第五話 意図的計画
「おやおや、その目は気がついたようですねぇ!僕が原作の氷雪丸ではないということに!!その通り、僕も実はあなたと同じ……と言っていいかは分かりませんが、この世界に転生した人間なのです!」
「な、なんだってー!?」
そんな紀良のテンプレみたいな反応に機嫌を良くしたのか、目の前の猫はえへんと胸を張る。
「…まあ、あなたとは本当に事情が異なるというか…あなたがこちらにきてしまったのは全般的に自分が悪いというか…」
「おいちょっとまて説明してもらおうか」
紀良は先ほどまでの意気消沈ぶりが嘘のようにしっかりと二本足で立つとズンズンと猫の目の前まで近づく。目の前で腕を組み仁王立ちした紀良の姿に威圧されたのか耳をぺたんと下に向けた氷雪丸はおずおずと小さく、しかし迷いない口調でここに至るまでの経緯を説明し始めた。
それから説明された内容は驚くべきことばかりだった。
曰く、この氷雪丸の中に入っているのは原作『八百万戦記』の作者その人であると。
この時点でまず突っ込みたくなったが、まだまだ話が長そうだったのでとりあえずここはグッと堪えることにした。
「それでまあ、僕が最初に転生したのは氷雪丸じゃなくて君が今なっている紀清としてだったんだけど…」
「ちょっと待て」
さすがに堪えきれなかった。覚悟していたものを全て斜め上から攻撃されている気分だ。
え、じゃあこいつが紀清なら俺は一体なんなんだ?全く意味がわからん。
そうやって困惑していると、まあ落ち着けと言わんばかりに片手を胸の前でちょいちょいと招き猫のように振って宥められた。
「まあまあ聞いてって。それで僕が紀清だった時の話をすると、紀清ってば主人公の主神だし師匠のくせして序盤で死んじゃうような雑魚モブキャラだったんですよ。だからもうその成り代わったって気がついた時僕は終わった!と思って、どうにか長く生きれないか方法を模索することにしたんです」
「……は、紀清がモブキャラだって?それは何かの間違いじゃないのか?」
紀清といえば良くも悪くもその『八百万戦記』において重要ポジションのキャラであって、出番も多かった。モブというには少しばかりおかしい。それにあいつは生き地獄を味わい続けているわけだから序盤どころか結局死んでなかったと思うんだけど。
そんな疑問が顔にはしっかりと出ていたはずなのだが、それには一切答えてくれず「あー、とりあえずまあまあ最後まで聞いてくださいよ。そうしたら全部わかるから」と言ったっきりこちらを無視して話を続ける。
「それで僕は考えたんです!いっそモブから脱却してしまえば逆に死ぬことはないのではないかと。そこで利用したのは本来のラスボス王林でした。僕は原作通り王林の手によって殺されようとしたその瞬間、彼に向かってこう言いました。“自分が死ぬことは何も恐ろしくない。しかし今ここで死ぬのは嫌なのだ。私は翠河が恐ろしい。自分があんなにも厳しい修行を経てようやくこの主神の座についたというのに、たった最近出てきたぽっと出の若造にその座を奪われそうなのだ。せめてアイツをどうにかするまでは自分を殺すのは待ってくれないか。もし自分がここで死んでアイツが自分の後継として主神についたらきっとお前を恨まずにはいられない”とね。」
そこまで考えて、紀清は己の中で点と点が繋がるのを感じた。今彼が口にしたセリフは、彼の読んだ原作において紀清と王林が初めて結託するその場面のセリフだったのだ。
「それからは早かった。元々王林と紀清は昔馴染みで仲が良かったわけだから、共通の敵が現れたのなら仲良くなるのもそりゃあ早いわけですよ。それから僕は必死に王林に敵とみなされないよう努め、見事肩を組んで酒を飲み合うほどになりました。そしてある満月の夜、僕は彼に耳打ちしたんです。“そろそろ準備も整った。神の力を失えば、翠河とて何もできないであろう。明日が決行の日だ”とね」
そこまで言って、氷雪丸はこちらにくるりと顔を向けた。
「ここまで言ったらもうわかってるんじゃないですか?」
「…なんとなくだけど、まあ。つまり俺が読んでいたのは本当の原作じゃなくてあんたが紀清に成り代わることによって変えられた“改変後の世界“だったってことだろ?」
「そういうこと!やっぱり君、頭はなかなかいいみたいですね。というわけで君が読んで知っての通り、紀清の早々離脱死亡ルートを変えることには成功したけれど、結局最後にはあんなオチになっちゃったわけです。やってらんないですよね全く」
そう言って氷雪丸は肩をすくめるような動作をした後、その小さな獣の口からはぁとため息を吐いた。
「…ちなみに本来の話ってどんな話なんだ?」
「本来の?うーん、ただの王道ファンタジーですよう。主人公がいて、主神として慕っていた紀清が王林によって殺されて、それの復讐を果たすためにヒロインと旅をして証拠を集め戦っていくんです。それで最終的に巨悪は倒れ、ヒロインとは無事くっつき子供もできる。王道でしょう?」
その説明を聞いて、紀清は(確かに王道だな…)と思った。しかし今聞き捨てならないことが聞こえた気がする。
「え、てか主人公ちゃんとヒロインとくっつくの!?じゃあなんであんたが改変した時は最後に死んじゃったんだよ!俺あれが一番納得行ってないんだけど!!」
「知らないですよそんなの!自分が生きることに必死すぎて他のこと全部無視してたら結果的にいろんな歯車が狂っちゃったんですよ!!言っとくけど、改変後のアレを僕が書いたと思われるのは心外ですからね!?本当はもっとしっかり作ってたし伏線だって回収してた!!」
互いに久々に大声を出したせいか肩を上下させて息を乱す。そのまましばらく経ってお互い落ち着いたところでおもむろに氷雪丸が口を開いた。
「それで、あなただけだったんです。」
「は、何が」
「話の違和感に気がついてくれたのが」