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悪役が挑む神話級自己救済  作者: のっけから大王
第一章 悪役転生なんて猫も食わない《出会い編》
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第七話 積極的逃走

翌朝、紀清は昨日寝る前に見たのと同じ景色の中で目を覚ました。

しっかり体は寝ていたはずなのだが、夢の中で騒いでいたせいで全く眠れた気がしない。紀清は体にまとわりつく倦怠感を不快に思いながらため息を吐いた。


「助けてって言ってたけどあいつまだ生きてんのかな…」


死んでいたら流石に助けに行けないぞ、なんて本人が聞いたら「この薄情者!」と罵られそうなことを考えながら紀清はもそもそと屋敷を出る準備をし始めた。


しばらくして、今日の分の仕事の書類を持ってきた時雨がノックをして部屋の中に入ってくる。

外行き用の装束に身を包み始めた紀清の姿に、時雨は机に紙束を置きながら「どこに行かれるんですか?」と問いかけた。


すると紀清から簡潔に「木谷派の屋敷だ」と返ってきた返事に時雨は驚いてそのまま絶句して固まってしまう。そのうちハッと我に返ったものの、理由を尋ねるわけでもなくどこか納得いかない様子で仕事の準備を続ける時雨の姿を横目でチラリと見た紀清はさもありなん、と思った。

(まあ紀清はまだ悪事も働いていないし、今の仲違いしたままの王林に自分から会いに行く理由なんてないからな…)

時雨の何か聞きたそうにこちらに向ける視線はしっかりと認知しつつも、心の中で謝りながらそっとその視線を無視した。


「書類はそのままそこに置いておけ、帰ったらやる」


「…はい。あ、紀清さまいってらっしゃい!」


頭の中は疑問でいっぱいだろうに、元気に両手をブンブンと振りながら見送ってくれた時雨の姿にちょっとだけ荒んだ心が癒されつつも、紀清はこれから起こることを想像し憂鬱な気分になった。


(一体なんて説明して氷雪丸取り戻しに行けばいいんだよ…もしそれですでに証拠隠滅されてるか惚けられたりなんかしたら氷雪丸が居なくなっただけで王林に濡れ衣を被せようとした最低なやつになるのは俺の方なんだよなあ。あいつまだ化けの皮剥がれてないから…)


そもそも尋ねるために事前にアポを取るのが常識のはずだが、今回その文を届けてくれる氷雪丸が誘拐されているってんだからどうしようもない。仕方なく道場破りのような気分を味わいながら紀清は木谷派までの道のりを急いだ。


それは当然昨日までただの一読者だった紀清にとってはほとんどが初めて見る景色だったが、不思議と足取りに迷いはなく、まっすぐと深い谷の入り口のところまで辿り着くことができた。


(へえ〜、やっぱほんとに木谷派って谷に住んでるんだ。実際に見てみないとこの迫力はわかんないな)


そして谷の側面に斜めに立つようにして作られた立派な屋敷の側まで歩き、そのまま無遠慮に中に入る。門番のような存在はいないので基本的に屋敷は全部出入り自由なのだ。五大神派の神の寝首をかこうなんて邪心を持った神はいないからこそ許されるこのガバガバ警備。

そこまで考えて、紀清はちなみに寝首どころか正々堂々首を刎ねようとする神が同じ五大神派に二人もいたあの世界線もしかして相当やばかったんじゃないかと思った。しかしすぐに首を振ってその考えを掻き消す。余計なことを考えていては多分この先身が持たない。


そうして王林の私室である“柊の間”まできたところで、前触れなくその部屋の扉が音を立てて開いた。

そこから出てきたのは耳を伏せ震えている氷雪丸を片手で抱き抱えた王林の姿で、思わず紀清は扉に手をかけようとした姿勢のまま固まってしまう。

紀清としてはここで「なんでいるんだよ!!」とでも叫んでしまいたい気分だったが、それはあまりにも紀清のイメージを損なうものだったので喉まででかかったところで飲み込んで必死に平静なふりをした。というかなんでいるんだよと思ったのは相手の方なはずだ。なんせここは彼の敷地なのだから。


「おや、紀清殿。」


「王林か…」


原作では王林が紀清を殺そうと部屋に乗り込んだ時に確か『一年ぶりにまともに顔を見た』というセリフがあったのでおそらくこうして顔を見合わせるのも久々のはずだ。思わぬ遭遇にお互い戸惑い気まずい空気が流れそうになったところで、王林がバッと口元を隠すように鉄扇をひろげた。


「こんなところまで如何なされたんですか。ああ、もしかしてこの氷雪丸…」


「にゃー!!ニャーー!!!!!」


そのまま王林が氷雪丸を抱え直して見せようとしたところで、涙で目を潤わせた氷雪丸が喚きながらこちらに突進してきた。咄嗟に両手で抱えるが、見事に鳩尾に飛び込んでこられた紀清は内心(この野郎…!)と思いつつも平然とした様子を気取って王林の方を静かに見つめ返す。


「ああ、その姿の貴方がいるということはやはりもうすでにただの氷雪丸に戻っていたんですね。いやはや昨日は驚きましたよ。思わず他の神の目に触れては大変だと思い一旦保護して自邸に連れ帰ってから話を聞こうと思っていましたが、抱き上げた時に気を失ってその後ピクリともしなくなったんですから。」


死んでしまったのかと思いました、と扇をゆらゆらと動かしながらおおらかに笑う王林。

紀清はその時(嘘つけ、保護とかするような性格じゃないだろお前!)と思ったが、それを口に出すことはなく片方の眉を上げるだけにとどめた。腕の中でヒシッと服にしがみついている氷雪丸に視線を向けると、すぐに目線で“話を合わせろ”と訴えてくる。それに米神がひくつくのを感じたが、はぁと息を吐いて王林の方に向き直った。


「…あの時は混乱していた。」


「いいえ、いいえ。無事に戻れたようで何よりです。久々の再会がこんなことになってしまって驚きましたが、貴方に何もなくてよかった。きっとまた誰かの悪戯でしょう」


そう言って扇を片手ににっこりと微笑む王林の姿は、誰がどう見ても不可解な事情に巻き込まれた同期を心配する心優しい神の姿そのものであったが、本性を知っている紀清と氷雪丸の二人は(きっともし今日もそのままだと思われていたら一体どんなことをされていたんだ…!)とその底知れない恐ろしさに身を震わせた。拷問どころかそのまま都合がいいと言わんばかりに消されていたかもしれない。

本来の道筋においての紀清の悲惨な末路を知っている(というか自分で書いた)氷雪丸はさらに紀清の考えているものよりも最悪な可能性が次々と思い浮かんでしまい、顔を青ざめてより一層爪を立てて服を掴む前足に力を込めた。


そんな二人の様子は側からみればただの飼い猫が主に甘える様子でしかなかったためか何も疑問に思われず、王林は微笑ましいと言った様子でその姿を見ていた。実際にそう思っているのかは別であるが。


「…そうであろう。水泉派にはそう言った能力を持つ神が何柱もいる。」


「ええ、何故か水泉派には主である貴方とは正反対の明るい気性のものが多いですからね。そう言ったこともよくあるのでしょう。しかし、そんな悪戯を仕掛けられるとは…やはり嫌われているのではありませんか?いっそ貴方が主神の座を降りてしまえば、彼らも息がしやすくなるでしょうに」


普通の会話を試みたはずの紀清は、思わぬカウンターをまともに喰らってしまい心の中で血反吐を吐いた。なんだなんだ、こいつ丁寧な言い回しをしているがつまりは堂々と“お前みたいな陰キャが主神だと大変そうだよな。いっそやめたら?”って言ったってことだよな?

なんだやっぱりちゃんと仲悪いんじゃねーか!!そして皮肉が割とストレートでキツイ!!

紀清がそうして心の内で騒いでいた頃、氷雪丸の方はそう言った煽りや皮肉にはすっかり慣れてしまっていたのか先程までの怯えた様子からすっかりと平然とした様子に戻って紀清の方を見上げ“早く帰ろう”と口パクで訴えてきていた。それに若干イラッときたものの、紀清自身も早く王林の目の前から立ち去りたかったので先程の王林の発言に怒ったフリをしてとっとと退散することに。舌打ちをして近くにあった机を蹴りあげる。文神とはいえ鍛えられた紀清の攻撃にただの机が耐えられるはずもなく、バキと嫌な音を立てて崩れ落ちた。

「ハッ、馬鹿馬鹿しい。私が辞めることなどこの身が消滅するまであり得ん」

啖呵を切ってから王林の顔を振り返ることなく大股で出口まで歩き、紀清たちはそのまま屋敷を後にした。内心ではそりゃあもう生まれたての子鹿のようにガクブルと震えまくっていたわけだが、彼は取り繕うのだけは生前から人一倍うまかった。


無事に自分の部屋へ戻り、扉を閉めて鍵まで閉める。音が漏れてないことをしっかりと確認しつつ、紀清は扉を背にズルズルと座り込んだ。


「うわあーーーーーーーーー!!こわあ何あれ。えっ王林って対面するとあんなに威圧感あんの?口調は丁寧なくせにずっと目が微塵も笑ってなかったんだけど!!最後ビビりすぎて力の加減誤って机壊したんだけどアレ大丈夫だった??」


紀清は髪の毛をぐしゃぐしゃにかき回して絶叫するが、彼の質の良い真っ直ぐな髪の毛は鳥の巣のように固まることなく多少乱れた程度で留まっていた。続いて氷雪丸も耐えきれないとばかりに紀清の胸元から飛び降りてヒシッと身を縮こまらせて自身の股の間に尻尾を潜らせた。猫流完全防御の姿勢だ。


「ひっさしぶりに王林の“対嫌いなやつモード”見た…あいつ仲良くなってからは意外とストレートに言葉ぶつけてくるタイプだったから忘れてたけど他人行儀な時皮肉と悪口の帝王なんだった…!思い出した…

あと紀清さんは多分あれ超ナイスでした!紀清あんなこと言われたら全然余裕で机くらい壊します。違和感とかも多分王林には与えてないと思います…!」


作者からのお墨付きに内心ほっとしつつも、眉間に皺を寄せた紀清は氷雪丸の小さな頭を鷲掴みにして目線を合わせるようにしゃがみ込む。


「…それよりまずお前は助けてくれてありがとうございます、だろ!心の準備もなく突然対面したのがどんだけ恐ろしかったか…!」


「わあーー!そのことに関しては本当に感謝してますありがとうございます!いや本当に…本当によかった生きて帰れた……朝起きた後の質問とかもう特に死ぬかと…」


「…一体何言われたんだ?」


「“まさか暫く振りに会った同期とこんな姿で再開することになろうとは…驚きましたよ、紀清殿”って開口一番に言われたんですよ…!それでもう必死に猫のふりして乗り切ってたら“なんだ…もう戻ってしまったのか”って淀んだ目で言われてそのまま“じゃあ返しに行かないとまずいですね。御使の獣が姿を消したら流石に水泉派全体から何か言われかねない“って言って僕を抱えて扉から出たところでちょうど貴方と出会いました……いやあ心臓潰れるかと思った…」


「それってつまりもし中身が紀清のままだと思われていたら返されることはなかったどころか殺されてたかも知れないってことか…」


言葉に含まれた意味を無駄に理解してしまい、紀清と氷雪丸の二人はまたもや同時に身を震わせた。


「ああ恐ろしい…!僕はしばらく引きこもります、仕事とかも任せないでください。文とかはご自分で届けてどーぞ!」


「は?おいちょ、何勝手に」


そのまま氷雪丸はくるりと一回転するとその場から雪の結晶を舞い散らせながら消えた。

紀清は思わず天を仰ぎ掠れた声でつぶやく。


「引きこもりたいのは俺の方だよ…!!」

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