太田翔典3
「さて。そんじゃまずは、時計魔法で実験だ。
……あ、間違えて他のスキルをセットすると、容量オーバーで腕が焼け落ちるから気をつけろよ〜」
「ヒェッ……急に怖い話するじゃん」
念入りにセットされているメモリージェムを確認したヤスラギは、自分で左腕にリングをセットし直した。
【遣直】のスキルも忘れずにかけて、準備完了。いざ!
「よし。リング起動!」
本日三度目の稼働となったリングは、問題なくヤスラギの左腕にもデジタル時計の魔術を刻んでゆく。
【遣直】スキルは左腕全体を保護しているため、スキルを開放すれば、たちまち元の素の腕に戻るだろう。
「……開放!」
時計が起動するのを確認し、すぐさまスキルを発動する。
表示されていた数字の列は一の位から十の位に繰り上がることなく、虚空へと消え去った。
「完・璧!」
「おっしゃあ! いよいよ、本番だ! さっさと頭に付け直すぞ!」
四度目の付け替え作業ともなれば、一連の流れはスムーズに行われた。
メモリージェムも忘れずに交換し、いざ夢のスキル全所持者へ! と意気込む二人。
と、ここでヤスラギの頭にふと疑問が生じる。
「【遣直】、発動! ……ねぇ、カケノリ。ちょっと思ったんだけどさ」
「……ん? どした?」
「これ、頭全部を今の状態に戻したら、記憶まで戻ったりして、大変なことにならない?」
「………………あ」
無情にも首元を出発したリングは、天使の輪っかのように頭の上に到達し、一往復だけして戻ってきた。
その間、二人は一切喋ることが出来ず、静寂の時間が部屋に訪れたのだった。
「ま、まぁ……物は試しだ。戻るだけで、死にはしないさ」
「そ、そうだね」
しかし、記憶ごと戻ってしまえば、それは失敗である。
なぜなら新しく初期スキルを取り直すたびに、それらを取る直前まで記憶も経験も戻ってしまっては、なんの意味も無いからだ。
「……よし。やるよ」
「あぁ……、頼む」
「すぅー…………ふぅ。……【遣直】、開ほッ……?!」
「ラギ長ッ!!」
目眩に襲われたらしく、よろけるヤスラギ。
しかし、その身体は本人の意志、重力、時間に逆らうかのように頭から起立した状態へと引き上げられる。
そして……。
「……あれ? 今、【遣直】のスキル使ったよね? なんで頭の保護をしてないのに、魔力が減ってるんだ?」
まるで何事も無かったかのように、キョトンとするヤスラギがそこにいた。
そんな様子を見たカケノリが「あっちゃー……」と頭を抱える。
先ほどスキルを発動した瞬間に戻ったことで、ヤスラギは今、まるで一瞬にしてスキルが消費されたような感覚に陥っている、ということが分かったからだ。
「……あーあ、やっぱり一筋縄じゃいかねぇか」
「へ?」
ヤスラギに、何が起こったかを説明するカケノリの表情はうかなかった。
そして、状況を把握したヤスラギにも伝播したのだった。
「そっか……」
「すまねぇ……おれの研究不足だ。
頭に【遣直】を使えばこうなることくらい、ちょっと考えればすぐに分かったってのに……」
「そんな! カケノリが謝ることじゃない!
【伝心】以外に、欲しいスキルを決めきれなかった僕だって悪いんだから。
……気を取り直して、当初の予定通り2つ目のスキルには【伝心】をセットするよ」
「……そうだな。すまん、無駄に期待させちまって」
「ううん、全然。むしろ、【遣直】のスキルの面白さというか、奥深さみたいなのを知れてよかったよ。
1つ目がコレで正解だった!」
「そうか……!そいつはサンキュー、だな」
と、少しだけ元気になったカケノリを見た瞬間。
ヤスラギの脳裏に電流が走る。
カケノリを励ますために発言した、“面白さ”や“奥深さ”は、先ほどの『実験』の中で感じた紛れもない事実だ。
その実験の光景を思い出しいたことで、閃いた。
「……ペンとインク」
「えっ?」
「そうだよ! 紙じゃなくて、ペンとインクの方を遣り直せばいいんだよ、カケノリ!」
「お、おう……? どーした? 急に」
ヤスラギは【遣直】スキルの使用を通じて、体内を巡る不思議な力の流れに気づいていた。
先ほど自分でも驚くほど自然に出た「魔力」という単語が、その正体だ。
「カケノリ、【伝心】のスキルが入ってるジェムをもらってもいい?」
「あ、あぁ……えーーっと、はいコレ」
「ありがとう」
これはある意味、賭けだ。
だから僕は、賭けに負けてもいいように、セットされていた琥珀色のジェムを外し、桜色のジェムをセットする。
この際、指先からも僅かに魔力が供給されていることを感じ取ったヤスラギは、自身の勝利を確信する。
やっぱり、この装置の動力源は“使用者から吸収された魔力”だ。
「このリングが首の周りに浮かんだくらいからかな。それ以降、首のあたりからの魔力吸収も無くなったんだ。
つまり、アレは充電ならぬ、魔力の充填が完了した合図でもあったんだよ」
「……なる、ほど? つまり、どういうことだってばヨ?」
思考速度が早すぎて、説明を置き去りにしているヤスラギについていけないカケノリ。
それを横目に、『シルバーズ・リング』は再びふわりと浮き上がった。
思わず、ニヤリと笑うヤスラギ。
「これでインクの補充がされた、ってことさ。
つまり、今、このタイミングで【遣直】を発動させれば……!」
そう言いながら、ヤスラギはリングが稼働する寸前に、青い光のベールを装置全体にしっかりと纏わせた。
「……っ、んなるほどッ!!! そいつは間違いなく正解だぜ! マジで、グッドアイデアだ、ヤスラギ!!」
五度目の正直、なんて言葉は無いが、今だけはそう言わせていただこう。
かくして、脳に刻み込まれるはずの魔力刻印ごと魔力のベールで保護するという離れ技によって、ヤスラギは見事、スキル獲得の遣り直しを成功させたのだった。
「――カケノリ……、ちょうど今、僕の所属する班を決めたんだけど、知りたい?」
「おー! そういえば、そっちもまだだったな。どこにするんだ?」
ふふふと、少しもったいぶってから。
ヤスラギは満面の笑みで、こう言い放った。
「僕は、4つの班、全部を掛け持ちする!!」




