太田翔典2
「もしも初期スキルが”全部”使えるようになるとしたら……どうする?」
「どうするって……そりゃ、使うに決まってるでしょ。2つか、3つしか選べないところを7つ全部だなんて」
当たり前のことを聞くなよ、と要領を得ていない様子のヤスラギにカケノリは言葉に詰まらせる。
「えーっと、そうじゃなくてだな……。
あーもう! いいから、やれ!! やりながら説明する!!」
「な、なんだよもう……。はぁ……わかったよ」
開き直ったカケノリは、その勢いのまま『シルバーズ・リング』の起動手順について説明した。
といっても、魔力の注入さえ済めば、あとはプログラムに従って動く機械のようなものである。
様々な情報機器に囲まれて育ったZ世代の彼らにとって、この装置はとても扱いやすいものだった。
「なーんだ、思ったより簡単なんだね」
「そりゃ、メモリージェムをセットしてスイッチを押すだけだからな。
現代でスマホを使いこなせてれば、こんな古い装置、どうってことないだろ」
「そうだね。……って、古い装置?」
そういえば、このリングそのものについては聞いてなかったな。
たしかに、傷や質感は年代物のそれだった。
「それってつまり、リング自体はカケノリが造ったわけじゃないのか」
「そりゃそうだろ。たった一ヶ月でこんなものが造れたら、マジで天才だぜ。
俺がつくったのは、その中に入ってる時計魔術のプログラムだけさ」
カケノリはパーツの中にセットされた茶色い結晶を指しながら、ドヤ顔で答える。
「これは茜先生が持ってた道具のひとつで、旧式の魔術付与装置らしいんだ。
正直、細かい仕組みや原理までは知らん。おれが知ってるのは主に、これの使い方と直し方だけだ」
「いやいや、それでも十分凄いと思うよ。
もしもここに、古い機械……例えば、レコードプレーヤーがあったとして、1ヶ月以内に自分でレコードを作って音楽を流してるようなものでしょ?
だから、凄いよ!」
「うーーん……? 凄いか、それ?」
どちらかというと、「ファミコンのカセットを自作した」の方が近いだろ、とカケノリは思ったが、うんうんと頷くヤスラギに悪いので黙っておくことにした。
喩えは相変わらず少し変だったが、カケノリも悪い気はしなかったからだ。
「ふーん……ま、いいや。そろそろ初期スキルの方も刻印していくぞ」
「オッケー。その青色のをセットするんだっけ」
「そうそう……って、まずは首に付け替えてからな」
「あ、そうか。危なっ」
慌ててリングから手を抜き、肘のパーツも取り外す。
肘に着けたパーツはリングが可動する際の起点となる読み取り装置で、本来はうなじ周辺に取り付けるものだそうだ。
本来の位置に取り付け、首輪のようにリングをすぽっと被るヤスラギ。
程なくして、先ほどのようにリングはふわりと浮かび上がって、首の周りを漂い始めるのだった。
「よし。ところで、この青いメモリージェム……?
ってのに入ってるスキルって、どのスキルなの?」
「ん? そりゃ【遣直】のスキルに決まってるだろ。これが無いと全部のスキルを使えるようにできねぇんだから」
「?? それって、どういう……」
先ほど消された時計の魔術。
それがいったい何によるものだったのかを思いだしたことで、ようやくヤスラギも閃いた。
「あぁッ!! もしかして、そういうことッ!?」
ちょうどそのとき、首元で『シルバーズ・リング』が稼働を開始する。
頭をCTスキャンするかのように、リングはゆっくりと頭頂部へと光を放ちながら移動する。
メモリージェムに記録されたスキルを、外部から影響を受けにくい頭の内側に刻みつけていくのだ。
この施術はたったの1往復で完了した。あっという間だ。
「終わった……? 全然、変わった気がしないんだけど……?」
「あー、最初はみんなそんなもんだったから大丈夫だろ。そんなことより、さっそく【遣直】スキルの練習をするぞ」
「……それもそうだね。このスキルを使わないといけないもんね」
「そうそう。んで、使い方をマスターしたら、左腕にリングを移して、時計魔法のジェムで一度試そう。
ちゃんとスキルの刻印をキャンセルできれば、あとはもうスキルを入れ替え放題だぜ!」
カケノリは机の上にあったペンを手に取り、件のスキルを発動する。
「【遣直】発動。ほら、ラギ長も」
「サンキュ」
空いていた左手で放り投げられたペンをキャッチし、ヤスラギもカケノリに続く。
「【遣直】ッ……! おぉー! スキルって、こんな感覚なのか!」
それは新しい感覚だったが、不思議と違和感は無かった。
意識した対象が、この状態からやり直せるようになる魔力のベールで包み込まれる。
自分の意のままに扱えるその感覚はとても新鮮で、ヤスラギのテンションは留まることなく上がり続けていた。
「よぉーし。そんじゃ、この紙にテキトーに文字を書いたあと、ペンを向こうに放り投げろ!」
「オッケー!」
二人は製図用の紙にぐしゃぐしゃっと書きなぐり、満足したところで岩壁に向かってペンをぶん投げる。
カケノリが投げたペンは勢いよく壁に突き刺さったが、全く気にすることなく、レクチャーは再開された。
「よし。あとはスキルの力を開放するだけだ。そうすればスキルで魔力を付与した瞬間の状態まで自動で戻る」
カケノリが離れた所から突き刺さったペンに手を向けると、ペンはぼんやりと水色の光を放ち、するりと壁から抜けてカケノリの手の中へと戻り始めた。
どうやらスキルの開放をする際、それを声に出す必要はないようだ。
また、ペンと同時に、紙からインクもじわりと滲み出て浮き上がり、カケノリの手元に戻るまでの間に空中でペン先へと吸い込まれていくのだった。
「な、簡単だろ?」
渾身のドヤ顔で、やってみろよと促すカケノリ。
「おぉー!! よーし……!」
ヤスラギも手をかざし、「スキル開放」と念じてみた。
すると、床に転がっていた方のペンもインクを回収しながら手の中へと戻ってきた。
テストは文句なしの大成功だ。
ちなみに、手をかざす必要はないのだが、ヤスラギがそのことに気づくのはもう少し先のこと。
「よしっ!」
「大丈夫みたいだな。一応、このスキルを使うとき、注意しなきゃいけないことがある。元に戻せる対象について、だ」
カケノリは壁の近づき、出来たばかりの小さな穴を指さした。
「あくまで戻せるのはスキルを発動して魔力を込めた物だけだ。
その物体がぶつかって壊した物とか、状態を変化させたものまでは戻らねぇし、前の状態を保持してないから、戻せねぇ」
つまり、インクはペンと一緒に魔力が注がれていたから、戻った。
一方、壁には注がれていなかったから、戻らないし、今から魔力を注いでも戻すことはできない……ということだ。
「だから、使い道としては、弓矢なんかがとても分かりやすいな。
射った矢の回収はできるけど、せっかく獲物に当たっても、矢だけが抜けて返ってくることになる。
……まぁ、それはそれで、出血量次第では倒せるけどな」
「ほうほう」
「他にも、施設管理班では重宝してるって話だな。
食器とか家具とかのDIYで、いちいち失敗しなくなるのはデカいだろ」
「あー、たしかに。
なんだか、ほかと比べると少し地味だけど、使い勝手の良いスキルって感じだね」
「そういうことだ。
個人的にも、こういう“発想力が試される系“なところが気に入ってるぜ」
こうして【遣直】のスキルの魅力を語れて満足したカケノリは、いよいよ本題に入ろうかと話を切り出すのだった。




