蒔田希穏3
「――三行目に“次からは予言”ってあるじゃない?
この下の内容は全部その日に起こることの予言だったの?」
「あぁ、そうか。ラギ長はこの間来たばかりだったな。そうだぜ、その通りだ」
キオンは自身が今日までに体感してきた予言の正確性を裏づけるように強く頷いた。
「“掃除用具入れ”は、フジマサがレア魔術付与武器の『氷結槍』を無くしたと大騒ぎしたときに、そこから見つかったし――」
……なにやってんだよ、フジマサ。
「――“水車小屋落雷”は文字通り、作ったばかりの水車小屋に雷が落っこちて、ぶっ壊しやがった」
……うわぁ、災難。
「そ、それは脅威の的中率だね……」
施設管理班に所属するキオンにとって、設備を壊されるのはもっとも腹立たしいことのひとつ。
苦虫を噛み潰したようなその顔は、そのときの悔しさを痛烈に物語っていた。
「ん? てことは、この“南の森は危険”っていうのは、誰かが狼とかに襲われたりしたってこと?」
その予言は、ちょうど三日前に僕がこの世界に来た日の予言だ。
特に、この日に誰かが怪我をした、という話は聞いていなかったはずだが……。
「いや、それは事前に誰も行けねぇように防いだから知らん。
南の森へ続く道に居座って、わざと時間のかかる石畳敷きの作業をしてやったんだ。
警備の巡回で戦闘探索班の女子三人が来たから、事情を話して引き止めたんだ」
「事情を話した……って、予言のことを話したの!?」
まさか、とキオンは首を横に振る。
「“どうせ俺が一日中警戒してるから、この辺の警備は任せな”って言っただけさ。俺だって、琉花と同じ“3スキル持ち”だぜ、ってな」
キオンは少しだけ得意気に言ったあと、それ以上は自慢することもなく、再び画面を見つめるのだった。
“3スキル持ち”とは文字通り、【飛翔】、【索敵】、【伝心】の三つのスキルを所有する人物を意味する言葉だ。
スキル容量が比較的小さいスキル同士だからこそ獲得が可能な組み合わせであり、そのスキル構成から一部の男子たちからは『哨戒機』と呼ばれていたりもする。
なお、戦闘探索班の源琉花とキオンだけがその組み合わせで所有しているため、自動的に、その呼び方はこの二人を指すことになる。
「なるほど、確かにキオンにそう言われたら、断れないね」
「あぁ、そうかもな。……まぁ、結局、最後まで【索敵】に敵の反応はなかったんだけどさ」
いったい何が危険だったのかは、未だに不明なままなんだ、とキオンはガリガリと頭を掻いた。
「んー……じゃあ、この“昼飯を避けろ”っていうのも、不明?」
「……いや、それはあえて、何が起こるのか見に行ってきたぜ。この身を犠牲にしてな」
と、なにやら声を低くして答えるキオン。
急な雰囲気の変化にヤスラギは思わず、ゴクリと生唾を飲み込む。
「あれは、昨日……いや、正確には一昨日の昼のことだ。
俺はいつも通り、食堂で肉や魚を料理して、食い物の補充をしていた」
「あっ……そうか、調理担当側か」
「“昼飯を回避せよ”の意味を“昼飯を食うな”って意味だと思っていた俺は、情けないことに油断していた……」
神妙な面持ちのまま、キオンは静かに語る。
「ヤスラギ。俺たちの持つ【索敵】のスキルには、一つだけ致命的な穴があるのを知っているか?」
「穴……?」
「あぁ、そうだ。スキルを起動していないときでも“敵意を向けてきた存在は自動的に感知する”機能が便利なスキルなんだが、逆に言うとそれは、“敵意が無い相手までは感知できない”ということだ。
いくらコッチがそいつに対して、強烈な敵意を持っていたとしてもな」
まるで親の仇にでも会ったかのような怒気のキオンに、ヤスラギは圧倒される。
のちほどヤスラギは知ることになるので、今のうちに補足しておくと、【索敵】のスキルを発動しているときは、周囲で動く物や生物を捕捉し、サーモグラフィーのように“敵意の濃さ”を感知できるようになる。
つまり、敵意の無い味方の動きなども感知出来るので、冒頭のようにキオンはこれまでスキルを発動させて、手紙を読みに来ていた、という訳だ。
「覚えておくといい……。奴は――」
キオンは、ここぞとばかりに憎しみを込めて、言い放つ。
「Gは! 蜚蠊は【索敵】に反応しねぇ!! アイツら、俺たちのことを敵とすら思っていねぇんだ!!」
「な、なんだってぇぇえええ!? ……えっ、それで結局、どうなったの!?」
キオンは不愉快そうに説明する。
……念の為に言っておくと、キオンが不愉快なのは決してヤスラギのせいではない。
すべては、Gのせいである。
「不意にバッチリと目があったソイツは、あろう事か、こっちに飛んできやがったんだ。
……想像してみろよ。直前まで考えてたこと、ぜーんぶ吹っ飛ぶぜ」
そのときの再現とばかりに、【飛翔】のスキルを発動したキオンはくるっとひっくり返ると、まるで吊るされているかのように、力なく宙ぶらりんの姿勢で静止する。
「……あっ、もしかして、“昼飯を避けろ”って、そういう……」
「そ。物理的に避けろ、って意味だったらしい。……まあ、無理だったけどな」
「あー……」
すべてを察したヤスラギは、気まずそうにキオンから目線を逸らした。
「ま、そういうことだから。ラギ長も今後、この予言の内容は頭に入れて生活してくれ」
通常の姿勢に身体を戻しながら、キオンはヤスラギに向き直る。
「フジマサの槍とか、落雷とか、施設全体に関わる予言がある以上、共有しない手はないはずだ。
毎日、この時間に俺が読みに来るからさ」
キオンの提案に、ヤスラギは願ってもないことだと食いついた。
「ありがとう、助かるよ」
感謝の言葉を告げるヤスラギ。
すると、キオンは無言のまま踵を返して、歩き出した。
「……(もう遅いから、戻りながら話そうぜ。あんまり無理しすぎんなよ……)」
「(……うん。善処するよ)」
キオンから届いた、友愛と心配の感情をヤスラギは素直に受け止める。
しかし、それに対してヤスラギが返した本音には、キオンをやれやれと苦笑させるほど、頑固な意志が込められていたのだった。




