殿岡奏
渡辺閒宙は山本光剛と同じ古参組で、なおかつ同じテニス部で、なんなら小学生の頃から何度も試合をしてきた旧知の仲である。
例えるなら、炎と氷のような間柄だ。
「なァああ!!? てめぇ、こら、マヒロ! 自分が頭いいからって、調子こいてんじゃねぇぞ!!」
「おいおい、どっちだよ。さっきは俺のこと、テニスバカって言ってたじゃねえか」
「勉強の出来るテニスバカだって、いるだろうが!」
そんな言葉を皮切りに、二人はクラスメイトに見られているのもお構い無しに、激しく言い争いを始めてしまった。
テニスのプレースタイルも性格も、パッション系とクレバー系とこれまた真逆。
この二人が一度喧嘩を始めるとなかなか収拾がつかないことは、二人をよく知る者たちの間では有名な話だ。
……なので、放っておく。
皆は再び、壇上にいるサクラへと視線を向けた。
「あっ、そうだ」
と、ここで、最前列に座っていた施設管理班の班長、殿岡奏が唐突に、閃いたアイデアを口にする。
「だったら、専用のテストを作ってもらって、その成績順にするっていうのは、どう?
将来的には、中級や上級の魔法の杖も必要になるんだし、難しい試験でも突破できる人を優先した方がいいんじゃないかな」
それはつまり、どういうことか。
カナデの言い分はこうだ。
ここまでの会話には出てきていないが、運転免許の制度とほぼ同じで、いきなり中級や上級の試験を受けることは出来ないということが、この話の鍵になっている。
受験できる人数が限られてしまった今、初級試験に合格した人にはそのまま順調に上位の試験にも合格してもらわないと、上級の杖を入手する時期が遅くなってしまうのは確実だ。
来月に行われる初級試験を逃すと、次の初級試験はなんと半年後。
このことはすでにサクラが3週間ほど前に説明したことがあり、ほとんどの生徒があまり猶予がないということだけは理解していた。
だが、中級試験や上級試験も同様に、非常に限られたタイミングでしか受けられないことを把握していた者はカナデを含めた数名のみ。
まだ初級試験を受けれてさえいないのに、本来はそんな先のことを気にしても仕方がないので当然なのだが、今回ばかりはその計画性が功を奏する。
上位の杖を獲得するタイミングが遅れることは、脱出方法を探す上で、かなりのロスになるのは明白だ。
つまり、長々と解説したが。
カナデの出した案は、そのリスクを最も高い確率で回避できる案なのだ。
「たしかに、その方が効率的ね。そうしましょう」
そんな意図を理解してか、サクラはカナデが出してくれた案を即採用。
これをもって、この場を収めることにした。
ヤスラギや自分ではなく、第三者からの意見であれば、流石のコウゴだって……。
「オイオイ、それじゃもし、みんなが満点取ったらどうすんだよ!」
……納得すると思ったのに、あのバカは!!
さっきまで口喧嘩していたはずのコウゴは、耳がいいのか視野が広いのか、またしても口を挟んできた。
相手にするのも疲れたサクラは、ため息混じりに言葉を返す。
「あのねぇ……、中級や上級の試験問題を混ぜるんだから、そう簡単に満点は取れないわよ」
「へっ、そいつはどうかな。学校の勉強はダメでも、ゲームの呪文や漫画の詠唱なんかは完璧に覚えてる奴はいるんだぜ? 俺みたいにな!」
そういって、得意気に覚えている限りのゲームに登場する魔法の名前を言っていく。
そう簡単に身につくとも思えないが、それでも興味があることや、好きな事に対して働く集中力というものは侮れない。
サクラはいつになく本気のコウゴに気圧され、というか答えるのも面倒で、固まってしまった。
そんな様子を見たヤスラギが、今後こそサクラを助けに入る。
「じゃあ、そのときは、この世界に先に来ていた人を優先する、ってことでどう?」
世界的に有名なファンタジー小説に登場する、物体を浮遊させる呪文をノリノリで唱えていたコウゴをじっと見つめ、ヤスラギは返事を待つ。
せっかくいい気分だったのを邪魔された、と言わんばかりに睨み返すコウゴだったが。
「んー、まぁ、……それならそれでいいぜ、委員長さんよ」
それが、最初に自身の提案した選び方であることに気づくと、あっさりと引いたのだった。
(なんだそりゃ。結局、殿岡と俺が出した意見をくっつけただけじゃねぇか。
やれやれ……、やっぱ委員長ってのは名前ばっか偉そうで、実際は大したことないんだよな。
サクラにも変に期待されちゃって、可哀想に)
コウゴはまだヤスラギのことを認めてはいなかった。
だから、あえて皮肉を込めて委員長さんと呼んだのだ。
「ヤスラギくん、大丈夫なの……? たしかに、アイツが満点取ってるところはイメージ湧かないけど……」
心配そうに見つめるサクラ。
しかし、ヤスラギにはその心配の意味が分からなかった。
いや、正確には理解っていたが。
「別に? 光剛が勉強して合格したなら、それは褒められるべきことだもの。
もちろん、他の人だってそうだ。もし僕がみんなと同じ点だったのなら、そのときは喜んで順番を譲るよ」
と、あえて「大丈夫だよ」とは口にしなかった。
たしかに山本は、この議題を散々に引っ掻き回してくれた。
そんな奴に“魔法の杖を優先的に渡すと約束して大丈夫なのか”、とサクラさんは言いたいのだろう。
だが、そもそも山本はなにも間違ったことは言っていない。
もしテストで宣言通りに満点を取れば、彼は確定で試験を受ける権利が手に入る。
ただ、それだけのことだ。
魔法の杖を持つのに相応しい人間かどうかは、すべてテストや試験の結果が決めてくれる。
だから、サクラが心配しているように。
(山本の性格を考慮して、手を回すようなことはしなくていいんだよ)
(!!!)
耳元で囁かれるよりも強烈な刺激がサクラを襲う。
この会議のためにヤスラギがセットしてきた二番目のスキルは【伝心】。
ヤスラギは不満や不快な感情を一切抱いていないことをサクラに伝えるために、今の安らかな気持ちを目いっぱいに乗せて、サクラにテレパシーを送ったのだ。
バターン!!
こうして、サクラは無表情のまま、教壇に倒れ伏した。
今度はなんだ!?
と、視線は再びサクラへと集まる。
顔を伏せているので皆からは見えていないが、今の彼女の顔は、人に見せられないほど、ニヤけていた。
そして、我慢しようと必死で悶えている。
「そ、それはそうと……! そのテストはいつ頃やる予定なの?」
サクラに向けられる好奇の視線を何とかしようと、ヤスラギは慌てて議題が進むような質問をする。
「んー…………そうね。手続きもあるから、来週にはやるわよ」
「「「来週!?」」」
伏せたままそう答えたサクラ。
皆が驚いたあと、いつものクールな表情を取り戻し、バッと頭を上げた。
「そ。やるなら、来週の金曜日がいいかしらね。集まることや採点してもらうことも考えれば――」
「そんな……! 今から来週までに、どうやって勉強しろっていうのさ!」
「そもそもテストは誰が作るの? テストを受ける人は作れないから、茜先生?」
またしてもざわめきに包まれる講堂。みなの様々な意見や憶測が飛び交う。
「あー……そうか、私も受けなきゃ、不公平か。茜先生、資料は渡すので、お願いしてもよろしいですか?」
「えぇ、別にいいわ。しばらく図書室が賑わいそうね」
こうして、試験の詳細が決まっていき――。
〜検討課題〜
①魔法の杖について
杖を持つためには魔術協会からの認可が必要となる。
それぞれの階級試験を受けて合格する必要があるが、試験を受けることが出来るのは貴族や商人、冒険者や学生など身分を証明できる人に限られるため、僕らの場合は保証金が必要になる。
その保証金の額が先日、以前の4倍になったため試験を受けられるのは、13人か14人まで。
→6月3日(金)選抜テストを実施。補欠合格2名を含む15名を第一期初級試験の受験生とする。
なお、合格者は8月の中級試験にも臨めるように備えておくものとし、可能ならば12月の上級試験も視野に入れておく。
「……よし、こんな感じかな」
満足そうにヤスラギは伸びをする。
議題はまだあと2つ残っているが、一番荒れた議題が片付いたので、もう大丈夫だろう。
ラストスパートの前に、今一度ヤスラギは目を閉じて集中力を高める。
目を閉じても脳の奥がジンジンしていて、こんな時間なのに眠くない。
「ふぅ、一気に終わらせますか」
②馬車以外の輸送手段について
現在利用可能な馬車は一台のみで、保有する馬もヒトミ号、ヒカル号の二頭のみ。
停留場所などの都合で、しばらくはこれ以上増やせない。
→オフロード用に改造した自転車3台を追加。軽いものは今後、自転車便で運ぶ。
「飛翔」スキルも低空飛行で使用すれば目立ちにくいため、それを活用した効率的に荷物を運ぶ手段を検討する。
③商会の設立について
現在、各商会には市場価格の六割から八割の値段で製品を卸し売りしている。
自分たちで商会を設立すれば直接、販売ができるようになるほか、新たな商売を始められるようになる。
→商人ギルドへ申請中。審査待ち。
商会の名前は『海馬商会』の予定。
「……よし、できたー」
時刻は間もなく深夜0時。
ひと仕事終えた達成感で脳が興奮しているため、もうしばらくは寝られそうに無い。
さて、どうしようかと悩んでいると。
……窓の外から、かすかに足音がした。
気になって外を覗いてみれば、夜の山道を歩く人影を発見する。
「ヒェッ」
一瞬、お化けか何かかと思ったヤスラギは、慌てて隠れる。
そして、こっそりと窓越しにその正体を確認すると……。
それは、広場の方へと一人で降りていく陸上部の男子、蒔田希穏だった。




