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悪役が挑む神話級自己救済  作者: のっけから大王
第一章 悪役転生なんて猫も食わない《出会い編》
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第三話 突発的遭遇

調べた結果わかったことは、やはりここは『八百万戦記』の世界に間違いはなく、そして自分はその小説において悪役である紀清その人であるということだった。そして今の時期は主人公がやってくる「神選の儀」の数日前だということもわかった。数日後、主人公の翠河は五大神派に入門する権利を得て目の前に立ち、自らの魅力をアピールして主神たちに選んでもらうという…いわば面接のような儀式を行うことになる。そして原作通り俺こと紀清がこの水泉派に引き込まなければならないのだろう。


(いっそ、誰か他の神が選んでくれればいいのに…)


まあ、そんなことはきっとあり得ないのだろうが。神名には本人の気質が反映される。水の気を持つ河の字を与えられた翠河は確実に水泉派の元へ来ることになるだろう。

その事実に、重くため息を吐いて額を手で抑える。果たして主人公に接触した後でなくて良かったというべきか。いや、そもそもこの状況が不可解すぎるんだけどな。


(取り敢えずこの部屋の中で調べれることは調べ尽くした。気分転換がてら少し外に出よう。)


重量のある扉を片手で開き、大股で足音をたてながら誰もいない廊下を進んでいく。

紀良にとって、こうして紀清らしい堂々とした振る舞いを演じるのは少しばかり骨が折れることだった。元々紀良清太郎という男は散々姉に扱かれる幼少期を送ってきたためかとても気が小さく、こうした太々しい振る舞いをしたことがない。これは前途多難だな…とさらにため息が漏れそうになるのを堪えていると、目の前に薙刀を背負った女性が歩いてくるのが見えた。紀清は思わず目を瞬かせる。


(これはもしかして五大神派の主神の一人、火峰派かほうは冥炎めいえんじゃないのか?)


紀清は、彼女がこちらにまだ気が付いていないのをいいことにその容貌をしっかりと見てみることにした。その女性は頭上で纏められた燃えるように赤い髪を左右に揺らしながらこちらに歩いてきており、その顔立ちは見事としか言えないほど美しくぽってりとした唇と左目の目尻に浮かんだ黒子がなんとも色っぽい。しかしそれを台無しにするかのように背中で異様な存在感を放つ金で装飾された厳つい薙刀がギラギラと光っている。それは一見ミスマッチのように思えるものの、原作を知ってる身からするとまるで彼女の本来の性格を表しているようだと少々感慨深い気持ちになった。

彼女は火を司る火峰派の主神であり、五大神派唯一の女武神である冥炎。普段は穏やかで優しい彼女だが、武神故に大変沸点が低く言うなればキレやすい。そんなギャップを抱えているおかげなのか、常に読者の人気投票では上位三位に食い込み続けていたなかなかにインパクトのあるキャラだ。


(なんでそんなキャラがこの水泉派の屋敷の廊下を堂々と歩いているんだっ!?)


距離もだいぶ近くなってきたところで、あちらも紀清の姿に気がついたようでにこにこと笑いながら片手を小さく振ってきたので、無視をするのもどうかと思った紀清はドキドキしながらも平静を装って「冥炎ではないか」と声をかけた。


「こんにちは紀清」


微笑みながら穏やかな声で話しかけてくる様子はとても優しげで、その物腰からは何も知らない者が武神と聞いたら首を傾げてしまいそうなほど儚い印象を与えるだろう。

しかし、こんな人が原作にて高笑いをしながら妖の大将の首を片手に掴み血の海を敷いていった張本人だというのだから何も言えない。


「何故ここに?」


「あなたが今日の分の仕事は終わりって聞いて、次の神選の儀の打ち合わせも兼ねて久し振りに会いに来てみたのよ。ほらここ、うちからは遠いじゃない?こうでもしないとなかなか会えないでしょう」


火峰派と水泉派はその性質から屋敷の距離が物理的に遠い。もちろん神である彼らにとってその程度の移動はなんてことはないのだが、用事でもなければわざわざ会いにいくことはない。


「…」


「今年はどれくらいいるのかしらね。去年は残念ながら金岳派こんがくはに三柱とも取られちゃいましたから。」


「お金ってそんなに魅力的?」なんて言いながらこちらが何も話さなくとも勝手にぽんぽんと話を続けていく冥炎はとても楽しそうにしている。

しかし、紀清はそんな中いかにして彼女と言葉を交わさずこの場を逃げ切るかを必死に模索していた。


何故ならば原作にてこの冥炎ともう一人の悪役である王林、そしてその紀清は同じ時期に神になったいわば同期であり、昔から兄弟のように育った気が知れた仲なのだ。

まあそんな彼らもある時王林の手により起きた事件からはだんだんと疎遠になっていき、むしろ王林とはどちらとも気まずい仲であるくらいにはなっているはずなのだが。この様子を見る限り紀清がどう思っていたかはわからないが冥炎と紀清は仲は良かったらしい。

彼女は原作でも悪事を犯した同期二人を庇い、罰を軽くしてもらうよう堕神となった主人公に進言してくれた唯一の神だった。まあそれが受け入れられたとは言っていないのだが。


そんな関係性の深い彼女相手に、突然この体に入ってきたただの人間の男が会話をしようとするとどうなると思う?そんなのもちろん怪しまれるに決まっている!


紀清は作中の代表的な悪役であり出番ももちろん多かったのだが、その性格故に口数は少なくぶっきらぼうでとっつきにくいキャラだ。自分と正反対すぎるその性質故にいくら何度も読み直しキャラクター性を完全に把握しているとは言っても、旧知の仲の前で堂々と演技ができる自信はこれっぽっちもなかった。


「そう、だからその時こう言ってやったのよ!そんなの相手の頭切り落として歯を全部抜いた先から爪を一つ一つ詰めていけばいいじゃないのって!そしたら逢財あいざいすっごく怒っちゃってね」


(いやちょっと待ってくれなんの話だ????)


ちょっと思考を飛ばしていた間にどうやらものすごい話に切り替わっていたようだ。さすが武神、発想が過激すぎる。なんの話なのか聞いてみたい気もするが深追いをするとこちらがダメージを喰らいそうなのでそのまま何も突っ込まないことにした。ずっと生き生きとR-18Gでも掛かりそうな発言を繰り返す冥炎を止めるため、ついでにあわよくば離脱する算段で口調に気をつけながら慎重に口を開く。


「…用がないのならば、私は部屋に戻る。」


「あら、でもその部屋から出てきたばっかりだったんじゃないの?」


「少し気分転換に外に出ただけだ。」


「でも私とお話ししてくれたじゃない。」


「お前と会う予定もなかったし会いたくもなかった」


一応弁明しておくと、このとき紀清はしっかりとキャラクターになりきって返事をしていた。しかし紀清の原作理解度が高すぎたあまりにあまりにも忠実に彼の棘のある口調を再現してしまっていた。仕方ないのだ、だって紀清は口数は少ないくせに横柄で冷徹な男なのだから!悪役として書かれた彼の姿を紀清はしっかりとなぞってしまい、その結果発言が見事に冥炎の怒りの琴線に触れてしまったらしい。


「ひどいわ、何時間もかけて遠路はるばるやってきた同期に向かってそんなこと言うなんて!」


このセリフだけ聞くと拗ねた幼馴染の少女が頬を膨らましているような図が思い浮かんで大変可愛らしいように思えるかも知れないが、現実では全く違い、手に青筋を浮かべ背中の薙刀に手をかけながら睨みを効かせている。怒気のせいであたりにちろちろと火の粉が舞っていた。その恐ろしさは思わず紀清も心臓が縮み上がる思いで、慌てて機嫌を取るために口を開く。


「…神選の儀が近くなれば自ずと顔を合わせることになる。仕事もあるのだからわざわざ遠くからそんなくだらない話をするためだけに来るな」


「!」


案に、これからいつでも会えるんだから君が貴重な時間をかけてここに来る必要はないんだよ、なんて心配するようなニュアンスを含ませて言ったつもりの言葉だったが、紀清はしっかりとキャラクターになりきっていたせいかその本来の意味の半分もまともに伝わっている気がしなかった。むしろ半分ほど罵倒している気すらした。

しかし冥炎には本来の意図がはっきりと理解できたらしく、すぐに怒気を引っ込め両手をパンッと合わせて「そうよね!」と顔に喜色を浮かべまたにこにこと普段の顔に戻る。


紀清はどうにか冥炎の怒りを収められたことにホッと息を吐いた。

本当に本当に、彼女は沸点が低いのだ。全くその優雅な立ち振る舞いからは想像できないほど些細なことでブチギレる。ちょっとした悪戯を仕掛けられた程度のことでその薙刀が(文字通り)火を吹くところを作中に何回見たことか。


紀清は初めのうちは昔馴染みとして接されるとボロが出そうなのであまり会話をしたくないという思いを抱いていたが、むしろ今はいつ彼女の琴線に触れるかわからないためあまり長時間会話をしたくはないなと思い始めていた。好きなキャラではあるのだが、この紀清の姿で会うには会話に気を遣いつつ機嫌を取ることすら一苦労で少々荷が重い。


そしてそのまま上機嫌で「じゃあまた今度ゆっくり話しましょう。神選の儀はあと三日後なのだからもしかしたらこれから毎日顔を合わせることになるかも知れないけれどね」と片手を振って優雅に立ち去っていった後ろ姿を見送り、部屋に戻ってすぐに紀清は安堵のため息を漏らした。


(やっと帰ってくれた…)


しかし意外と通じるもんなんだな、と紀清は自分の演技力に自信を持つ。関係の深い冥炎すら違和感を抱かないというのならこの調子でやっていけば他の誰にもバレることはないだろう。自分を主神として慕う水泉派の神々にはいつかボロが出て怪しまれる可能性は十分にあるが、それはそれだ。その時になったら考えよう。これ以上余計なことで悩みたくない紀清は一旦思考を放棄することにした。


しかし思いがけず冥炎と出会ったことで、今の紀清の頭の中にはとある人物のことが思い浮かんでいた。無意識のうちに眉間によっていた皺を親指でぐりぐりと伸ばす。


(王林なあ…どうしたもんかね)


王林とは、作中二大巨悪として紀清とともに名を馳せた作中きっての悪役である。彼は紀清と同じ文神ではあるものの、紀清とは違ってそこまで戦闘能力は高くない。しかし彼は大変頭が良かった。と言うより、悪知恵が回った。

原作にて描かれる彼は、表では何の悪事も知りませんとでも言いたげな君子の顔をして扇を片手に佇んでいるものの、本性は悪役らしくすぐに自分より才ある者を妬み僻み自分より下の地位に突き落としてやらなければ気が済まないどうしようも無い性分の男だった。

それは木谷派きこくはの主神の座についた後も変わらず、どんどん力をつけていく主人公の才能を妬み、同じく恐れを抱いていた紀清とともに結託し裏で画策していたのだ。

そこまで考えた紀清は突然何かに納得したような動作で顔の前で両手を合わせた。


(あ、なるほど。読んでた時はなんで仲違いしてたはずの紀清と王林が仲良くなってたんだろうって思ってたけど、もしかして共通の敵である主人公がいたおかげ?)


敵の敵は味方と言うが、散々悩ませてきた不和の原因が他人を陥れることによって解決するなど長年仲を取り持ってきたであろう冥炎もなんとも報われないことだ。

ちょっとだけ冥炎が可哀想になった紀清は、せめて自分だけでも普通に話すくらいはしてやろうとひっそりと心に決めるのだった。


(それにしても「神選の儀」か…これから三日間他の五大神派の主神達と顔合わせ続けるってどんな地獄!?)


まだ転生したと言う実感も薄いままにこの世界に放り出された紀清はもう早速紀清としての生活をやっていける自信がなかった。なんせ自分と正反対すぎるのだ、紀清という男は。


(本当に早速前途多難だよ。もういい、時雨だって今日はゆっくり休んでくださいって言ってたんだ。言葉の通り寝てやろうじゃないか)


全てが面倒になり全部投げ出して現実逃避をキメることにした紀清は、いそいそと天蓋付きの高級感あふれるベットに横になって瞼を閉じたのだった。












「おーい、おーい!早くここから出してよー!何も食わなくても死なないとはいえこんなとこにずっと放置されて一生を終えるのは嫌だよー!助けてー!…くそう、こうなったらもうあの手しか…」

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