鈴木康良義7
異世界探索組織『ヒポカムポス』。
その拠点の中心である研究所には、この組織に所属する31人しか知らない隠された部屋が存在する。
地下に広がる七つの階層の更に下。
第八階層とも呼ぶべきその空間に、巨大な黒曜石で出来た漆黒のドームはひっそりと佇んでいた。
天然のシェルターとして機能する洞窟の最深部に、用心深く魔力抵抗の高い黒曜石の球体が存在している理由はただ一つ。
この中には、決して壊されてはならないものが入っていることにほかならない。
――そんなドームに向かって、天井の分厚い岩盤をものともせずにすり抜けてきた一筋の光が差し込んだ。
その光はまるで幽霊のように、抵抗力が高いはずの黒曜石を突き抜けてさらに内部へと侵入する。
侵入した光がドーム内が照らすことで、真っ暗なその内部が明らかとなる。
黒曜石の壁に沿うようにして張り巡らされた、巨大な機械の数々。
その中央には石造りの祭壇が置かれ、コの字型に3つのベッドが囲んでいる。
祭壇と同じ石材の床には魔法陣の紋様らしき彫刻もされていた。
そんな中央の祭壇を、スポットライトのように光が照らす。
次第に光は固体化し、その形状を“ベルト”へと変化させた。
そして、その変化が落ち着いたとき、周囲の機械がひとりでに動きだす。
ドーム入口の向かいの壁に蜂の巣のように積まれた六角形の筒は、小さな覗き窓からその中身を覗かせる。
ほとんどは暗い赤色だが、下の方にある数本だけが、眩しい白色に染まっていた。
重厚な音が響き渡ると、そのうちの一本がゆっくりと白色から赤色へと変わる。今まさに魔力が充填されたのだ。
こうして、ベルトを解放する準備が整った。
次の瞬間、3つあるベッドの1つに対し、凄まじい轟音と共に四方より白い稲妻が走る。
眩い閃光は真っ暗だったドーム内を一瞬にして白く染め上げて。
再び暗闇に戻ったとき、そこには裸の人間が仰向けの状態で横たわっていたのだった。
「…………は????」
ヤスラギは意識が覚醒すると同時に、かつてないほど困惑した。
待て待て、ツッコミどころが多すぎる。
『何も起きなければ成功』って、思いっきり失敗してるじゃんか、カケノリ!!
くそぅ……マジで、何が起きた。
ここはどこで、僕は誰だ。
さすがにそれは僕だな。
いったい僕は、何をされた?
これは、どういう状況だ?
「……うーわ、暗すぎて何も見えん。ていうか、お尻、冷たっ。せめて服を――」
目を凝らしながら僕は立ち上がろうとして、ふと違和感を覚える。
なんとなく、思ったよりも身体に力が入らないのだ。
元々非力なヤスラギだが、その変化を敏感に捉る。
「……あれ、【飛翔】が解除されてる!?」
力が入らないだけではない。
どうやらカケノリたちの部屋へ急ぐためにセットしたはずのセカンダリースキルも、消えていた。
おそらく今の出来事のせいで解除されてしまったようだ。
僕は慌てて他のスキルも確認すると、腕時計の魔法や「遣直」のほうは健在だった。
だが、なにやら様子がおかしい。
「……まさか、魔力不足?」
時計は一瞬だけ表示されて、すぐに消えるを繰り返し、「遣直」はそもそも発動すらさせられない。
こんな状態になるのは初めてだったが、体内を巡る魔力の感覚がないことで、それが原因であるとすぐに思い当たった。
……なるほど。
ということは、力が入らないと思った理由も魔力が極端に少なくなっているせいか。
ヤスラギはそう結論付け、おずおずと立ち上がる。
そして、周囲をみわたすことで、この暗闇に目が慣れるより先に背後の方向に浮かんだ4つ並んだ白い丸を発見した。
足元に気をつけながら、おそるおそる近づく。
……が、それはただの魔力タンクの光だった。出口ではないことを知り、ヤスラギはがくっと肩を落とす。
だが、そこがこの部屋の端である。出口を求めて今度は壁伝いに進んでいく。
弧を描くように進むこと、おおよそ半周。
ようやくさっきの白丸のちょうど反対側の壁に、センサー式のスイッチを発見した。
「いやいやいや! こんなの見つかりっこないって!」
一応、蓄光塗料で縁取りはされているのだろう。
たしかに至近距離で見れば、微かに光っているように見えなくもない。
だが、あそこのベッドで起きた直後にこれを視認するのはまず間違いなく不可能だ。
あまりの不親切設計に、大人しいヤスラギが誰も居ないとはいえ、大声を出したのも頷ける。
……もしここにまた来ることがあったら、今度は非常口の緑の看板を用意してこようかな。
少しキレ気味に、そんなことを考えながら、ヤスラギは魔法で制御された扉のセンサーに触れて、ドームの外へと出るのだった。
全裸で。




