃないわ)


「あいにく、私は教師(それ)を志すより先にこっちに来ちゃったからね。

 だから、いざというときの教師役は貴女に任せるわ」


(……わかったわ。(あなた)こそ、無事にこっちに来るまでヘマしないでよね)


 かすかに機械の駆動音が聴こえる闇の中で、彼女たちは静かに語り合った。


 のちに、世界にその名を馳せる探究組織『ヒポカムポス』が本格的な活動を始めたのは、この日から二週間後のことだった。

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