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悪役が挑む神話級自己救済  作者: のっけから大王
地底の王と天上の神《地底編》
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第四十五話 突撃的地底

さて、それから氷雪丸にその時のことを愚痴られた紀清は必ずその冊子を持ち歩くようになった。

しかしあの時は氷雪丸は焦りすぎていて気がついてなかったのだが、よく考えればこの世界で普及している文字は元いた世界とはかなり違う作りになっている。同じ日本とはいえ、ここは一応異世界ファンタジーの世界なのだ。つまり…つい癖で以前の日本語で書き留められていたその冊子に関してはもし開いたとしても読まれる心配は一切なかったということなのだ。それに気がついたのは誰にも読まれないように紀清が毎日持ち歩くということを続けてからかなり時間が経った後だった。その時は流石に二人であまりのバカさに頭を抱えたものの、結果オーライということでその件に関してはそれ以降触れないことにした。


結局あの後王林にせがまれて渋々見せた時は、やはり文字が読めなかったようで首を傾げていたためその反応に紀清たちは一層安堵のため息を吐いたのだった。



そしてそんなことももう昔の記憶になるほどに時間がたった頃。紀清は妖退治の依頼をもらったときは必ず自ら赴くようになっていた。元々武神の冥炎や凡陸とは違い文神の紀清はよほど厄介な妖でも現れない限り自ら前線に立つなんてことはすることはなかった。そもそも紀清の体が何故か術より武術に向いているだけで、本来文神は逢財や王林のように術の扱いに長けており書類仕事の方が性質に合っているはずなのだ。

しかし今はどんなに小さな依頼でも必ず自分から行き、むしろ弟子たちの方が書類を捌き願いを叶える仕事を割り振られることが多くなって行っていた。適任がおらず誰にも叶えられない願いは稀に紀清が叶えることもあるが、紀清はほとんど妖退治の依頼以外聞くことはなくなっていた。

ではなぜわざわざそんなことをしているのだろうか。それは単純だ。地上に任務に行くたびに地底へふらりと行って翠河をさがしていたのだ。しかし、成果は乏しかった。


なんせ地底は広すぎるのだ。その上に入り口付近には何故か荒れた妖が大量に地を這っており、危険でなかなか奥に進むことができない。もっとも紀清が刀を一振りするだけでその場の妖を全て祓うことは可能なのだが、夢妖の目的が地底であることがわかっている以上下手に地底を荒らして警戒をさせるのは得策ではない。

そう言ったこともあり、自分を襲ってきた相手を祓うことこそすれども一方的に殲滅しながら進むわけにもいかず、どうすることもできないまま紀清は地底に行っては帰りを毎日のように繰り返していた。


そして自ら妖退治に赴くということはすなわち地上に行くということだ。それにより人間に姿を見られることも多くなり、そして紀清は自分の身分を偽るなんてこともしなかったため(まあもししていたとしても確実にその格好は直人のそれではないので何れにせよバレてはいただろうが)紀清は水泉派の主神としての信仰よりも紀清単体の信仰の方が増えてしまっていた。それにより神派としてのバフ的な力ではなく個人としてさらに力を手に入れることができたのは嬉しい誤算だったが、紀清は自分を模した像が地上で紀清の化身として拝まれていることを知って正直微妙な気持ちになっていた。しょっぱい表情でそれは少し照れくさいからやめろと訴えれば、人々はいったい何をどう勘違いしたのか「紀清ノ神の御姿は紙に写して広めよということか…!」と曲解したようで今度は姿絵が出回る始末。しかもなんだこれちょっと脚色されてるし…こんなひらひらの格好してたら絶対に戦いにくいし俺こんな少女漫画みたいな光り輝くタイプの顔面してる覚えはないんだが…

そうして本人の意図せずして勝手に広まってしまった紀清伝説の中にはさらに尾鰭がつきにつきまくっており、睨みつけただけで妖が蒸発して消えただのその一太刀で山を割っただのありえない伝承が次々と生まれていた。

完全に予想外のものだったため、紀清はそれにありがたさを感じつつもひっそりと頭を痛めていた。ちなみに氷雪丸はそれを聞いて爆笑していた。



ちなみにそうして任務の都度地底に行っていることは、ある時帰りの遅い紀清を心配した弟子の一人が後をつけて任務に着いて行った時に発覚しすでに天上界では周知の事実となっていた。諦めず弟子を取り戻そうと探し続けるその姿に周りの神々は紀清が任務で地上に降りるたびに痛ましい目を向けるようになったが、紀清がその行動を止めることはなかった。

しかし何年もそうして探し続けて何の収穫もないとなれば流石にこのままではいけないということに気がつく。

氷雪丸の後押しもあって、紀清は大胆に作戦を変えることにした。一人で行ったところで、できることはないのだ。ならばやはり協力を募るべきだろう。

(…俺が頼れるツテ、全部世界最強クラスしかいないんだが。)



気がつけば翠河がいなくなってから十年以上の年月が経っていた。神にとって年が過ぎるのは早いとはいうが、紀清は翠河がいなくなったことにより一層飛ぶようにすぎてしまったなと感じた。

なんだかんだ翠河たちに修行をつけていた時は毎日が濃かったからか随分と日々が遅く流れていた。気分的にはまだ翠河がいなくなったことは昨日のことのように思い出せる。ぶっちゃけていうと最後に攻撃された件についてはいまだにトラウマだ。しかし、あんな日々は三年ですら随分とゆっくりに感じたというのに、ただ依頼をこなし地底と天上界を往復する日々を送るだけだとこれほど一瞬で時は過ぎ去ってしまうものなのか。いかにこの十年の自分の行動に実りがなかったかということがわかる。


(翠河は十年経っても全く消息が掴めないままだけど、本当に無事なんだろうな?)


十年が経つ間でさえ翠河に関する情報は全く入ってくることはなかった。つまり全く地上にも、天上界にも現れてはいないということだ。やがて噂好きの神々は口々に「翠河はもう死んでしまったのではないか」「やはり地底を治めるなんて無理だったんだ」「連れ去られて夢妖に殺されてしまったのかもしれない」なんてことを噂し始めた。紀清はそれに憤りを覚えながらも(この世界の主人公が死んだらとっくにこの世界は崩壊してるんだっての!)とある種最強の手段で翠河の生存を確信し、ずっと探し続けた。


そしてそんな紀清の姿に衝撃を受けたのは翠河の同期である一番弟子たちと五神の面々だった。

随分と可愛がっていたなとは思っていたものの、まさか紀清がそんなにも弟子への愛情深いとは思っていなかったのだ。そうした直向きな紀清の姿に、やがて半ば諦めかけていた皆の間でも「あれだけ師が探し続けるのだから、きっと翠河は生きているはずだ」という希望が芽生え始めた。

なので紀清が協力を募った時、皆一もにもなく頷いたのだ。「皆で翠河を取り戻そう」と。


それはつまり天上界のトップとなる神々が直々に地底にいくということで、それは敵陣へ攻め込むのと同義だった。下手すれば天上界と地底の全面戦争にも発展しかねず、地底から妖が溢れれば地上に妖たちがなだれ込み人間界に重大な損害を負わせてしまう危険だってある。地底は大き過ぎるあまりにその全貌を知っている者は誰一人として存在しない。もし地底の妖が全て地上に出てきてしまえば、もしくは天上界に攻め入ってきたならば…悲惨なことになるのは想像にかたくない。

しかし、天上界はもう我慢の限界であった。



天上界に攻め入られることのないよう、逢財は天上界に残り結界を強化する役割を自ら担った。この十年で金岳派には弟子も増え、その中には術や結界の扱いが上手な神も多くなっていたのだ。皆で協力し天上界の入り口に神以外通ることのできない鉄壁の陣を敷いた。


そうして残る四神はそれぞれ一番弟子を引き連れてペアを組み、皆で手分けして翠河を探しに行くことになった。以前は紀清が四人を引き連れる形だったため、弟子たちや紀清はてっきり今回もそう言った感じで探しに行くと思っていたのだが、他の四神たちに今回は敵も多く前回のように庇い紀清が使い物にならなくなっては困る。弟子達だけで別れて散策させるわけにもいかないと総出で反対されてしまった。確かに長く時を生きた主神に比べればまだ経験の浅い弟子はやはり戦力に欠けてしまう。ならばどうすればいいと相談した結果、結局戦闘スタイルが似ており互いに邪魔することなく、遠慮せず戦いに挑める相手であるそれぞれの神派に分かれて行くことになったのだ。紀清は突如インフレ化した戦闘力に内心白目を剥いた。


その割り振りが決定した後、突然阿泥が何かに気がついたように顔を上げ、王林の方を振り向いた。


「あれ、これ王林サンも行くんだよな?じゃあこのままだと一番弟子がいない王林サン一人になっちまうんじゃないか?同じ神派じゃないけどオレか吽泥のどっちかがついた方がいい?」


「ああいえ、お気になさらず。私は連れて行く者には当てがあります。その者は一番弟子でこそないですが術にも武力にも長けているので供としては申し分ないはずです。安心してください」


「そっか!もっと戦力欲しくなったらいつでも呼んでくれよな!」


そうして胸を張る阿泥に扇の裏で笑みを浮かべる王林だったが、きっとその連れて行く相手というのが華女なのだろうと察しのついた氷雪丸と紀清は互いに目を見合わせた。確かに術にも武力にも長けてるだろうけどさ…いや、まあ協力してくれる分には何も問題はないのだけど…。


王林が紀清に向ける複雑な感情を知っている氷雪丸としてはこの地底に乗り込む作戦に王林が協力してくれることに関して全く何も疑問には思わなかったのだが、紀清はそうではなかった。てっきり翠河との関係も薄い王林はこの件に協力してくれることはないだろうと踏んでいたのだ。さらにわざわざ華女まで引っ張ってきてまで自分の身を危険に晒す前線に立つような真似をするのも意外だった。

王林が様子を見にくるという名目で何度も訪れてきた中で意外と普通に話せるということを理解していた紀清は王林に怯えることもすっかりなくなっており、この時さらに心の中で王林の株を大幅に上げた。お前…案外マジでいい奴なの?初期設定のラスボス王林はいったいどこに行ったんだ…



その作戦を伝えてから数日、準備が整ったということでお馴染みの場所に皆で集まっていた。王林の隣には面布で顔を隠した華女らしき者の姿も見える。皆の御使も揃っているため多種多様な動物たちがその場に集まっていた。氷雪丸は何故かずっと唯一言葉が話せる冥炎の御使の鷲の炉太に話しかけられており、冷や汗をかきながら猫の真似をしている。氷雪丸が人の言葉を話せることを知っている木ノ助だけは終始目を丸めて不思議そうに首を傾げていた。



逢財が皆を一箇所に集め注目を集めた後、首に巻いた御使の大蛇をひと撫でするとそのまま流れるように懐から分厚い札を取り出す。


「では皆、これをもっていきなさイ。この札には念話の術をかけてある。それぞれ念ずれば互いに連絡を取り合うことも容易になるであろウ。」


そうして主神はもちろんのこと一番弟子たちにも余すことなく札が配られた。

難しい模様が刻まれたそれは確かに天上界一の札使いである逢財のお墨付きなだけあって神力に満ち溢れておりとても効力が強いことが一目でわかる。それを各々が懐に忍ばせたのを確認すると、逢財を残して皆で地底の入り口に向かって歩き始めた。地上に向かう虹の橋を渡って降りていく。


余談なのだが、天上界を治める美しく煌びやかに着飾っている五神がそれぞれの御使の獣と一番弟子を引き連れて地底に向かうその姿はあまりにも神々しい様子だったため、偶然目にしてしまった人間の間でさらに噂が広がることになった。



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