第五十二話 買物的猫面
「いやあ、いい感じのお面があってよかったね!はい、どうぞ。」
「すみません、色々と任せてしまって…」
「いいのさ!気にしないで。協力するっていったのはオイラの方なんだから」
テンロクに案内されてついて行った先、まずは身を隠すためにテンロクの勧めで市へと向かったのだが思った以上に人通りが多く、先ほどの様に身バレの危険がある紀清達が無闇に突入するわけにはいかなかった。そのためお面自体はテンロクに買ってきてもらったのだ。
ちなみにお金はどう工面したのかというと、もちろん地底にカチコミするくらいのつもりできた紀清はお金なんて物を持ってきていない。そもそも地上や神界のお金が地底で通じるかもわからなかった。
そんな時に役に立ったのは、この衣服に無駄にジャラジャラとついている高そうな装飾だった。これは本来は神としての格の高さをわかりやすく示すためのモノなのだろうが、そう言ったものの事情に興味もなく現代人的な感性を持っている紀清からすればこんなもの(金がない時にはこれ、売れるよな…)なんて考える程度の非常用の財布くらいにしか思っていなかった。
そしてその読みはあたり、見事に今回それが役に立ったのだ。
「店主のおっちゃん中級のくせにオイラのこと見た目で見くびってきて、うっかりぼられそうになったからつい脅して負けてもらっちゃったんだ。だからあんまりこの綺麗な飾り崩して使ってないから返すね。」
「…いや、いい。私は必要ないからお前にやろう」
「ええっ!?そんなの悪いよ、これだけ銀があれば十年は食い物に困らないくらい価値があるんだよ!?」
「助けてくれた礼だ。借りを返すようなものだと思って受け取ってくれ。」
結構遠目から見ても厳つい身なりをしていたあの店主を脅したという話を聞いて(この子以外と強かだな…)と思った紀清だったが、銀を返されそうになったところで手で遮り感謝の気持ちとして残った銀はテンロクにあげることにした。まあその中にはもちろん見栄も含まれている。つまり釣りはいらねえぜと言わんばかりにカッコつけたのだ。
それを受けとったテンロクは暫く申し訳なさそうに手で弄っていたが、やがて紀清がどうやっても受け取らないということがわかったのか、諦めて笑顔で「ありがとう!」と貰うことにした。つけるところがなかったため腰の帯に紐で結びつける。
「でもオイラ、これ絶対売ったりしないよ。紀清さんと仲良くなれた証だと思ってずっと持っておくのさ!」
「ふ、お前は出会ったばかりの私を友だと思ってくれるということか」
「もちろん!オイラまだ神様の友達は紀清さんと霞ノ浦が初めてなんだ。探してる人が見つかったら帰った後も地底に遊びにおいでよ。オイラが案内してあげるからさ!」
テンロクに無邪気な笑顔で溌剌と言われた言葉に、紀清は内心で乾笑いを返すしかなかった。
(どうだろう…俺たちが翠河を取り戻して地底を去ったら多分もう二度と地底に顔出せない気がする…しかもなんならこのテンロクとも敵同士になっちまうだろうな…)
他の妖にならば別にどう思われても構わないが、この親切にしてくれた少年と敵対するのは少しばかり寂しいものだ。でも、もうそれは仕方ないと割り切るしかない。こちらだって事情はあるのだから。
紀清はもらった銀飾りを興味深そうに眺めるテンロクを背に、霞ノ浦とともにそれぞれ買ってもらったお面を装着した。
テンロクが紀清と霞ノ浦に手渡したのは猫又を模したお面だった。今、紀清の顔には全面を覆う面、霞ノ浦には目元のみを覆う猫の面が付けられている。やはり妖の市で買うだけあって、それは天上界で普及しているような煌びやかで美しいものではなく禍々しく怪しげなお面だった。まあ、妖の中に紛れるには最適だと言えるだろう。
猫又らしい二股の尾も耳も生えてはいないが、それでいいのだとテンロクは言う。上級はそもそも完璧な人型を取れるため、こうして面をつけることで自らの種族を示すことがあるのだ。つまり、こうして紀清達の妖への擬態は完了した。そばに完全に猫の姿の氷雪丸がいるのもその思い込みを助長させるいい要素になっているらしい。神の隣にいる時と違い、猫又のそばにいる猫のことを誰も御使だとは思いはしない。
「そういえば、テンロクはとても綺麗に人型を取れていますよね。元々は何の妖なのですか?随分と小柄ですが…」
「ああ、オイラは貂の妖さ!」
「貂、と言うと…火事や九化けの噂のある者たちか」
「うん、そうだね。でもオイラは妖として生まれたって言うより、獣として生きて小さい頃に死んじゃってそこから妖に化けたんだ。だからオイラには貂の火を起こす能力はないよ。あったら便利だったかもしれないけど…でも、化けるのは得意さ!
名前は、六人兄弟の末っ子だから母ちゃんがオイラのことテンロクって名付けたんだ。わかりやすいだろう?」
「そうだな。」
(いや本当にめちゃくちゃわかりやすいな。)
神様と違って妖の名付けはひどく単純でわかりやすい。普段小難しい漢字とばかり睨み合っている紀清はうっかり感心してしまった。動物の感性でつけるなら変な理由付けなんて必要ないのか。
動物は比較的妖になりやすい。なぜかというと、人から妖に化けたり欲を核として生まれる妖は神と同じくそれだけ恨みや欲を溜めて形を成すための長い時間が必要だが、動物は感情が素直な分怨みの念が濃く、死を後悔したり人間への恨みを抱いた動物はその自らの感情を核に死の直後から妖に化けるのだ。もちろん長生きした結果妖に変じた猫又や九尾の狐なんかもいる。このテンロクという少年も、幼くして死んでから変じたということは人間に対する恨みを核にして生まれたのだろうか…。
「あ、でも生きてた時は他の兄弟もみんな数字で呼ばれてたから違和感なかったけど、今の主人には漢字がないと不便だって言われて『典六』って字をつけてもらったんだよ。オイラは字は読むことも書くこともできないんだけど、それだけは読めるし書けるんだ!」
そうして地面に指で【典六】の字を書いたテンロクはニパッと笑った。
…でもこの無邪気な様子からは、全く核になりそうな恨みの念は読み取れない。まあ、変に考察しても仕方がないのだが。
霞ノ浦はその可愛らしい歪な字を見て笑みを浮かべた。
「ふふ、そうなのですね。…あなたは先ほど私の名前を褒めてくださりましたが、あなたもよい名前だと思いますよ。今のご主人ということは、どなたかに仕えていらっしゃるのですか?」
「うん!オイラは妖になってすぐにある人に拾われたんだ。だから今は親代わりみたいな感じでその人に世話になってるのさ。」
そう言ってテンロクは誇らしげに胸を張った。その様子に思わず紀清も微笑ましくなる。
「よし、じゃあ今から案内するよ。王都は地底の中心にあるんだけど、その入り口は結構いろんなところにあるんだ。」
準備も整ったところで「今から向かう先はその数多の入り口の中で一番人通りの少ないところさ。ちょっと遠いけど、そっちの方がいいだろう?」と言って揚々とテンロクが歩き出す。そんなテンロクの後ろについて行こうとしたところで、紀清は懐に入れていた札の存在を思い出した。
(そうだ、ほかの主神たちにこれで連絡取っといたがいいよな…王都に乗り込むわけだから、みんな固まってた方がいいだろうし)
戦力は多いに越したことはない。紀清は足を止め、テンロクに声をかけた。
「すまない、他にも地底にやってきている仲間がいるのだが呼んでも構わないだろうか」
「なんだって!そりゃ大変だ、早く呼んであげなよ。さっきの兄さん達みたいに襲われたり、迷子になってたりしてるかもしれない」
「そうだな…」
(まああいつらならどうにかなりそうだけど…)紀清は札を取り出し、興味深そうに向けられる二対の視線を感じながら思い切り神力を込めた。札が淡く青色の光を放つ。やがて吸い込まれる様に力が消えていくのを感じ、直後脳内に声が響いた。
『…あら?』『む、これは紀清の神力…』『…紀清殿?』
次々と札を伝って脳内に響く主神達の声に脳内が一瞬混乱しそうになったが、普段から氷雪丸としている心話のおかげか紀清としてはそれほどの混乱もなくすぐに順応することができた。
紀清は片手に札を浮かべ、もう片方の手を額に当てながら返事を返す。
「…翠河の手がかりを見つけた。できれば合流して欲しい」




