第六話 電撃的展開
「だから、そうやってただ一人異常さに気がついてくれた君を呼んで、このぐちゃぐちゃになってしまった世界をどうにか元の正しい道のりに戻してもらおうかと思いまして…
あ、もちろん紀清がちゃんと生存しつつ、主人公たちもハッピーエンドを辿れるようなって意味ですからね!流石に死ぬ前提で任せるつもりはありませんよ!」
氷雪丸がその小さな前足をブンブンと振りながら必死に弁明する。しかし、紀清はそんなことよりもっと大事なことの方が気になっていた。俺をこいつが“呼んだ”…?
「…もしかして俺、お前のせいでこんなことになってるのか?」
「う…はい。最初に言ったじゃないですか、全面的に僕が悪いって…」
「じゃあ、俺が死んだのは?」
声を低くして問いかけると、その瞬間氷雪丸の顔から笑み消えた。じっと黙ってこちらを伺うように見つめ返す。その様子に何かを感じ取った紀清は、顔面を真っ青にして震える声で荒々しく問いかける。
「俺が死んだのは、つまりはお前のせいだっていうのかよ!?ふざけんな、そんなことのために俺は、俺は…!」
「違います!!」
頭を抱えて座り込むと、前方から空気を裂くように氷雪丸の鋭い声が響いた。
先ほどまでのおちゃらけた様子とは違い、真剣な表情でこちらを見返す。紀清はその小さな猫にまるで上から見下ろされているような心地さえおぼえた。
「君はすでにあの時死んでいました。僕がなんで君をこうして呼べたのかわかります?君が心不全で死んでしまって、魂がほとんど体から抜けかけてたからなんですよ。流石に生きた人間の魂を無理矢理引き寄せることなんていくら紀清の力を使っても不可能です!!妖に喰らわれ続ける地獄の中で、僕は神として最後の力を振り絞って次元の壁を越える奇跡を叶えたんですよ。」
「そう、だったのか…」
「はい。」
呆然としたままつぶやくと、キッパリとした返事が返ってくる。それは紀清に妙な期待を抱かせないようにという氷雪丸の気遣いから来るものだったが、紀清にはまるで残酷な死刑宣告のように聞こえた。妙な沈黙が場を包む。それ以降お互いに一言も発さない。
しばらくそうして互いに俯いたまま沈黙を保っていると、突然氷雪丸が思い出したように「あ!」と叫んだ。
「しまった、もうすぐ夢が覚めてしまいます!夢渡りの術も流石にこの氷雪丸の体じゃあ朝まで保てない!」
「え、夢渡り?」
「はい。紀清だった時ほど術を使うことはできないんですが氷雪丸も御使いの猫なのでそれなりに神力があるんです。だからそれで藁にもすがる思いで僕はこうしてあなたの夢に訪れました!言っときますけど、私がここに現れたのはただ説明しにきたわけじゃないんですよ!!」
「そうだったんだ」
そうして続けられた言葉に、てっきりこの小動物は世のご都合小説の神様の如く転生して右も左も分からない人間に救いの手を差し伸べるためにわざわざこうしてきてくれたんだろうと思っていた紀清は驚いて目を瞬いた。
「僕を助けてください。」
「は?」
紀清は主語のないその言葉に片方の眉を上げて訝しげな顔をする。しかしそんなことも気にする余裕がないのか、氷雪丸は焦ったように口を開いた。
「僕今ちょっと囚われてまして!そこから助け出していただけないかなと…」
「…どこに囚われてるんだ」
「木谷派の屋敷です。」
「なんだって?」
一体なぜここで突然木谷派が出てくるのか。しかも囚われているとは…木谷派といえばまさにそのラスボス王林がいるところじゃないか。まさか王林に何かされたのかと考えた紀清はいったいどういうことだと問いただした。自分の読んでいたものが本来の原作ではないと知ってしまったので、もう自分の原作知識は当てにならない。もしかして原作では氷雪丸が紀清の先に殺されるイベントでもあるのだろうか。
するとそんな思考を読み取ったのか氷雪丸は「いやあ…多分あなたが思ってる理由じゃないですよう」と気まずげな顔で目線を横に逸らした。
「ううう…僕、水泉派の屋敷に来ていた王林の前でうっかり喋っちゃったんですよ…だってまさか他の人を紀清の体に呼んだのならてっきり自分は消えるものだとばかり…なので自分が氷雪丸になってるなんて思ってなくて…。普通に呼び寄せることに失敗したのかと思ってその時は自分がまだ紀清であるつもりだったんです…」
「ええ…それで、なんて喋ったんだよ…囚われるって相当だろ。王林はあれでもみんなの前では君子を気取ってるんだ、なんの理由もなしに紀清の御使を捕らえるなんて下手を打つはずない」
「えっとですね…廊下で意識が目覚めたので、そのまま目の前に王林の姿が見えて…駆け寄って“王林、これはいったいどういうことだ。私は何故こんなに縮んでいる。それともお前がでかくなったのか?”と…」
「うわあ…」
思った以上に大惨事の予感しかしない台詞に紀清は顔を歪めた。突然口が聞けないはずの御使の猫がペラペラ喋った上に内容がそんなのだったときたら、そりゃあ焦って捕まえるだろうし、なんなら拷問でもなんでもかけて口を割らせようとするくらいのことはするだろう。紀清は思った以上に厄介なことになっていそうな事実に思わず空を仰ぐ。
「それ、助けないとダメか?」
「何言ってんですか!この!薄情者ーー!僕がここまで丁寧に説明してあげたのに!恩を仇で返すつもりですか!!」
「元を正せば全部お前のせいだろうが!!」
「そうでした!!!!すみません!!」
そうして言い合っていると突然氷雪丸が「ギャア!」と獣のような(事実今の姿は獣であるが)叫び声をあげ、前足を目の前に突き出した。そしてそれが端の方からうっすらと消えていっているのがわかった紀清はばっと自分の手を目の前に出すと、同じように消えかかっているのを確認する。
「おいお前、これただ夢から覚めるだけだよな!?起きたらどうにかなってたりしないよな!!」
「なるわけないじゃないですか!私の腕を舐めないでくださ…ってちょちょ、体が小さいから!!体が小さいから消えるのが早い!!そんな!」
そうして互いにギャアギャアと騒いでいるうちにも二人の体は足の先から段々粒子となって消えていき、氷雪丸の「絶対助けに来てくださいよーーーー!!」という声を最後に二人の姿はその夢の中の空間から掻き消えた。
「これは…あの言い草的にはおそらく紀清殿なんでしょうが……しかしなぜ氷雪丸。また誰か悪戯好きの神が何かしてしまったのですかね。取り敢えず、起きたら本人に聞いてみましょう」