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悪役が挑む神話級自己救済  作者: のっけから大王
地底の王と天上の神《地底編》
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第五十八話 潜入的王都

「おい、随分と遅かったなお前たち。くだらない理由でこれほど待たせたのだとすれば許さんからな」


「何があったんですか一体。お二人ともこんなに血や土に塗れてしまって…」


「いやあ、すまん。つい白熱してしまってな…」


「うふふ、ごめんなさいねぇ」


冥炎と凡陸が合流する。酔っ払って少しめんどくさくなった王林と共に散々待たされた紀清は感情をあらわにして二人に怒鳴った。

申し訳なさそうにその巨体を丸める凡陸とは対照的に冥炎は口先だけは謝ってはいるものの謝罪の気持ちは感じられない。紀清は一度それに睨みを効かせたが、まあ仕方ないかとため息を吐いた。


(…まあ、もしかしたらっていう想像が当たってしまったんだろうなあ…)


冥炎の反省の色なしな態度に腹を立てつつも、紀清はある程度予想していたことだと目を伏せる。


「ああ、なるほど。また冥炎の悪癖でも出ましたか」


そんな紀清の様子を一瞥し、王林が納得したように頷いた。


冥炎の妖気に酔う癖は原作改でも明かされていたことの一つだ。まあ実の所、そんな姿は紀清が成り代わってから全く見てなかったので紀清自身はすっかりそのことは忘れていたのだが。その悪癖のことを思い出したのは作者たる氷雪丸の「…冥炎が地底に来たからには、絶対あの悪癖出てますよね…」という言葉を聞いてようやくだった。その時は思わず血の気が引いたが、同時に凡陸を向かわせておいと良かったと心底自分の勘の良さに感謝した。


原作改において、冥炎が妖気に酔っ払う性質を敵の妖に利用されて敵味方関係なく暴れさせられたあのシーンは衝撃的すぎてめちゃくちゃ印象に残っている。

正直言って、それまでは“キレやすいが基本的には優しい美人のお姉さん”である冥炎をずっと見てきた読者からすればあのシーンはトラウマものである。

美人が血に濡れて恍惚とした顔を晒すのは一定の層にはウケがいいだろうが、同時に相当な衝撃を与えるものでもあるのだ。


テンロクが霞ノ浦の側に寄ってきて困惑したような顔で袖を引いた。


「姉さん、この人たちすごい妖と血の匂いがするんだけど本当に神様の仲間なんだよね…?」


「…気持ちはわからなくもないですが、正真正銘我らが天上界の主神様たちですよ…」


まあこの有様ではな…と霞ノ浦は妖の皮を纏っていることによって面をつけただけの紀清や王林より数段禍々しいことになってしまっている二人の服装を見て苦笑いを浮かべた。


「えっ!?待っておくれ、まさかこの人たちも主神なのかい!?じゃあこの場に天上界の主神が四人いるってことだよね?それってとんでもないことじゃないか!」


「そういえばテンロクには言っていなかったな…」


驚きに目を見開くテンロクは、先ほどまでの訝しげな顔から一転し、感心した様子で新たに合流した彼らを眺めはじめた。たしかにまあ天上界でも四柱が揃うことは滅多にないから珍しいのは当然だ。近頃は神派の弟子くらいしか相手にしていなかったためそんな新鮮な反応に思わず笑みが溢れる。妖とはいえ、素直に慕われると少しくすぐったい。


しばらくそうして満足したのか、不意にテンロクは両手を叩いて注目を集めた。


「じゃあ、これでみんな揃ったんだよね?動物さんたちもいるしなんだか随分大人数になっちゃったけど…取り敢えず王都の入り口に行こうか!」


「こっちだよ、オイラについてきて!」そう言って駆け出したテンロクに置いていかれないよう、みんなで後ろをついていく。その姿は客観的に見ればまるで百鬼夜行のようだった。


そのままいくつかの村を越え、市を通り過ぎたりした。その間すれ違う妖たちにはどことなく畏れを抱いた目で見られていたような気がするが…深くは考えないようにしておこう。

それに途中で妙な妖に絡まれることもあったが、テンロクが持っている通行手形を一眼見れば全ての妖は従順になった。テンロクがいうには“上級に逆らって自分の昇格がなくなったら困るから”らしい。


そうしてしばらく歩くと、やがて大きな滝のある場所に着いた。その荘厳な姿に思わず感嘆の声が出る。

しかし、王都の入り口とやらは本当にここで正しいのだろうか。冥炎が困惑した様子でテンロクに視線を合わせた。


「…そこの妖の子…テンロク、って言ったかしら。…本当にここが入り口なの?」


「うむ…ただの滝にしか見えぬが」


しかしそんな神々を振り返って笑みを浮かべたテンロクは、「大丈夫だよ!ここに間違いはないのさ」と胸を張った。


「まあ見てなよ。ここにオイラが持ってる通行手形をかざすとね………ほら!」


そのままテンロクが腰につけていた勾玉を滝の目の前にかざすと、滝が道を開けるように二股に分かれ中央の洞窟の入り口が姿を表した。


「すごい…!」

「なあなあ、それどうなってるんだ!?みたことねえ術だったぞ!」

「王都とか何で情報が漏れないんだろうって思ってたけど、これだけ厳重なら納得かも…」


その圧倒的な術の力に、後から合流した弟子たちもはしゃいだ様子を隠すことなくテンロクに駆け寄った。テンロクはそう言った反応が新鮮で嬉しいのか、照れたように「へへへ〜これはオイラのご主人様が作った術式なんだ〜」と頬を掻く。


「ほう。お前の主人は余程術に長けた妖なんだな」


「うん!すごいんだよオイラのご主人様は!なんと、翠様と一緒に地底の改革を手伝った功労者なんだ!」


「…へぇ。」


しかし予想だにしないところで翠河の名前が出たため、思わず低い声が出てしまった。そういえばテンロクは上級なのだから、“翠様“の正体を知っていても不思議ではない。互いに深入りしないようにしているとはいえ、それくらいは聞いておけばよかったかと一瞬後悔の念がよぎった。自身の無計画さに思わず眉間に皺が寄る。

幸いにしてテンロクは気がつかなかったようで、そのまま軽い足取りで開いた道を進んでいく。隣に立つ王林が気遣わしげにこちらをみるのが分かったが、その視線は無視をしてテンロクの後に続いた。


洞窟をある程度進むと、ある場所でピリッと肌を刺すような感覚がやってくる。


「これは…結界か?」


「うん。あ、ここからは一応神気を意図して抑えた方がいいかも。あ、それと鷲の姉さんたちと牛の兄さんたちもこの化妖の酒を飲んでおくといいかもしれないよ。その毛皮があれば大丈夫だとは思うけど…上級の妖にはものすごく勘のいい妖とかいるから気をつけるにこしたことはないからね」


そう言ってテンロクが弟子達や主神にそれぞれ酒を分けると、弟子達はその強さに悶絶しながらも一口ずつ飲みこむ。特に獣の特性が強い阿吽兄弟には匂いがきついようで飲み込む際には呻き声が漏れていた。紀清はそっと隣で王林が「…勿体無い」と言っている声が聞こえたが、聞こえないふりをする。


「あら、そういえば来る途中で紀清が言ってたわね。このお酒を飲むだけでいいの?」


「うん!多分、狐や狸とかの化妖が作ったお酒には妖気が紛れやすいんだと思う。まあ今までの道のりで気が付かれなかったから大丈夫だとは思うけど、一応上級の妖は強さが桁違いだからね。念のために飲んでおくに越したことはないよ」


「なるほどねぇ…」


「あまり飲みすぎぬよう気をつけるのだぞ冥炎。酒に強い王林ですら酔ったということは、相当強い妖気が紛れているということだ。貴方にとっては毒も同然。」


「わかってるわよ、少し舐めるだけでも効き目があるそうだからこれくらいにしておくわ。そもそも私あまりお酒好きじゃないしね」


そう言って冥炎は凡陸が手に持っている容器の口をチロリと舐めて酒を舌で掬い取った。


「なっ…!」


「うふふ、どうしたの凡陸。早く飲みなさいな。一人だけ置いていくわよ」


「…くっ、ええい貴方というお方は!」


「あははっ」


凡陸が頬を僅かに染めながら酒を煽る。勢い付いたせいで一口どころではない酒が流れ込んだが、正統派な神の生まれである凡陸には妖気の酒は効きにくかったのか、酔ったり気分が悪くなったりと言った悪い影響はとくになかった。


その二人のやりとりを見ていた愛爛や阿吽兄弟は揃って赤面して何やら話し合いはじめ、彼らの事情など何も知らない紀清や王林たちはギョッとして目を見開いた。


(あいつらって、そういう感じだったっけ…!?)


「これは驚きましたね…」


霞ノ浦が居てもたってもいられず弟子達の元に駆け寄る


「…ちょっと三人とも、事情を教えてくださりませんか」

「あっ霞ノ浦。それが、冥炎様たちって実は…」

「えっではそれは…」

「多分そうで…」



「華女、あなた気づいてましたか?」

「いいえ、正直、盲点、でした…」

「冥炎にも人並みの感情ってあったんですねぇ…」

「王林様、流石に、それは、どうかと…」

「はは、冗談ですよ」



「凡陸様、ナンダカンダ初心デアルナア…」

「モー」

「キューン」

「にゃあ…(何だこれ…)」


しまいには御使たちまでこそこそと言葉を交わすしまつ。幸い渦中の二人はそんな周りの様子には気が付いていないようだった。

そのまま(主に二人のせいで)一時的に場に混乱が巻き起こったところで、はっと我に帰った紀清が思わず声を荒げた。


「って、待て。皆静まれ、今はそれどころではないだろう!結界はどうすれば通れるんだテンロク。まずはそれから教えてくれ」


場の空気に思わず流されそうになったがいやいや違うだろうと紀清が声をかける


もしこのまま王都に入ることができないまま他の妖とかにこうしているところが見つかってはまずい。死鳥たちの監視の目も必死でくぐり抜けてきたというのにこんなことでバレてしまっては水の泡だ。

まあ、逆に王都の中に入ってしまえば安全というわけでもないのだろうが。


テンロクはそのやりとりの間終始二人を交互に見ては「はわわ…」とつぶやいていたが、紀清の呼びかけで本来の目的を思い出すと「そうだった!」と飛び跳ねた。


「そう、結界の説明をするね!この結界は上級しか通れないようになってるんだけど、上級が持ってるこの通行手形が有れば近くにいるほかの者も通ることができるんだよ」


そうして手形を持ち上げると、たしかに結界を通る際にその近くだけ一部結界が綻ぶのが分かった。

その説明を信じて紀清をはじめとして次々とテンロクの後に続く形で結界を乗り越える。最終的には御使も含めて問題なく全員結界を突破することができた。


すると、驚いたことに結界の中は外の禍々しい様子とは裏腹に神界に近いほど清浄な空気が漂っている。その神気に覚えがある面々は思わずこれに唸った。


「これは翠河の神気………みたいな気配。」

「…いや、間違い無いよ」

「やっぱり紀清さんの予想は正しかったんだ…」

「翠様ってのは確実に翠河のことみてぇだな…」


弟子たちも小さな声で話し合いながらそわそわとあたりを見回す。

洞窟から出ると、豊かな草原と立派な屋敷を中心に巨大な街が広がっていた。

正直、地底にいて美しいなんて感想を抱くことになるとは思っていなかった。


「ここが王都さ!外の地底より随分いいところだろう?王様がやってきてから上級たちの生活は見違えるように変わったんだ。」


「…ああ、確かに。いいところだ」


紀清がぼんやりとそう答える中で、霞ノ浦はこの景色がどこか見たことあるような気がして首を傾げた。

いつか、どこかで彼と共に見た景色によく似ている。


(…ああ、思い出しました。)


あれは、初めての任務の記憶だ。

彼が記憶を失ってなお唯一覚えていてくれたあのときの人間界での任務。その時の自然豊かな田舎の様子にこの街の景色は少し似ていた。


色々な感情が積み重なり、思わず目から溢れそうになる涙を堪えながら霞ノ浦は師匠の隣に立った。


「師匠、もうすぐ翠河に会えるんですね」


「……ああ」


紀清は手のひらを力強く握りしめ、決意を新たに中央にそびえる屋敷を鋭く睨みつけた。


《…そう簡単に、うまくいきますかねぇ》


氷雪丸はそんな紀清たちをぼんやりと後ろから眺めながら、先ほどから胸の内をざわめかせる嫌な予感に顔を顰めた。


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