第五十九話 驚愕的正体
「テンロクさーん!!」
すると、向こうのほうから慌てたようにテンロクと似たような一枚の布を巻いたような格好をした小柄な妖が駆け寄ってくる。テンロクはそれにギクリと一瞬身をこわばらせた。その顔には“こんなにも早く他の妖と出くわしてしまうなんて!”と書いてあるようだった。
慌てて紀清たちに“頑張って誤魔化すから、くれぐれもバレないようにしておくれ…!”と口パクで忠告し、その妖に向き合う。
「そんなに慌ててどうしたんだい?」
「どうしたじゃないっすよ!ずっとどこいってたんすか!ご主人様がもうカンカンに怒っててまじでちょーぜつ怖かったんすから!…………って、あれ?この人たちは一体…」
「な、何だって!あのひとが怒ってるってほんとかい!?大変だ…!
え、えっとこの人たちはね…いやあ、見回りをしてたら上級に新たに上がった妖たちを見つけたんだよ。だからオイラが案内してたんだ。それだけさ。」
「何だ上級入りの案内っすか!じゃあそう連絡入れてくれればよかったのに!テンロクさんがは一番気に入られてるんすからそのくらいきっと許してもらえたっすよ。
ってか、そんなのテンロクさんがわざわざ案内なんてしなくても下っ端の俺たちに任せてりゃいいのに!……じゃあ、とにかく今すぐご主人にその説明だけでもしてきてくださいよ!あなたが呼んでもこないモンだから本当に機嫌が悪いんすよ!」
急に現れた小さな妖(姿からしておそらくネズミの類だろう)は、テンロクの周りをくるくると駆け回りながら早口で捲し立てた。
それを落ち着けと宥めながらも、内容を聞いて“しまった“と言わんばかりの顔を浮かべたテンロクは眉を下げた。
「あちゃあ…それはまずいね。急いで行くから待っててって伝えてくれるかい?」
「別にいいっすけど…あ、でもさっきテンロクさんの通行手形の気配を察知してこっちに向かってきてるはずだからもしかしたらもうすでに近くに来て…」
シュウウウウウウゥ……
その瞬間、紀清たちの目の前に不意に人型の大きな黒い影が現れた。3メートルはありそうなほど大きなその影は、あっけに取られている間にも見る間に収束し人間大になると、テンロクをその腕の中に囲った。テンロクは後ろを向いていたので何がおこっているのかわからずパチクリと目を瞬かせる。
「おやおや、こぉんなところにいた。」
「あ」
駆け寄ってきた鼠の妖が「やべ、もうきちゃった!」と騒ぎ立ててチョロチョロと走り回る。
「ダメだろう?道草を食っちゃ。典六はいつからそんな悪い子になったのかなー?」
「ご、ご主人様…」
「まあたそんな呼び方して。俺のことは気軽に“夢妖様”と呼べと昔から言ってるだろう?かわいい俺の典六…」
そうしてその黒い男はテンロクの頬を両手で包み込んだ。まるで出来の悪い息子に優しく言い聞かせるような声音で。
霞ノ浦はその声を聞いた途端拳を握りしめ、爪を立てて殺気が漏れ出るのを抑えた。なぜなら、姿が完全には見えなくとも、その声を聞いただけでわかってしまったのだ。
テンロク達にご主人様と呼ばれたその影は、紛れもなく『夢妖』その人であった。
(な、何だってー!?)
隣の少女が殺意をたぎらせているなか、混乱の極みに達した紀清の脳内はいつしか見たテンプレのような台詞を吐き出した。それを心話で聞いていた氷雪丸がそのブレない姿勢に内心で若干引きつつも、その顔を顰める。
《あーあ、やっぱり嫌な予感って当たるんですね…!》
氷雪丸は舌打ちをしたい気分になりながら、そっと巨体の凡陸の後ろに隠れた。夢妖は水泉派のことを知りすぎている。何の変装もしていない御使の氷雪丸を見ただけで、きっとここにいるのが紀清だとわかってしまうだろう。
「そこにいるのは…典六、お客さんを連れてきたのかい?」
「う、うん!…新しく上級に上がった妖たちを案内してきたんだ!」
こちらの複雑な事情を知らないテンロクは、それでもなお約束を守って自分の主人に対して偽りの内容を口にする。その義理堅さに、紀清たちはいっそう妖らしからぬ心の清さを感じた。
しかしその言葉を聞いた夢妖は訝しげに紀清たちを眺め、「へぇ…妖、ねぇ?」と呟く。
怪しまれているのは一目瞭然だった。
しかし言葉を発して弁明するわけにもいかず、妖のような服装を見に纏った神たちはただ黙ったまま立っておくことしかできない。
(せっかく王都に潜入できたのに、まさかこんなに早く見つかることになるなんて思わないだろ…!)
紀清は心の中で絶叫した。
珍しく善良な妖のテンロクと出会えてこうして王都に潜入できたことこそ幸運だったが、その主人がまさか夢妖だなんて聞いてない!
(マジでどうすればいいんだよ…!)




