第五十七話 熱烈的告白
「全く、冥炎と凡陸はまだ来ないのか!何をしてるんだ」
「位置は近づいてるはずなのに何故かその場から動きませんねぇ。冥炎殿はともかく凡陸殿はしっかりしているので心配はいらないと思っていたのですが…」
二人を待っているもののなかなかやってこない。
紀清がイライラした様子でチッと舌打ちを漏らすとどかりとその場に座り込んだ。
「ねぇねぇ、黒髪の姉さんはなんでそんなに不思議な気配をしてるんだい?神様のはずなのに神様っぽくない匂いがするし、神気と妖気が両方満ちててなんだか不思議だ。」
「私は、その…一度、堕ちた身なので、おそらく、そのせいで、気配が妖気に、馴染んだの、かと…」
「へぇ〜!そうなんだね!よくわかんないけどすごいや」
「すごい…?そうで、しょうか…」
「うん!だって姉さんは妖のフリするために他の神様みたいに定期的にお酒飲まなくても大丈夫ってことでしょ?それってすごく便利じゃない!神格を手に入れた妖とも似てる気配だから疑われることもないだろうしね!」
「そうなの、ですね…。確かに、便利かも、しれません…」
堕ちたことはあまり褒められたことではないため、責められたり理由を問い詰められたらどうしようかと華女は緊張して告げた事実だったが、テンロクの無邪気な返事に安心したようにホッと息をついた。
ちなみに何も知らない霞ノ浦が横から聞きながら内心(なるほど、そういうことだったんですね…)とひっそり華女の妙な気配の理由に納得していたのはここだけの話だ。
そうして紀清達が暇を持て余しながら冥炎達を待っている、一方その頃。
「あわわ…どうしてこんなことになっちゃったのー!?」
「うわーー!!木が吹き飛ばされた!凡陸様やべえーー!!」
「うわわ、火の粉が!!火の粉が飛んでくるーー!」
弟子達は主神達の戦いに巻き込まれないように必死に逃げ回っていた。
「うふふ、楽しい、楽しいわねぇ凡陸!私こんなに本気で戦ったの初めてよ!あはははははっ!」
「む…今ので攻撃を避けるとは。こちらも本気で行かなければならないと言うことか…」
「余裕を保っていられるもの今のうちよっ!」
ゴオオオオオッ
火柱が走る。
弟子達はそれを避けながら必死に主神の御使達の背中にしがみついていた。
「ひぃー!!」「次は右によけろ丑次郎ー!」「うわわっ、のせてくれてありがとう炉太ちゃんー!」
弟子達を背に乗せた御使達はそれぞれ後退りながらもハラハラと戦況を見守る。
「ううう…なんでこんなことに…オレたちただ合流しに来ただけなのにー!!」
「アア…冥炎サマノ悪イ癖ガデタナ……」
何が起こっているかを察した丑次郎が死んだ目になるその横で、炉太がハァと重いため息を吐いた。
「悪い癖?」
「ソウカ、ソウイエバ愛爛サマは見タコトガ無カッタカ…」
「冥炎様がなんであんな風になってるのか、理由がわかるの?炉太ちゃん」
愛爛が首を傾げながら尋ねると、炉太はカタコトの言葉で返事を返す。
「冥炎サマニハ妖気ニ酔ウトイウ悪癖ガアッテナ…。マア、出生カラ仕方ナイコトナノダガ」
「出生?そういえば、冥炎様ってどこから生まれたんだろう。人上がりじゃないって言うことだけは知ってるんだけど…」
「…冥炎さんってなんの神様なんだ?」
「なんかボク達一番弟子になって長いことやってきたのに、そういえば主神様達の生まれとか核の願いって詳しく知らないよね」
そもそも聞く機会がなかったといえばそれまでなのだが。しかし途中まで言われると気になると言うもので、三人は炉太の発言に耳をすませた。
「…他ノ主神ニツイテハ知ラナイガ、冥炎サマハ、死者ノ国ノ火柱カラ生マレタ『生と死』ヲ核ノ願イニモツ神ダゾ」
「ええっ!?」
「そうだったの!?」
「やっぱり格高い神様だったんだ…!」
「たしかに火峰派の神は人間と深く関わる願いが多いけど、そうか生と死かぁ…そりゃあ主神になれるくらい神力が強いのも納得だよ」
「てか、死者の国とか本当にあったんだな…神が入れない領域だって聞いてはいたけどそこから生まれる神がいるなんて…」
死者の国とは俗に言う天国とも地獄とも違う、神ですら誰も辿り着くことのできないほど遠くの場所にあるとされていた。神の間では御伽噺のような存在だ。まさか、そこから生まれた神様がこんなに近くにいたなんて。
「死者ノ国ノ火柱ハ亡者ヲ焼キ尽クシ、同時ニ魂ヲ浄化スル救イノ炎。信仰モ集マリヤスイ。主神ニナッタノハ当然ノ結果ダト言エルナ」
「まじか…今度オレ、冥炎さんに死者の国について聞いてみようかな…」
「そりゃあ主神になるに決まってるよね…だって神派に入らなくても信仰が途切れて消滅することはないし、生まれながらにして存在が確立されてるってことでしょ?結構衝撃の事実かも…」
「でも、じゃあなんで冥炎様は妖気に酔っ払っちゃうようになったの?」
「ソレハナ…ソノセイデ冥炎サマハ陰気トノ相性ガ良クテナ。神気ヨリ馴染ミガ良イラシイ。冥炎サマハ武神故ニ死トノ距離ガ近イ。ソノセイデ酔ウト血ニ飢エテシマウコトガアルンダ。…タマニ、コウナッテシマウ…」
本当にその悪癖には参っているようで、炉太は疲れたようにまたため息を吐いた。
本人もやりたくてなっているわけじゃないのだろうが、八百年近く冥炎と付き合ってきた炉太からすればもう勘弁してくれと言った所だ。なまじ武神としての力が強いだけに炉太だけの力ではどうにもならないのが歯痒いと言う思いもある。
「えー!?じゃあ、もし冥炎さんが暴走しちゃったらその時はどうすれば良いんだよ!今は凡陸様が居たからなんとかなってるけど、仲間の神を襲い出したら主神に勝てるわけないしみんな死んじゃうだろ!?」
「否、闘イニ満足サエスレバ冥炎サマノ暴走ハオサマル。シカシ、ソノ満足サセルト言うノガ問題デナ…並ノ神デハ満足ドコロカ相手ニモナラナクテ…今ノ所、凡陸様シカ冥炎サマヲ止メラレル相手ハイナイ」
「そうなんだ…じゃあ今回はたまたま集合したことで運が良かったってこと?冥炎様、妖の血をたくさん浴びてからずっと上の空で、私の声が届かないみたいだったから…でも、じゃあ私が襲われなかったのはなんでだろう。凡陸さんが来てから急に変な感じになっちゃったよね冥炎様」
「オソラク、今ハ多少自我ハ残ッテイルノダロウナ。会話ガデキテイルカラナ。愛爛サマノコトモキット襲ッテハイケナイト理解シテイタノダロウ。凡陸様ガキタコトデ我慢ノタガガ外レタトイウコトダ」
「ちゃんと相手を識別するだけの理性は残ってるってことか…」
阿泥と吽泥がそっと木の後ろから二人の戦闘を覗き見る。相変わらずどころか先ほどより苛烈さを増したようで、今度は凡陸の土を抉るような容赦のない斬撃までこちらに飛んできそうな勢いだった。
「おいおい、凡陸様も本気になってるぜあれ…」
「地面が土煙で見えない…」
そんな中、愛爛があることに気がつく。ボソリと呟いた。
「…もしかして、だから冥炎様って凡陸様のことが好きなのかな…唯一止められて対等にやりあえる人だから……いつも穏やかな時と怒ってる時しかない冥炎様があんなに楽しそうにしてる所初めて見たし…」
「…ん?」
誰にも聞かせるつもりはないほど小さな声だったが、残念ながら耳がいい双子にはバッチリと聞こえてしまっていた。
「今、なんて言ったの愛爛。冥炎様が凡陸様のこと好き…?」
「あっ!」
(なんで迂闊に言っちゃったんだろう私の馬鹿…!!二人の耳がいいこと知ってたのに、どうしよう…!)
「今の、聞かなかったこととかには…」
「……いや、できるわけないだろ!」
両手を合わせて誤魔化すようにお願いした愛爛に、阿泥が思わず怒鳴る。
吽泥がハッとしたように尋ねた。
「冥炎さんも凡陸さんのこと好きな感じなの?気のせいじゃなくて?本当に?」
「う、うん…多分そう。なんか、そう言う匂いがして…」
「愛爛って恋の神だからなあ…信憑性はすごい高い。どうする、吽泥」
「…いいんじゃない?阿泥」
「え、どうしたの?」
アイコンタクトで通じ合う双子に、戸惑ったように愛爛が目を彷徨わせる。
「凡陸様がさあ、なんか好きな神様いるみたいなんだけど…」
「多分考えた結果冥炎さんなんじゃないかって話になったんだよ…」
「確証はないんだけど」と口籠もりながら双子は顔を見合わせた。
「……正直、どう?」
「どうって…?」
「凡陸様から、冥炎さんに対してそう言う感じある?」
「ええー…うーん、あんまりしっかり近づいていないからまだわかんないけど…でも、今の様子見てたら多分その予想あってるんじゃないかと私は思うなあ…」
三人の視線が再び戦っている二人の主神に向く。そこには、先ほどまでの宥めるような様子とは真逆の様子で、心底楽しいと言った表情で戦いを繰り広げる凡陸の姿があった。そこにはただ闘いに対しての高揚感というよりも…違う感情が読み取れる。愛爛の勘は言っていた。“あれは確実にお互い恋してますよ“…と。
「正直、二人のことくっつけたくない?」
「…まあ」
「…できれば凡陸様には幸せになってもらいたいなあ。」
「…私、冥炎様そろそろ報われていいと思うんだよね…なんだか昔から人間関係結構大変だったみたいだし」
「……でも、素直にくっついてくれると思うか?」
三人は顔を突き合わせて「うーん」と唸った。しかし、愛爛がパッと顔を上げる。
「まあ、くっつくのも時間の問題なんじゃないかなあ。というかほら、戦いもそろそろ終わりそうだよ」
「わあ…なんか二人ともすごい晴れやかな笑顔」
「なんであんな戦いしておいて二人とも涼しい顔してるんだ…?地面とかひどいことになってるぞ…」
そうして戦いも終盤に差し掛かったところで、 冥炎の不意をついた凡陸が徐に手刀で首筋を叩き気絶させた。
冥炎の力の抜けた体を刀を収納した凡陸が両手で支える。
「「あっ」」
「わーー!冥炎様ー!!」
それを見ていた阿吽兄弟は思わず声をそろえた。愛爛は絶叫しながら慌てて主神の元に駆け寄る。
「冥炎様〜!!」
そうして愛爛が涙目のまま冥炎の手を握ったところで、冥炎がパチリと目を覚ました。さすが主神、回復力が尋常じゃない。
しばらくぼうっとしていたが、やがて目を瞬かせて「…あらぁ」と呟いた。
「もしかして私、またやってしまったのかしら」
「…ハァ。冥炎、記憶は残っているだろう。妖の蔓延る地底ではこうなることは予想はしていたが…まさか殺し合いを提案されるとは思わなかったぞ」
「うふふ…ごめんなさいね?また貴方に迷惑をかけてしまったわ。愛爛達にも変なとこ見せちゃったわね」
「い、いえ!私たちは大丈夫ですから!」
愛爛が手を振って双子に目を向けると、阿泥と吽泥はそれに頷いて「うん」「怪我もないしな」と答えた。
「お前を止めるとなると毎回こちらの骨が折れる…戦いは激しかったが、まあ互いに深い傷を負わなくてよかった」
「そうね。…やっぱり貴方しか居ないわ、無傷で私を止めてくれるのは。貴方以外を相手にすると傷を負わせてしまって本当に申し訳なくて…。私がもしまたこうなっちゃった時は、後千年くらいはお相手をお願いしようかしら。」
「勘弁してくれ…」
「せめて暴走しないよう自制する方法を身につけてはくれないか」と疲れたように呟く凡陸に、「うふふ、それがわかっていれば私は苦労してないのよ」と楽しげに返す冥炎。
そう二人のやりとりを見ていた弟子達は、肩をすくめて顔を見合わせた。
「……なあ今のってもしかしてプロポー…」
「しっ。いい所だから静かにしてっ」
「…千年って、随分熱烈だなあ」
たしかにこれは、時間の問題かもしれない。




