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何でもするって言うと思いました?

作者: 糸雨つむぎ

初投稿です。どうぞよろしくお願いします。

3/29 誤字報告ありがとうございました!!

(退屈だわ…)


レティシアは、その部屋に置かれた唯一の家具である寝台に腰かけて人を待っていた。

殺風景な造りに頑丈な鉄格子まではめられたそこは、王城の端にある牢屋の一つである。

‘完璧な淑女’と謳われる公爵令嬢レティシア・ダナエが、およそ似つかわしくないこの場所にいるのはもちろん訳がある。


ーカタンッ


遠くで扉が開く音が聞こえる。ようやく待ち人が来てくれたようだ。

恐る恐るといった静かな足音を響かせて、その男はやってきた。


「レティ」


つい3日前に自信満々で自分を断罪してくれた彼は、今はその整った貌を悲しげに曇らせ、捨てられた子犬のような眼でこちらを見つめてくる。

どうやら首尾は上々のようでついつい顔が綻びそうになるが、いつものように淑女らしく、優美に微笑みかける。


「御機嫌よう殿下、どうかなさいまして?」


始まりは3日前、王立学園の卒業式で、目の前の顔だけ王子に婚約破棄を言い渡されたときのことー




◆◆◆




「レティシア・ダナエ、私は貴様との婚約を破棄し、ここにいる男爵令嬢ミシェル・メルトと新たな婚約を結ぶことを宣言する!」


王族と貴族のみが入学を許される伝統ある王立学園の卒業式で、卒業代表の挨拶を終えたばかりの我が国の第1王子兼婚約者が、突然そんなことを言いだした。

眩い金髪に群青の瞳、王家特有の色を持った見目麗しい王子クリストフ。相対するのは、紅茶色の髪に王家の血が混じった証である同じ群青の瞳を持つ、ダナエ公爵家の令嬢レティシアである。

王子が今いるのは壇上の最も目立つ場所で、周りは彼の側近である騎士団長や魔法師団長、大商会の子息が侍り、一番後ろにはレティの弟も青ざめた表情で控えていた。


(まあルイスったら、いついかなる時も感情を顔に出してはいけないと教えていますのに)


予定とは違う展開になってしまったので、弟の動揺も仕方ないかもしれない。

後でお仕置きが必要そうだが、まずは目の前のこれを片付けないと。


「恐れながら殿下、一体どういうことでしょうか。理由をお聞かせ願えますか」


「理由だと?!レティ、お前は自分のしたことを認めない気か?」


(いやまだ何も聞いてませんけど?)


「君はここにいるミシェルを身分が低いという理由で虐げ、いじめていたそうじゃないか。ミシェルの持ち物を隠すだけでなく池に投げ捨てたり、誰もいない隙を狙ってひどい言葉を浴びせたり…。それだけでは飽き足らず、とうとう昨日大階段からミシェルを突き落とそうとしたな!危うくミシェルは大けがを負うところだったんだぞ?!身分を笠に着たその振る舞い、もう看過できん。‘完璧な淑女’が聞いて呆れるな!」


「クリス様、そんな風に責めないであげてください…。私はレティシア様に謝ってもらえたらそれでいいんです」


「ミシェルは優しすぎる。レティシア嬢、弱い者いじめの上に暴力まで振るうとは、あんた最低だぞ!」


「その通りです、あなたは殿下の婚約者として全く相応しくありません。早くミシェルに謝ってください」


「ミシェルが素直でかわいくてみんなから好かれているからって、嫉妬なんて見苦しいですよ!」


私を指さして意気揚々と断罪劇を繰り広げる殿下やその仲間たち、いつの間にか殿下の腕の中にいたミシェル様。

私の振る舞いをどうこう言う前に、あなた方は婚約者でもない方を抱き寄せたり名前を呼び捨てにしたりしてもよろしいのかしら?

もちろん私がメルト男爵令嬢をいじめたことも物を隠したこともひどい言葉を浴びせたこともない。おまけに大階段から突き落としたこともない。


「何か言ったらどうだレティ?!」


「…そのようなことはいたしておりません」


「この期に及んで言い逃れする気か?」


「レティシア様っ。わたしが、クリス様と愛し合ってしまったから…、だから怒ってるんですよね?」


「ミシェル、いいんだ。君は悪くない。真実の愛を見つけてしまった私が悪いのだから…」


「クリス様…」


目の前で始まった二人の世界に辟易して思わず口元が歪みそうになるが、扇で隠されたそれに気づく者はいない。


(…何言ってんだこいつ?)


真実の愛がどうとかこうとか語り出したが、そんな話はどうでもいい。それならそれできちんと手順を踏んで婚約を解消すればいいものを…。彼女に乗せられたのか本人が考えたのか知らないが、この場でこんな騒ぎを起こしたことがどのような結果を生むのか、理解しているだろうか。

国王陛下や王妃殿下は外交で不在の上、まだ学園入学前の第2王子殿下もいないこの場所で。


(分かってるのかしら?ご自分の首が今じわじわと絞められていることに)


「なんだ黙りこくって!潔く罪を認めたらどうだ」


「そうおっしゃいましても、私には身に覚えのないことです。何か証拠はございまして?」


「ミシェルは涙ながらに私に訴えてきたんだぞ?!それだけで十分だろう!」


「レティシア様…お願い、早く罪を認めてください。これ以上は私、わたし…」


「大丈夫だミシェル、私がついている」


泣き真似をするならもう少しうまくやって欲しい。瞳も濡れていなければ、下を向く際の口元は嬉しそうに歪んでいる。

貴族令嬢が夜会に参加する際に必須の扇を持たない彼女の表情は、隠す術がないのでここにいるみんなに見えているだろう。

なぜか王子とその取り巻きだけは気づいていないようだが…。


私の悪道?とやらをあげつらい、ひとしきり人前で貶めたことで満足したのか、阿呆王子は最後にこう言い放った。


「レティシア、お前は公爵令嬢としての身分を剥奪の上、即時の国外追放とする!未来の王妃を傷つけたんだ、本来ならもっと重い罪に処したいところだが、ミシェルのやさしさに感謝しろっ」


(ほんと何言ってんだこいつ)


この居並ぶ貴族の目の前で、この場で一番身分の高い人間が、それこそ身分を笠に着て一生徒を大した証拠もなく断罪する。

そんなことをすれば、王家に仕える貴族たちはどう思うか。そんなことをやらかす人間を主君として認められるのか。


(もういいわね)


これまで散々伝えてきたことはこれっぽっちも理解されていなかったようだし、これ以上は付き合いきれない。そろそろこのくだらないお芝居から退場させてもらおう。


「そのような権限は、殿下になかったかと思いますが…」


「…ふんっ、明後日父上が戻り次第正式に処罰を下してやる。お前の罪を知れば同じように思われるはずだからな!それまでは牢の中でよくよく反省するんだな」


貴族用のましな牢ではなく平民用の牢だぞ、とにやにやしながら告げてくる。私がすぐに音を上げて泣きつくとでも思っているのだろう。

まだ公爵令嬢の身分を剥奪されたわけでもないので有り得ない対応だが、反論も面倒になってきたので大人しく了承することにした。


「かしこまりました殿下、婚約破棄は承ります」


「ようやく己の過ちを認める気になったか!」


「いえ、私が承ったのは婚約破棄のみです。そのほかについては否定いたしますわ」


「…まあいい、どうせすぐ本当のことを言いたくなるだろう」


断罪劇の成功?に随分とご機嫌なご様子、これから始まるメルト嬢との甘い生活にでも思いを馳せているのだろう。終始にやついてて気持ち悪いわね。


「レティシア様、クリス様のこと好きになってごめんなさい。でも私、クリス様と幸せになります!レティシア様も早く罪を償って、新しい幸せ見つけてくださいね」


もう喜びを隠すのをやめたのか、謝りながらも勝ち誇った笑みでこちらを見下ろすメルト嬢。

ええ、今はぜひそのつかの間の幸せに浸ってらしてね?


「では、御前失礼いたします」


‘完璧な淑女’の名にふさわしい美しい礼を披露して、私はこのくだらない茶番劇から退場した。



===



「レティシア様、本当にこちらの牢でよろしいのでしょうか。」


「殿下のご指示ですから、その通りに」


私を連れてきた衛兵は以前からの知り合いだったので、心配そうな表情を浮かべ、公爵令嬢を牢に入れるという事態に身体も震えてしまっている。


「大丈夫です。あなたに咎が行くようなことはございませんわ」


安心してほしいといつも通りに微笑むと、すぐにダナエ公爵にお伝えしますと言って急いで下がっていった。

彼が退出したのを見届けると、早速仕事に取り掛かることにする。少ししたら我が家の影も駆けつけてくれるだろうが、久々に腕前を試さなくてはね。



ー鍵穴を回しながら、最初に婚約者として王城にあがった時を思い出していた。初めに会った頃は、クリストフもあそこまでひどくはなかったはず。


『お前がレティシアだな!まあ見た目は合格だ、俺の婚約者として相応しくなるよう努力しろよ』


前言撤回。まあ最初からどうしようもないお子様だった。

二人の婚約は、容姿も能力も高く将来が期待されるレティシアに、少々どころかだいぶ頼りない第1王子を支えて欲しいという、国王陛下や妃殿下の強い希望で結ばれたもの。

恐らく自分が中心となって国政を進めることになるであろう。幼いながら置かれた状況を理解したレティシアは、その周囲の期待に応えるべく、文字通り寝る間も惜しんで努力した。

遊びに行く暇も友人を作る暇もなく、唯一友人と言えるのは同じく王子妃教育を受けていた第2王子レイモンドの婚約者で、ベルゲン侯爵家のロザリー嬢だけという有様だ。


その結果‘完璧な淑女’と呼ばれるようになったレティシアを、クリストフは自分のできなさを棚に上げて毛嫌いするようなった。その癖できない勉強ややりたくない公務はレティシアに押し付けていく。

レティシアはもちろん周りの教師陣も側近たちも、果ては国王陛下ですら彼を諫めたが、聞く耳を持つことはなかった。そしてこんな冷たい女を王妃にしたくないと、‘真実の愛’を探し始めたのだ。



「ダナエ公爵令嬢!もう出られていらっしゃいましたか…」


「まあハスラー様。お久しぶりでございます」


ちょうど自ら鍵を開けたところで鍵束を手に息せき切って現れたのは、宰相を務めるハスラー家の嫡男、ジェラルド・ハスラーだった。

どうやら牢の鍵を開けに来てくれたようだが、先日まで隣国に留学していた彼は式に不参加だったはず。


「もうあなたのお耳にまで届きましたのね」


恐らくハスラー家の優秀な影から報告があったのだろう。

彼の家もダナエ家がクリストフから手を引き始めたあたりで、隣国への留学を口実に側近から辞退していた。本来は側近候補の筆頭であったので、そうでもしないと周りが納得しなかったのだろう。


「さすがです。ご自分で鍵を開けられたのですね」


「ふふ、貴族令嬢としての嗜みですから」


貴族の、それも高位の出となれば、誘拐などの危険にいつ遭うとも限らない。そのため王家や貴族に生まれた者は、幼い頃から身を守る手段として護身術や鍵開けなどの教育を受ける。

ちなみにどこかの阿呆王子は、そういったことは下の者がやることだからと終ぞ学ばなかった。


「ここは冷えますから、どうぞ」


ひとまず話をするため、牢の前にある看守用の椅子に落ち着くことにすると、ハンカチを引いてくれたり上着を貸してくれたりと、その気遣いに感心してしまう。

だが、貴族以上の教育を受けた者の間ではこれが普通だったのだ。婚約が決まって以来、誰かさんからこんな風に扱われたことがなかっただけで。

ああ私、思っていた以上に根に持っていたのね。政略結婚の相手に多くは望まないと思っていたけれど、こちらは絶えず努力を続けているのに、その結果を享受するだけして一向に報いることないあれに、ほとほと愛想が尽きていたのだ。


「ハスラー様はどうしてこちらに?」


幼い頃はお互い公爵家同士なので行き来もあったが、こうして直接話すのはかなり久しぶりだ。

もちろん隣国にも潜んでいるレティシア専属の影から、彼があちらの学園で優秀な成績を修めたことは耳にしている。


「ジェラルドとお呼びください、ダナエ嬢。私はレイモンド殿下の名代としてお迎えに上がりました。殿下も直接あなたに謝罪したいとおっしゃっていましたが、今はクリストフ様一同を抑えるのに尽力していらっしゃいまして…」


「私のこともどうぞレティシアと、ジェラルド様。レイモンド殿下のお気遣い痛み入りますわ。クリストフ様達はどうしてらっしゃるのでしょう?」


「現在殿下とその側近たちはそれぞれの部屋にて軟禁しております。明後日に陛下がお戻りになり次第、今回のことは厳正な処罰が下されるでしょう。形式的には現状レイモンド様よりクリストフ様の方が身分が上ですので、すぐにでも罰を下せないことをお許しくださいとのことでした」


「いえ、当然ですわ。王族が率先して法を犯しては、下々の者が納得しませんもの」


建前上表立ってはレティシアを解放できないが、既に話し合いまでの間王城で過ごせるよう、客間が用意されているとのこと。問題行動ばかりの兄を反面教師にした第2王子殿下は有能である。


「そういえば、メルト男爵令嬢はどうしてらっしゃるのですか。」


「実は、自分は未来の王妃になるのだからと聞かなくて。レティシア様がお使いだったお部屋に入ろうとしたので一度拘束して、レティシア様のお荷物を客間に移動してから希望通りそちらに入っていただいております。今だけ夢を見せて差し上げた方が、後々味わう地獄がより味わい深くなるかと思いまして」


美しい顔立ちに笑みを浮かべているが、黒く見えるのは気のせいだろうか。


「…ジェラルド様とはとても気が合いそうですわ」


「私もそう思っていたところです。レティシア様は、これからどうするおつもりでしたか?」


「そうですね、実はー」


学園に入ってからのクリストフの愚行を鑑み、王家とダナエ家の話し合いにより、彼の卒業を待って婚約が解消されることは決定済みだった。

王太子は第2王子レイモンドで確定しており、レイモンドは王太子、ロザリーは王太子妃として、それぞれの教育は順調に進んでいる。


そういった事情を踏まえ、クリストフについたルイスから王家とダナエ家に第1王子の行動は逐一報告され、卒業までの行動如何によってどんな沙汰を下すのか、陛下が判断する予定だった。

もし穏便に婚約解消ができていれば、王族としてのもろもろの権力は全て剥奪した上で、辺境の寂れた土地ではあるがお飾りの領主としての地位も用意していたのに。


そう、全てはクリストフ次第。

そしてレティシアの気持ち次第でもあった。


王家としても迷惑をかけたレティシアの意見を最大限尊重するとしており、慰謝料として与えられる土地も決まっていた。クリストフが直接的にレティシアの名誉を傷つけたり暴力などがあれば、それらはすぐに施行される予定だった。


まさかあれが自ら卒業式をぶち壊してくるほどのおバカさんだったとは、思わぬ誤算だったが。


(さあ殿下、やられたことはきっちりと、存分にやり返して差し上げますからね?)


クリストフは気づいていただろうか。

学園に入ってからの目に余る行動を、定例の婚約者同士のお茶会で諫めた日。

あの日レティシアに対し、お前は黙って言うことを聞いていればいいと言ったこと。大人しくしていれば、もしクリストフに運命の相手が現れても側妃としてなら置いてやる、と言い捨てたこと。

王妃となるべく死ぬ気で努力してきたレティにとって、それは禁句だったのだ。もちろんクリストフを愛していたのではなく、人々の上に立つために絶えずしてきた努力を否定されたことが。

その日からレティシアは、クリストフのことをただ『殿下』と呼ぶようになった。


ーそれはレティシアがクリストフを、見限ることを決めた日だった。


これから行うクリストフたちへの制裁や確保した証拠についてジェラルドへ伝えていると、彼は言い出した。

「レティシア様、私にもお手伝いさせてはいただけませんか?」


聞くと彼が隣国に居た際、レティシア直属の影が手助けしたことがあったようで、そのお礼がしたいのだという。

ダナエ家は我が国の外交を一手に引き受ける一族なので、国外での隠密活動については特に強いのだ。

とはいえハスラー家の嫡男を巻き込むのは申し訳ないので、お断りしようとすると、彼は私の手をとり恭しく跪いた。


「ジェラルド様?」


「レティシア様。もう覚えてはおられないでしょうが、幼い頃に初めてお会いした際からあなたをお慕いしていました。優秀な上に麗しいあなたの、お力になりたいのです」


そして、どうか自分を選んで欲しいと真っすぐに伝えてくる。

これでも阿呆王子の婚約者という立場であったので、こんな風に直接思いを向けられたのは久方ぶりで、気恥ずかしく思うと同時に嬉しく感じる。


「私、一応婚約破棄された身ですのよ」


「そんなこと、何の問題もありません。あなたのように素晴らしい方と歩めることは、どれほどの幸福でしょう」


本当に殿下はもったいないことをなさいましたねと笑う彼を見て、きっとこの人となら幸せになれると素直に思えた。


「ではジェラルド様、お願いできまして?」



ーそして、冒頭に戻る。



「レティ、その、俺が悪かった。ミシェルとはもう別れたし、俺は君とやり直したいんだ」


こんな風に素直に謝ってくる姿は、幼い頃でも数えるほどしか見ていないので、余程陛下にやり込められたのだろう。

レティシアの影がここ数年調べ上げたクリストフの数々のやらかしも、メルト男爵令嬢の件も、何もかも陛下たちは最初からご存知である。

怒り心頭のレティシアの父ダナエ公爵も、陛下からクリストフ様への断罪に嬉々として加わったと聞いているので、精神的にはぼろぼろだろう。


ぐうの音も出ないほど完璧な証拠付きで突き付けられ今までの浅はかな振る舞いや、これから迫りくるであろう現実を理解して、ようやく自分が落ちてしまった底なし沼を自覚してくれたようだ。

これまで散々伝えてきたことであるので、今更感がすごいが。


「まあ殿下、婚約破棄を言い出されたのはあなた様ですわ。それに、陛下からもお話があったでしょう?既に殿下有責での婚約破棄として、慰謝料もいただいておりますの」


新しく管理できる領地が増えてうれしい限りですと伝えると、青ざめた表情を隠すこともなく縋ってくる。


「でも君は俺のことが好きだっただろう?だからあんなに王妃教育も頑張っていたのは知ってるんだ。レティ、今からでも遅くない。これからは君と真実の愛を育んでいくと誓うよ」


レティこそが運命の相手だったんだな、と笑顔で語る殿下に吐き気がするが、もうひと踏ん張りだ。


「殿下、メルト嬢はよろしいのですか?」


「…あいつは悪女だったんだ。あの女はレティを陥れようとしただけでなく、俺の側近以外にもたくさんの男に言い寄っていた。あんな女は俺の運命の相手なんかじゃない」


随分な手のひら返しですこと。メルト嬢は王太子妃用の部屋で幸せを噛み締めていたところを、陛下が戻ってすぐに追い出され、罪を暴かれたのち国内で最も厳しい修道院に送られた。

短い幸せを味わっていただけたようで何よりだわ。最後まで自分が王妃になるのだと喚いていたが、私への直接的な被害はなかったため強制労働でなく修道院で済んだことを感謝して欲しい。

一緒に私を断罪してくれた側近たちは、各々の家から籍を抜かれ、全員極寒の地に強制労働のために送られている。


彼の周りにはもう、誰もいないのだ。


「レティ、ここから出たいだろう?俺と一緒になると誓ってくれたらすぐにでも出してあげるよ」


ほら俺が鍵を持ってるのだからね、とじゃらじゃらした鍵束を見せつけにやついている。

ようやく本性が戻ってきましたね、殿下。

しかもそんな言葉だけの誓いじゃ、何の効力もありませんよ?


まあ教えてあげる義理もないので放っておきましょう。そろそろ迎えが来る頃ですし。


「レティシア様、お迎えにあがりました」


どうにか私を説得して元の位置に戻ろうと、グダグダと話を続ける殿下をしり目にジェラルド様が颯爽と現れてつい笑みがこぼれる。


「な、ジェラルド…。なんでお前がここに?!まさかレティシア、こいつと浮気してたのか?」


お前も悪さしてたんじゃないかと急に生き生きと私を責め始める。

先ほどの気持ち悪い素直さよりはよっぽどましだ。


「まさか、殿下。あなた様ではありませんし、私はそんなことしませんわ」


「ええその通りです。クリストフ様、あなたがレティシア様を手放してくださったおかげで、私が彼女と婚約できることになりました。お礼申し上げます」


そう言って極上の笑みで私を見つめる彼と微笑みあう。

殿下、置いてきぼりなのは許してくださいね。私、これでも幸せを満喫してるのですから。


「何言ってるんだ?!俺はそんなこと聞いてないぞっ。そもそも俺との婚約が破棄されたのは昨日だろう?」


「はい、そのあとすぐにジェラルド様との婚約を陛下にも認めていただきましたの。陛下や妃殿下が、今まで苦労を掛けた私へのご褒美だとおっしゃって…もう書類も認可されて、彼は正式な婚約者ですわ」


そんな、そんなはずはと繰り返しぶつぶつ呟いているが、そろそろこちらもお暇する時間が迫っている。

3日間王家の客間にゆっくり滞在し、王家との話し合いにも参加し婚約も一緒に認めていただいたが、まだ彼の家族には御父上しかお会いできていない。

これから婚約者として初めてハスラー家に伺うのだ。ジェラルド様がお屋敷を案内してくださるそうで、楽しみで仕方ない。


「レティ、君は俺を好きだったんじゃないのか?俺を選ぶだろう?」


なあレティ、と牢の中に手を伸ばそうとするがそれは届かない。

さあ、もういいわね。ずっと伝えたかったことを伝えたら、失礼しましょう。


「殿下、あなた様との婚約はただの政略結婚です。私たちの間に愛など一度もあったことはありません。私はこの国の民のため、何もできず傀儡の王になるであろうあなたを支えるため、厳しい教育を耐えてきたのですよ?」


そもそも私をあんな風に扱ってきて、少しでも愛が芽生えるとお思いだったのかしら?今となってはどうでもいいことだけれど。


「鍵がなければ出られないだろう?ほら、これでしか開けられないんだぞ!」


勝ち誇ったように鍵束を掲げているが、彼は忘れているようだ。

きぃーと音を立てて牢の扉を開けると、目を見開いて驚愕している。


「ここを出たければ、何でもするって言うとでも思いました?

 生憎、あなたに頼る必要はございませんの」


これくらいの扉自分で開けられますわ、と笑顔で答えてジェラルド様の手を取った。


「では殿下、私たちお先に失礼させていただきますね」


どうぞごゆっくり、ご自分の罪と向き合ってくださいね?



◆◆◆



Side ルイス


「それでね、わたくし思ったの。これは運命の出会いだって」


牢屋で出会って恋に落ちたというかなり特殊な運命の出会いを、頬を染めながら嬉しそうに語るレティシア。

そんな姉を横目に見ながら、心の中でルイスは安堵のため息をつく。


(ほんと、上手くいってよかった…)


第一王子だったクリストフより二つ年下のルイスは、本来ならば自分より一つ年下の第2王子レイモンド殿下の側近候補にあがる予定だった。

実際クリストフが学園に入る前までは王城にいるレイモンドに仕えていたのだが、既に学園に入学していたクリストフのやらかしを聞き及んだレティシアが、父であるダナエ公爵に願い出たのだ。


『恐らくこのままいけば、クリストフ様が王太子になることは難しいでしょう。王家の命でございましたし、政略とはいえ王妃として支えるつもりでおりましたが、殿下は真実の愛をお探しとのこと…何か致命的なことを起こされる前に、担保が必要だと思うのです』


そこでルイスがクリストフの側近として近づき、第一王子の内情や周囲を探る密偵の役割を担うことになった。この件は王家とも話し合いがもたれ、国王陛下や王妃殿下にも情報が共有されることとなる。


当初はその決定に驚いていた貴族達であったが、夜会やお茶会で、レティシアは聞かれるたびこう答えた。


『ルイスは私のため、()()()()()()クリストフ殿下の側近として付いてくれることになったのです』、と。


それを聞いた貴族たちの間では、暗黙の了解としてダナエ家が本格的にクリストフを王太子候補から外すつもりであるとの認識が広まっていった。もちろん、それを黙認している王家も含めて。

元からいた側近候補達は徐々に入れ替わり数を減らし、最終的にはルイスを除けば全て各家の後継者でもない、次男や甥っ子、親族の者など、それぞれの家でも問題児と呼ばれるような子息達だけが残った。


そしてレティシアと共に飛び級して学園に入学したルイスが王子に付いてしばらくした頃、とうとうクリストフのいう‘真実の愛’とやらが見つかったのだ。


相手は学期の途中で転入してきたミシェル・メルト男爵令嬢。容姿は確かに可憐で、貴族令嬢にはない天真爛漫さがお気に召したらしい。

ルイスから言わせれば、この美貌と頭脳を兼ね備えた姉と比べてしまうと明らかな小物だった。まあ、中身はともかくとして…。


(腹黒さだけなら少しは比べようがあったかな)


可憐な見た目とは裏腹の巧妙な手練手管で、クリストフを筆頭に取り巻きたちも味方につけると、メルト嬢は自作自演のいじめを作り出した。

まあ裏を取れば普通に冤罪とバレバレだったが、第1王子たちにはしっかり効いたようで、あのお粗末な断罪劇を引き起こしたのだ。


「レティが幸せそうで何よりだわ。レイも改めてお礼がしたいと言ってたから、お茶に付き合ってね」


「もちろんよロザ、ジェラルド様と一緒に伺うわ」


式には二人で参加してねとほほ笑む姉を、第2王子の婚約者であるロザリー・ベルゲン侯爵令嬢も安堵した表情で見つめる。


第2王子レイモンドと婚約者ロザリー、そしてルイスを含めた三人は幼なじみであり、ずっとそばでレティシアを見てきただけでなく、一番に巻き込まれてきた仲間でもある。

もちろん悪いのは姉に恨み僻みをぶつけようと画策してくる者なのだが、それにやり返す際に手伝わされるのは自分達だった。


主に弟の自分が。


姉は味方にすれば大変心強い人だが、絶対に敵には回したくないとずっと思っていた。

なぜならレティシアの方針は、『やられたらやり返す、なるべく倍にして』なので、彼女に悪意をぶつけてきた人間は悉くしっぺ返しを食らっている。

そして姉曰く、ジェラルド様もかなりよく似た考えの持ち主と聞いて、すでに戦々恐々としていた。


「慰謝料として王家から土地をいただいたでしょう?ちょうどよく深い森もあることだし、そこに新たな影の育成機関を作ろうと思うの!」


ものすごく楽し気に恐ろしい計画を披露しているが、一歩間違えれば王家から不敬と言われそうな規模の話だ。

もちろんそんな気はないようで、我が国の安全を守るべくハスラー家とダナエ家の総力を結集した国内最大の諜報教育機関にするのだという。


「ジェラルド様と力を合わせれば何でもできる気がするわ。レイモンド様とロザを支えるためにも、私頑張るわね!」


そう言って今日一番の笑顔を見せる姉だったが、きっと目の前ですました顔をして紅茶を飲んでいるロザリーも、同じことを考えている。


((最凶コンビ爆誕…))


思えば、同じ公爵家同士で、身分も年齢も釣り合いの取れた二人の縁が結ばれなかったのは、そのよく似た性格故。

昔からやられたらやり返す気質の姉と、これまたよく似た思考の未来の義兄を、両家の親たちも混ぜるな危険と思ったに違いない。今ごろ父たちの胃はきりきりしていそうだが、こんな幸せそうな姉の前では何も言えないだろう。


とはいえ国内でも一二を争う有能な二人が次代の宰相夫妻ともなれば、この国の未来は明るい。この二人に喧嘩を売るような阿呆が出てこないことを切に願っている。

あの阿呆王子のせいで余計な苦労をたくさんしてきた姉なので、ぜひともここは穏便に、なるべく周囲を巻き込まず、幸せになって欲しい。



(もう俺は巻き込まれないぞ…!)



ーいらぬフラグを立てるルイスは、多分また巻き込まれる。





お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] しっかりざまぁが書かれててとてもスッキリしました。 レティに素敵な婚約者が出来てハッピーエンドなのも◎ ラストのルイス視点もコメディ要素があって面白かった。 [気になる点] 「ここを出たけ…
[良い点] 設定がシンプルながら、軽いざまぁで楽しく読ませていただきました。 [一言] 後日談、というか最凶コンビの活躍?とルイスの巻き込まれストーリーが連載で読んでみたいなぁ・・・と思いました。
[一言] 面白かったです 腹黒夫婦バンザイ!
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