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悪役が挑む神話級自己救済  作者: のっけから大王
地底の王と天上の神《地底編》
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第四十三話 勘違的真実

さて、実際のところは別にそこまで深刻なわけでもない。

否。もちろん紀清は翠河がいなくなったことにそれなりにショックは受けているし、拒絶された当時のことを三日三晩夢に見るほどには傷つきはした。


昔からあんな…子犬のようにキャンキャンと戯れてきていたかわいい子供が…まさか最後の最後に、親の仇を見るような目で当たったら即死するような攻撃を向けてくるなんて。どんな記憶を植え付けられたんだ一体。

ぶっちゃけ生前から割と甘やかされて育ってきた(というか平和な世界だったのだから当たり前だが)紀清は自分が世話して息子のように大切に扱ってきた相手に一晩にして嫌われて殺されかけるという経験をしたことがなかったためあの時はそれなりの衝撃を受けた。その日の晩は枕を濡らし泣いた。


しかし、いつまでもそうしているわけにはいかないのだ。なぜなら物語はここで終わるわけではないからだ。主人公が敵に攫われ、記憶を取られた。さて、では次はなんだ?何が起こる。まさかそのままはい終わりですちゃんちゃんとはならないだろう。

彼が主人公である限りこの世界は続くし、必ず何かしらの山場となることは起こるのだ。


もし“父に言われるまま天上界に攻め入ってかつての仲間を殺す”ということが起こればきっとその後“記憶を取り戻した主人公による父を倒すという復讐物語”が始まるし、天上界を滅ぼすとまで行かなくともまずは《紀清すぐ死ぬの法則》に則って“師匠を殺す”ところからか?それで全てを悟り悲しみに暮れちゃったり?

…いやいや、そんなことあってたまるか。流石に紀清も自分の身を犠牲にしてまで翠河の記憶を取り戻すことは考えていない。


正直、紀清は翠河はいつのタイミングであろうと記憶を取り戻すだろうとは思っている。

その方法がわかっているとかそんなことは一切ないのだが、しかしわかるだろう?記憶を失った主人公が記憶を取り戻す瞬間なんて小説だったなら100ページにわたってかけるほど超重要部分だ。

まあ、もしかすれば普通にこのまま父の命令を受け入れ地底の王に君臨しずっと平和に地底を治め続けましためでたしめでたしとなる可能性もある。要するにこの世界がどう動くかは結局何も分からない以上、ありとあらゆる可能性を考えながら動かなければならないのだ。


紀清は時雨が心配げにこちらを見やりながら部屋を出たのをしっかりと見て、扉に耳をあてて足音が遠のいたのを確認するとドシャッと音を立てて机に崩れ落ちた。


「氷雪丸〜!!俺なんかこれ絶対勘違いされてるってー!」


「いや、自業自得では?あなたの振る舞いがいちいちなんか意味深なのが悪いんじゃないですか」


そのまま軽い足音を立てて歩いてきた氷雪丸が机の横に飛び乗りいつも通り呆れた目で紀清のつむじを眺めた。


「だってなんかさあ!この前弟子達の鍛錬場久しぶりに見に行ったらみんななんか涙浮かべながら『師匠!お体は大丈夫ですか』『翠河の代わりとまではいきませんけど私たちも頑張りますから!』『元気出して師匠!』とかなんかめちゃめちゃ心配されたし励まされたし…俺そんなに落ち込んでるように見える?」


紀清は崩れ落ちた体制のまま顔だけ上げると、ため息を吐いて窓の外を見つめた。

夢の件から少しした頃、久しぶりになんかお菓子でも食べたいなという気分になったため自分で作ろうとしたことがあったのだがその時どこからともなくよく翠河と共に料理教室を開いていた女神達が駆け寄ってきて『師匠ー!師匠自らお作りにならずとも、望まれれば我々が作りますから!』『翠河から作り方を教えていただいてるのがいくつもありますから〜!』『翠河の作ったものほど美味しくはないかもしれないですけど、何かお食べになってください…!』なんてことを口々に言われながら泣かれたことを思い出した。そんなことを思い出した紀清はしょっぱい顔になる。なんだか誤解を解くのは諦めたほうがよさそうだが、それはそれとして勘違いさせたままなのもなんだか善意を無碍にしているようで申し訳ない…


「さあ、僕にはわかりません。というか意外とあなた元気ですよね。立ち直りが早いっていうか」


「そりゃいつまでも落ち込んでいられないでしょうよ!これから先どうなるかの予測立てないといけないんだからさあー。そのために一週間分くらいあった仕事早く終わらせたし、夜だって徹夜してお前とずっと話し込んで考えてるだろ」


そう、弟子達が皆“師匠は夜遅くまでずっと仕事をしている”と思っていた消えない部屋の電気の真実はこんなくだらないことであった。本人からすれば全くくだらなくはないのだが、勘違い内容との深刻度が桁違いだ。

正直神様の肉体という者はとんだチートアイテムなので食事も睡眠も取らなくてもその身を損なうことはない。しかし睡眠はやはり気分を入れ替えたり記憶を整理するために必要であり、数百年の膨大な記憶を神々が忘れることなく保ち続けているのは睡眠のおかげということもあるためあまり損なわないほうがいいのは事実なのだが。


「今後の翠河の行動パターンとその対策を考えた紙、百枚くらいは超えましたよねえ既に」


「そうだよ、筆で書かないといけないから頑張ってめちゃめちゃちっちゃい文字で書いてたのにだよ」


しかし数百パターンも考えてもなおまだ思考の外から違う展開が飛んでくることはよくあるのだ。

なんとか『あ!ここ進○ゼミでやったことだ!』くらいのレベルには近いパターンを読んでおきたい。

紀清は氷雪丸と連携して今後の傾向と対策ノートのようなモノを作っていた。気分は学生だ。


「だがなあ…元々小学生くらいの見た目の時雨をこき使うのでさえ抵抗あったのに、最近は霞ノ浦まで色々やってくれるようになったんだよなあ…気遣いってのはわかってんだけど、霞ノ浦は霞ノ浦で翠河と恋愛フラグ立ってなかった?絶対あの子も辛いはずだよね?え、強くね。冥炎といいなんか最近は強い女の子がトレンドなの?いいなあ俺も強い女の子になりたい…」


「正気ですか?今頭がどうやら正常じゃなさそうなのでそろそろ寝たほうがいいですよ」


氷雪丸は頬杖をつきながら死んだ目で「流石に五徹は厳しかったか…」とうわごとのように呟く紀清を眺めながらため息を吐いた。「僕は普通に昼間とか堂々と寝れますけどあなたは無理ですもんね」と言いながら尻尾でペシペシと腕を叩く。


「てか翠河が近いところの世話してくれてて今までまじで助かってたんだなあと本気で思うよ。あーまじで早くあの子取り戻さないと俺の尊厳が死ぬ〜」


「ええ…そんな利己的なことあります?あなた翠河がいなくなってから三日くらい本気で凹んでたくせに」


「いやあの時は人ってまじで落ち込んだら機械的に普段通り振る舞えるんだなって改めて実感したわ…でもよく考えれば別に翠河が死んだわけでもないし、本人の意思で裏切ったわけじゃないんだから取り返しさえすればなんとかなるんじゃね?と思ったわけよ」


「そううまくいきますかねえ」


「おいやめろこの世界の作者であるお前がそういう不穏なこと言うなよ!怖いだろ」


紀清は音を立てて立ち上がり氷雪丸の体を両手で掴んだ。そのままガクガクと抗議するように揺する。

それに「やめてくださいよー!」と爪を立てて抵抗した氷雪丸は頭が揺れる…と目を回しながらキッと紀清を睨みつけた。


「この世界の元になるものを書いたのは確かに僕ですけど!でもこの世界作ったのは僕じゃないですから!!そんな転生したら自分が書いた作品の中に入っちゃって〜?なんて転生モノのなかでもニッチすぎる展開でしょ!」


「それで言ったら俺は完全に巻き込まれ事故なんだが!!」


「それは申し訳ないと思ってます!でも仕方ないでしょ、僕一人しかこの世界の異常性を認識できなかったんだと思うと怖すぎたんですよ!あともう死ぬしかない状況でこの状況を打開できそうな希望の光見えたら掴むでしょ普通」


「まあ分からんでもないけど!!」


「わかればいいんです!」


そうして偉そうに胸を張った氷雪丸が俯きながら「…まあ、今はあなたがいるおかげで、これでも割と助かってるんですよ」と聞こえるか聞こえないかどうかと言った音量でつぶやいた声は、ばっちり紀清に拾われていた。紀清はニヤつく口元を押さえながら(この腹黒猫がようやくちょっとデレた…)なんて本人に知られたら猫パンチが炸裂しそうなことを考えていた。


「でもなあ、翠河まじで強かった…あれ今までは俺とか仲間相手に無意識に制限してたってことだよな?やばくね?俺だって紀清になった瞬間から考えるとすごい強くなったのに歯が立たなかったもんな…鬼術ってまじ最強の技だってことわかっちまった。主人公が闇堕ちして最強の力手に入れるとか何それどこかで見た展開…いっそ笑える」


「笑い事じゃないですけどね。味方だったら心強いですけど、今は敵なんですから」


「そーれが問題なんだよな。まあ逆にいえば翠河の記憶さえ取り戻せば夢妖とか多分なんとか倒せるだろう。取り戻せなかったら天上界はもう終わりだな。まじで翠河キーパーソン。我らが主人公サマ」


「天上界滅亡のノリが軽すぎる…」


(…でもまあ、そんな常に渦中にいるようなやつのことを“物語の登場人物”として見れなくなった時点で、もう俺は詰んでたのかもしれないなあ)


可愛がってた子が敵に堕ちたからと言って切り捨てるわけにも行かないし、そもそもしたくない。というかそれすなわち自分の死亡フラグを立てることと同義だ。作者が紀清だった時の世界線のあまりにもひどいメリバ気味の話を知ってる紀清はこの世界で翠河が幸せを掴むまで見届けないと死ぬに死ねなかった。


そのまま背もたれに寄りかかった紀清は大きな欠伸をこぼしながら「流石に今日は寝とくか…」と呟き、いそいそと寝る支度を始める。


それをぼんやりと眺めていた氷雪丸は(この人は弟子達からの勘違いばかり気にしてるみたいですけど、僕としては定期的に様子を見に訪ねてくるようになった王林の方が気になってるんですよねえ…)と週3くらいの頻度で水泉派の門を叩きにくる忙しいはずの五神の一人の姿を思い出し遠い目をした。



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