第四十九話 潜在的妖村
紀清は霞ノ浦と氷雪丸を連れて森の中を歩いていた。
森といってもここは地底、ただの森であるはずもなくそこに生えている木々は葉の全てが針のように鋭く尖っている。服を引っ掛けたり皮膚を傷つけたりして多少の傷を負いながらも、紀清が一番先頭を歩きながら太刀の漣を使って枝ごと切り落とし進んでいた。
(全く、地底はなんて場所なんだ!入り口じゃあ入った瞬間ものすごい数の妖に飛びかかられるし、妖の少ない方に行けばいくほど道は過酷になり挙句に針の森!誰だよこんな世界作ったやつ!)
紀清が心の中で悪態を吐くと、誰に向けられた言葉かを察した氷雪丸が足元からキッと鋭く睨みつけてきた。
《悪かったですね!天上界は天国で地底は地獄からインスピレーションを得てるんですから地底が過酷になるのは当たり前でしょう!》
(そうかもしれないけど!文句くらい言わせてくれよ。お前はただ俺が切り開いた道進むだけで良いんだからいいご身分だろうけどなあ)
しかしまあ、そんな過酷な道だからこそ妖に襲われずに済んでいるのも事実。プラマイで言ったら確実にマイナス突っ切っているが(何故なら妖くらいなら紀清と霞ノ浦二人で一瞬で殲滅できるからだ)まあマシではあった。
しかし、ずっとそうやって先があるかもわからない森を進み続けるのが辛くなってきた頃ようやく終わりを迎える。
「師匠!向こうに光が見えます。森の終わりが近いです!」
「本当か!」
霞ノ浦の言葉に、ようやく出れると足早に歩みを進めた。するとその言葉の通り、突き刺した刀の先端付近の抵抗感がなくなっており向こう側に空間があるのがわかった。
そのまま勢いに任せて切り裂く。
「外です、師匠!」
霞ノ浦が歓喜に声を上げる。紀清はそれに「ああ」と頷きながら、内心ほっと息を吐いていた。
(ようやくあんな危険極まりない森を抜けることができた…)
森から出てしばらく休憩した後、冷静になってみるとあることに気がついた。森が何かを囲むように円形にその土地を囲んでいるのだ。
偶然にしては奇妙な形状だ。紀清がその不可解さに顎に手を当てて悩んでいると、氷雪丸が近くにやってきた。
「なんだか、まるで何かを守ってるかのようですね」
「ああ、…なるほどな」
氷雪丸にそう言われて紀清は拳と掌を合わせて納得したように頷いた。何を守ってるかは不明だが、それならあれだけ攻撃性の高い木が生えてたのも納得だ。
このまま森の近くにいてもどうしようもないためあたりを観察しながら前に進んでいくと、やがて一軒の家のようなものが見え始めた。
(…いや待て、家!?)
「地底に、建物があるなんて…」
呆然としたように呟く霞ノ浦に紀清は内心で深く頷いた。それな。地底に建物があるなんておかしいんだよな…
よくよく観察してみれば、他にも数軒周りに建っている。…つまり、人が住んでいたということなのか?いや、地底で人間が生きていけるはずはない。ということは妖か…?妖に家を建てるほどの知能と文明があるなんて聞いたことがない…知能があるやつはいるが、妖の大半は単独行動を好むのだ。このようにまるで集落のように家が立ち並ぶ景色なんて地底でお目にかかることはないと思っていた。
紀清はそのうちの一つの家に灯がついているのを確認し、ごくりと息を呑んだ。霞ノ浦を背後にやりながらおそるおそるその家の扉を開く。
すると、開いた途端キツい酒のような匂いが鼻に届き紀清は顔を歪めた。同時にいくつかの視線が三人の元に突き刺さるのを感じる。中にいたのは、やはり予想通りというか多種多様の妖たちだった。皆揃って徳利やお猪口を手に何やら盛り上がっている。その盛り上がりのせいかこちらに気がついたのはその中でもほんの少しだけのようだった。
(酒場か…)
紀清と霞ノ浦はあまりの酒の匂いに辟易として着物の裾で鼻を押さえた。氷雪丸は匂いで鼻をやられたらしくすでに失神寸前だ。
「おやァ、なんだい。アンタ達見ない顔だね?新入りかい?それとも迷い込んじまったのかい?」
どうすればいいのかわからず入り口付近で固まっていると、部屋の中央あたりから妖達をかき分けて一人の女がそばに寄って話しかけてきた。よくみると上半身は人間の形をしているが、腰から下は蛇のように長く鱗を持っている。
(蛇の妖か…?それにしても、俺たち妖だと思われてるのか…まあこの服装じゃあな)
紀清達の格好はすでにあの森を通ってきたせいで着物はボロボロで土だらけ、切り傷もついていて神聖さなど程遠い。まあ到底一瞬で神だと見抜けるようなものではなかった。そのおかげでもたらされた有難い勘違いに紀清はラッキーだとそのまま乗っかることにした。必死に脳内で適当な言い訳を考える。
しかし下手に嘘をつくといつかボロが出てしまいそうだったため、紀清は結局無言のまま返事を返さなかった。
目の前の女はそれに気を悪くしたかと思いきや、唐突に紀清の顎を掬い取りじっと覗き見てくる。それに気圧されて動けないでいる間、女の口元で二股に割れた舌がチロリと出入りした。
「アンタ、よく見たら随分とイイオトコじゃないか。どうだい?私と酒でも飲み交わさないかい?」
「おい、あいつ蛇姐さんに目ェつけられちまったぞ!」
「ああ恐ろしい、恐ろしいなあ」
「姐さんこの間も鬼の旦那に誘いかけて断られてなかったか?」
「ああ知ってるぜその話!確か…」
「アンタ達!うるさいよ黙りな!」
ざわつき始めた室内に女の一喝する声が響く。しかしそれも意に解さない様子で妖達は早速やんややんやと話しを始めていた。
神の世界では皆清らかで大人しいため、こう言った下品な口調で騒ぐような輩は滅多にいない。
霞ノ浦はそんな妖達の様子に驚いたように目を見開き身を固め、紀清はどこか懐かしい馬鹿騒ぎに少しだけ昔を思い出していた。
「それにしてもアンタ達は運がいいねェ。迷い込んだ先が私達の村でよかったよ。」




