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ヤスラギ委員長は死ぬほど忙しい  作者: スウェイル
第一章︎ ︎ ︎委員長、死す
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太田翔典

「おっ、やっと来たか。ずいぶん遅かったな」


 昼間の狩りのときと違い、白衣姿の太田翔典(おおたかけのり)は手に持っていたはんだごてのような道具を机に置いて椅子に座ったままヤスラギを出迎えた。


「いやー、ごめんよ。久しぶりにサクラさんと話し込んじゃって。文字通り、時間を忘れちゃった」


「へぇー珍しいな、ヤスラギがウッカリ系の理由で遅れるなんて」


「普段はほら、腕時計とかスマホとかで時間管理ができるじゃん? でもここだと、時計が広場くらいにしかないからさー……」


「あー、そういえばそうだったな」


 カケノリはここに来たばかりの頃に、自分も同じようなことを言っていたことを思い出す。


 といっても、もう1ヶ月ほど前の話だ。


「てことは、なんだ。腕時計の魔法のことは誰からも聞いてないのか?」


「……? なにそれ」


「コレだよ。コレ」


 そういって、カケノリは自身の右腕をヤスラギに見せつける。


 ヤスラギが何の変哲もない腕をジーッと睨みつけていると、すぅーっと皮膚の上に光るデジタル数字が浮かび上がって来た。


 魔法というよりはSFの方が近いが、それらの数列は間違いなく現在の時刻を示していた。


「うわぁー、なにそれ知らない。そんな便利な魔法があるなんて、聞いてないぞー」


「ははは。まぁ、おれが作った魔法なんだけどな」


「はぁっ!?」


「けど、そんなに時間を気にすることが無いから、あんまり使ってくれてる人がいねぇんだよな、これが」


「へぇー……僕はめっちゃ使うんだけどな。どうすれば使えるんだ、それは」


「まぁまぁ、そんなに慌てるなよ。物事には順序ってもんがあるだろ?」


  この二日間どれだけ不便だったと思ってるんだと静かに苛立ったヤスラギが食い気味に詰め寄るが、カケノリはサラリとこれを流す。


「で。結局、何のスキルを取るのか決まってるのか?」


「うっ……、とりあえず、ひとつだけは……」


 つまり、これから選ぶので更に待たせることになると、バツが悪そうに伝えるヤスラギ。


 だが、それを聞いたカケノリは何故かニンマリと笑うのだった。

 

「そうか、そいつはちょうど良かった。まだ決めきれてねぇなら、ちょいとおれの実験に付き合ってくれねぇか?」


「えー」


「先にこの腕時計の魔法をかけてやるからよ」


「よし、のった」

 

 承諾を得たカケノリは席を立ち、隣の部屋へ入っていった。


 しばらくして、どうやら保管室らしいその部屋から、カケノリは木箱を抱えて戻ってきた。

 

 箱の中身は直径30センチ、幅6センチほどの金属製の輪と、奇妙な形の針が着いたアクセサリーのような物体だった。


「……コレは?」


「こいつが“肉体に魔術を刻み込む”ための装置だ。見た目が銀色の輪っかだから『シルバーズ・リング』って呼んでる。ほら、こいつに腕を通してみてくれ」


 言われるがまま、ブレスレットのように右手首に装着する。いや、装着というかコレは……。


「めっちゃブカブカなんだけど」


「そりゃ、本来は頭に付けるものだからな」


 ヤスラギの方には目もくれず、カケノリはカチャカチャとアクセサリーのようなパーツを分解し、ヤスラギの右肘の関節を挟みこむようにして固定する。


 かくして、一分ほどでヤスラギの右肘と手首に銀の装飾が施された。


「ん!? ここのところ、なんか刺さってる?!」


「ヒジのとこか? 大丈夫、そういう仕様だから」


「えぇー……たしかに、痛くはないけどさー」


「だいじょーぶ、たいじょーぶ」

 

 と違和感を訴えるヤスラギに対し、少しも心がこもっていない大丈夫を連呼して、カケノリは起動準備にかかる。


「よし、前に使ったときのままだったから、セットされてる魔術スキルは【時計】のまんまだな。このまま始動させるぞ」


 どこを見てそう判断したのかは分からないが、ヤスラギは“時計”という言葉で、今からされることの察しがついた。


「なーんだ、普通に腕にも使えるんだ。てっきり、腕にも使えるかどうかの実験かと思ったよ」


「おいおい、流石のおれでも他人の身体でそんな実験をするわけねぇだろ。真っ先に、自分の身体で試したわ」


 ふむ、実証済みだったのか。なら、とりあえず安心かな。


 ……あれ、それじゃ実験っていうのは……?


 ヤスラギがその疑問を口にするより先に、カケノリは自身の初期スキルを発動させる。


「【遣直(やりなおし)】、起動。ついでに、リングも起動」


 カケノリが放った魔法の光が淡い水色のベールとなって、ヤスラギの腕を包む。


 また、それとは別に『シルバーズ・リング』に白い光の紋様が浮かびあがり、直径30センチもある大きなリングは重力に逆らって浮遊した。


 そして、ヤスラギの右手首を中央に捉えながら通り抜けて、肘のパーツの上に静止する。

 

「おぉー! 凄い。めっちゃ魔法だー!! 魔法の血圧測定機みたいだ!」


「なんだそりゃ笑。ラギ長って、たまーにジジくさいときあるよな」


「う、うるさいなー! でも、こうやって、腕を通す感じとかちょっと似てない?」


「んー、まぁ、たしかに」


 二人が会話している間も、リングはくるくると回転しながら光は明滅を繰り返す。


 そして……。


「おっ、動き出した。なるべく動かすなよ」


「りょ、了解!」


 リングは肘から手首へゆっくりと移動を始めた。

 動き出してすぐ、リングの内側からレーザー光がヤスラギの腕に照射される。


 とくに痛みや熱さは感じない。本当に魔法が使えるようになるのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、リングは往復し、最初の位置に停止した。


「ほい、完了だ。頭の中で“時間を知りたい”って思いながら、腕を見てみな」


「ふむ」


 言われた通りに試すと、先ほどカケノリの腕に浮かび上がったのと同じように、デジタル数字が表示された。

 しかし、買ったばかりの時計と同様に。

 

 [00:00:12]

 

 全て0の状態から時間を刻み始めていたらしく、下二桁が1秒ごとに増えていく。


「……ねぇ、コレどうやって時間の設定するの?」


 早く使えるようにしたいヤスラギが急かすが、カケノリは気の抜けた声で応えた。

 

「あー……とりま、またあとでな。一旦、リセットするから。ほい」


 そして、ヤスラギの了承を取ることなくカケノリはスキル【遣直】を発動させたのだった。

 

 【遣直】は初期スキルのひとつであり、文字通り、行動や変化をやり直すことができるスキルである。

 

 この効果によって、今しがた腕に刻まれた魔法も綺麗さっぱり無くなってしまうのである。

 

「よしよし。予想通りだ」


「なぁあああ!!? なんで!? せっかくかけた魔法なのに、勿体ない!!」


「言ったろ? 実験だって。おかげで、良い結果が手に入ったぜ」


 そういって、カケノリはシルバーズリングが入っていた木箱の底から、コイン程の大きさの7色の結晶を取り出した。


 といっても、虹色ではない。

 茶色やピンク、白や黒など比較的落ち着いた色味をしているものが多かった。


「さてと。まずはこの装置の使い方を教えるから、ひとまず自分で、時計の術式を腕に刻んでみてくれ。

 それが済んだら、リングを頭に付け替えて、こっちの青いヤツをセットするぞ」


 カケノリは丁寧な説明で、今からすることをヤスラギに伝える。

 しかし、彼はなぜそうするのかの説明はあえて伏せる。

 

「……? 別にいいけど、それをわざわざ僕が自分でやる必要はあるの?」


 カケノリがやってくれた方が早いし、確実だ。

 当然、そう考えたヤスラギが、ここに来て初めて口を挟んだ。

 

「ていうか、さっきの実験にはいったいなんの意味があったのさ。単に、魔法も【遣直】のスキルで無かったことにできるかを試しただけじゃないか!」


 大抵のことに文句を言わない温厚なヤスラギも、無意味なことをするのは好きではない、と口を尖らせる。

 

 だが、ヤスラギは気づいていない。


「そ・れ・が、あるんだよな〜、これが」


「……なんだよ。もったいぶらずに教えろよ」


 カケノリはこれまで魔道具の研究をしながら、7つの初期スキルについても考察していた。

 

 初期スキルとは、脳に直接、魔術回路を刻みつけたものであり、これらは記憶とともに引き継がれてしまう性質がある。


 つまり、もし死んで復活したりしても、初期スキルは消えないし、()()()()()()のである。


 もちろん、一度獲得した初期スキルを無効にする方法も存在するが、残念ながら、現時点でこの研究所の設備では不可能である。

 

 だが、「事前に準備しておけば、スキルで無効化することはできるのではないか?」

 

 そのように予想していたカケノリの発想は、実際正しかった。

 それがつい先ほどの実験により、証明されたのた。

 

「フッフッフ……ラギ長よ」


 これがもったいぶらずにいられるか、とカケノリは不敵な笑みを浮かべなから、ヤスラギに告げる。


 「もしも初期スキルが”全部”使えるようになるとしたら……どうする?」

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